160 「戦端」
時間は夜。月が直上に位置した所で戦端を開いた。
突っ込んで蹂躙すべく、第一陣が突入する。
コンガマトーによる全方位からの爆撃。
適当に食らわせたら地上部隊が突っ込む手はずだったが、速攻で頓挫した。
初手で爆撃に向かったコンガマトー達は里から全方位に放たれた光条に薙ぎ払われ、一瞬遅れて花火の様に炸裂。
羽を焼かれた蛾のようにボトボト落ちて行く。
一応、例の光線を警戒してある程度は散らしていたはずなのだが、それがどうしたと言わんばかりの躱しようがない攻撃だった。
俺とラディーブは馬鹿みたいに口を開けてそれを眺めていたが、直ぐに我に返る。
「現れたようですな」
どう見てもあの天使がぶっ放した光線だ。
遂に出て来たか。
ここで使って来た事を考えると、連中は中央でしか力を出せんとみて間違いないようだな。
「あぁ、コンガマトーは全滅か…用意するの苦労したんだがなぁ…」
「手を変えます。正面から分散して突っ込ませ、狙いを散らしましょう。とにかく撃たせて消耗を強いるのです」
「そうだな」
俺は<交信>で配下達に指示を出し、ラディーブも魔石を使って同様に部下に指示を飛ばす。
グリゴリの力は圧倒的だった。
先鋒として正面から突っ込んだゴリベリンゲイ達は全滅を避ける為に固まらずに散ってから里に入ったが、無数の光の槍みたい物が大量に降り注ぎ、防御や回避をする暇もなくほぼ全滅した。
ゴリグラウアーを始め、生き残った数体が血達磨になりながら何とか里に入ったが、待ち構えていた連中に魔法と弓矢の集中砲火を喰らって沈んだ。
ここまでは予定通りだ。コンガマトーの全滅は予想外だったが…。
ゴリベリンゲイに関しては少し勿体ないが、元々捨て石だ。使い所はここだろう。
最後まで頑張ったゴリグラウアーの頭が魔法で吹っ飛んだ所で、街の基幹部分である樹の下に隠れていたタッツェルブルムが一斉に上がって奇襲をかける。
俺は少し離れた所からその戦いを眺め、目当ての敵を探す。
…見つけた。
少し離れた建物――里の神殿とやらの天辺にそいつは居た。
光を全身に纏い背中に羽、頭頂部に天使の環。
片方の腕が無い所を見ると、あれはマドレールか。
距離があるから見え辛いが、全身から血を流して今にも死にそうになっている。
その周りには数名のハイ・エルフが支える様に立っているのが見えた。
乱戦に持ち込めと言う指示通り、タッツェルブルム達は一気にエルフ達に肉薄し、距離を詰める。
…これなら大技は使えんだろう。
どう動く?
視線を神殿に向けるとマドレールは戦場に手を翳す。
次の瞬間、無数の光線が弧を描いて戦場に降り注ぐ。
味方ごとかとも思ったが、光線は誘導性能があるらしく途中、不自然に軌道を変えてタッツェルブルムに襲いかかる。
懸命に躱そうと身を捻ったり敵の真っ只中に飛び込んで回避行動を取る。
頭部を撃ち抜かれた者は即死。
免れた者は命こそ助かったが、大きな傷を負ってしまった。
タッツェルブルム達は攻撃が済んだと同時に胸の口を大きく開く。
中から粘液に塗れたゴブリン達が飛び出し、エルフ達に襲いかかる。
流石に腹からゴブリンが飛び出してくるとは思わなかったのか、エルフの反応はかなり遅れた。
精鋭だけあってゴブリン達の動きは良い。
剣の届く距離でならエルフを圧倒している。
これはアブドーラの提案で、頑丈で足の速いタッツェルブルムに兵士の運搬をやらせると言う提案だった。
俺は難しいんじゃないかと思ったが、何と奴は口に入れて輸送すると言い出したのだ。
確かに比較的安全なのだろうが、うっかり喰われたらとは考えなかったのだろうか?
アブドーラは配下に躊躇いなく口に入って運ばれろと命令していた。
部下達は絶句していたが、命令に逆らう気は無いのかやや怯えながら粘液に塗れた口の中に入る。
正直ドン引きだが、まぁ、やるならどうぞと言う気持ちで許可した。
…今の状況を見るに十二分に有効な手ではあったな。
死体になったタッツェルブルムの口からもゴブリン達が難儀しながら這い出しているのが見える。
俺は突っ込むゴブリン達から視線を切ると、神殿に目を向けた。
上ではマドレールが再度手を翳して魔法を使おうとするが、いきなり体を痙攣させ、全身から血を噴出させた後に破裂し、血煙となって消滅。
…うわ。
どう見てもあれは死んだな。報復したかったのに。
お仲間が破裂したのを確認したハイ・エルフ達は特に動揺は見られず、マドレールの隣に立っていた男が全身を光らせると羽と輪っかが現れる。
あぁ、維持するだけで体が崩れるから交代で使っているのか。
男は光輝く………なにあれ?ペン?のような物を取り出すと空中に文字のような物を書き始める。
書いた文字は空中を漂い光を放つ。
アルファベットのHに似てるけど何だろ?
輝いた文字が消えると同時に空から氷の塊が大量に降り注ぐ。
握り拳ぐらいのサイズだが落ちて来る速度が尋常じゃない。
さっきの光線と違って誘導性能がないのか狙いは大雑把だったが、被害は甚大だ。
氷の塊…降って来るから雹?それとも霰?どっちだったか…まぁ、雹でいいか――は戦場に居る者を敵味方問わずに貫いた。
味方も巻き添えか。容赦ないな。こっちの天使は攻撃が得意じゃないのか?
使ったハイ・エルフは額の辺りから派手に血を噴出させながら次の準備をしている。
…限界だな。使おう。
俺は対グリゴリ用に用意した切り札を切る事にした。
通じなかったらどうしようと一抹の不安を覚えながら命令を下す。
――あの建物の上に立っている連中を殺れ。
命令を受けた俺の配下は速やかに行動を開始した。
『何なんだあの化け物共は…』
目の前の水晶に写っている戦場を俯瞰で眺めながら僕――リクハルドは屍を晒している異形達に目を見開く。
…あんな化け物共をどこから連れて来た。
中央の里での攻防、その緒戦は優勢。
Σηεμηαζα様を宿したマドレールが突っ込んで来たゴリベリンゲイの群れを薙ぎ払い、その後に現れた巨大な魔物も同様に大打撃を与えた。
だが、想定外なのは巨大な魔物の腹から大量のゴブリンが這い出して襲いかかって来た事と、魔物を一撃で全滅させられなかった事だ。
そこでΣηεμηαζα様の気配が消滅。マドレールが限界を迎えたようだ。
次に現れたのはΠενεμθε様だ。
我等に文字と読み書きの神髄を授けてくれた一柱にして書と字の御使い。
あの方を引き当てたか。
正直、戦闘に向かないから歓迎したくはないが致し方ない。
懸念通り、範囲攻撃は敵に大打撃を与えたが、味方も巻き込んでしまっている。
あそこで死んだ家族たちの事を考えると胸が痛む。
グリゴリの御使いを降ろすには相性と言う物があり、誰を降ろせるかはその者次第と言う事になる。
マドレールはΣηεμηαζα様。
そして今、降ろしているショーンはΠενεμθε様と相性が良かったので降ろす事が出来たようだ。
『…何とか押し切れそうだね』
化け物共は予想外だったが、敵の戦力は想定の範囲内だ。
あの程度ならいくら来ても押し返せるだろう。
…勝てる。
勝ちへの手応えを感じて僕は思わず拳を握る。
その時だった。
水晶に写っている戦場の端に何かが現れたのは。
それは戦場を一瞬で踏破して神殿の頂きに君臨していたΠενεμθε様を押し潰した。
『…な、んだあれは…』
それは形こそ人型ではあったが、闇を凝縮したように黒く、頭は歪に捻じれた角を持つ獣だった。
先程、薙ぎ払った異形より更に大きく、そして何より風のように速い。
獣がやった事は単純だ。
神殿まで走って、飛び上がり腕を振り下ろした。
それだけだ。
たったそれだけの動作にΠενεμθε様は反応できず、肉体を破壊された。
…馬鹿な。
私の動揺を置き去りにするかのように、化け物の行動はそれだけに留まらなかった。
奴は高らかに吼えると、全身からドス黒い霧のような物を噴出。
それは瞬時に里の全域に広がり、夜の闇をさらに深くする。
闇は全てを包み込み水晶に写った映像すら塗り潰した。
どれだけ魔力を注ぎ込んでも水晶は闇を映すだけで状況が分からない。
『…くっ!?』
使い物にならなくなった水晶玉を投げ捨てて外へ飛び出す。
僕が今いる場所は神殿からやや離れた位置にある城だ。
神殿の方を見ると例の化け物が手足を振り回しているのが見える。
その周囲には生き残った同胞達が数名、降ろしを済ませて戦闘に入っていた。
…くそっ!
僕は思わず毒づく。
使わされたか。
だからと言って彼等を責める事は出来ない。
神殿と自分自身を守る必要があるからだ。
特に神殿を破壊されるのは不味い。
あれがなくなると降ろし自体が不可能になってしまう。
正確には神殿内の御柱と言う神々の意思を受け取る為の御神体なのだが…。
『…な、何だこれは!』
『ヒッ!?く、来るな!』
悲鳴。
僕は咄嗟にそちらを見ると、前線では優勢の筈の味方が何故か押されていた。
何が起こったと目を凝らすとおぞましい光景が目に飛び込む。
死んだ同胞たちやゴブリンが起き上がって襲いかかっているのだ。
『辺獄種!?これは一体!?』
有り得ない。
奴等は基本的に辺獄でしか発生しないはずなのに…。
どういう訳か死んだ異形の化け物は起き上がってこないが、何故…。
…この霧の効果か。
考えられる原因はそれしかない。
あの化け物を早く消し去らないと不味い。
惜しいが使ってしまった以上、降ろしたグリゴリの御使い達に任せればすぐにでも片が…。
グリゴリの誰かが放った光の槍は化け物に届く前にみるみる輝きを失っていき、当たる直前には元の半分以下の光を放つ弱々しい物になっていた。
それでも威力はかなりの物だったらしく化け物の体の表面が吹き飛び、黒い血のような液体が飛び散る。
当然ながら攻撃時の負荷は変わらない。
放った方も腕が真っ二つに裂ける。
…不味い。
あの霧、グリゴリの御使いを弱体化させる効果もあるのか。
この時点でローが絡んでいるのは確定となった。
どう見ても対策を練ってきている。
女子供等の非戦闘員は事前に北の里へ逃がしたのでここがどれだけ破壊されようが、そこは問題じゃない。
問題はここでの戦闘に敗北する事だ。
連中は容赦と言う物をしらない。
実際、どうやったのか死体まで操り始めている。
奴等はここを滅ぼしたら残りの里にも攻め込むだろう。
そうなれば、僕らエルフは…。
『いいや。まだだ!』
そうだろう。
ここで滅ぶ?冗談じゃない。
なら僕は何の為に義兄や義父を裏切ってまでグリゴリの手を取ったんだ!?
何の為に同胞の命を消費して来た!?
家族を守る為だろう!
なら、手段は選んでられない。
僕は懐から装飾の施した木の枝を取り出して魔法を発動。
これは同じ装飾を施した木の枝を介して会話ができると言う物だ。
僕は神殿で控えている同胞に繋ぐ。
――王よ。我々は…。
『…状況は分かっているね』
余計な前置きは省く。
――はい。
向こうも察したのか頷く気配がする。
『はっきり言おう。手が足りない。もう数人、出て貰う』
――分かりました。
『外の状況を見て、逐次投入を。何とか外の化け物を仕留めるんだ』
――すぐに志願者を募ります。王は…。
『僕もそちらに向かうつもりだけど……すまない。少しかかりそうだ』
――それは一体…。
僕は答えずに魔法を切って振り返る。
『待たせてしまったかな?』
「いや、そうでもない」
そこには探し回っていた筈の男――ローが立っていた。




