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パラダイム・パラサイト   作者: kawa.kei
6章

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155 「蛾人」

 エルフ達は魔法と研ぎ澄ました五感を頼りに周囲を探索しながら森を進む。 

 夜の帳が下り、周囲の闇は深くなっているが、彼等は構わずに草むら、木の陰、果ては木の洞まで念入りに確認する。

 彼等はある男を探していた。


 何でも御使いに無礼を働いた罪人だそうだ。

 それを聞いてエルフ達は義憤に燃えた。

 自分達に大いなる恵みを齎した偉大な存在。


 その祝福を拒み、あまつさえ殺そうとすらしたそうだ。

 許せない。

 必ず報いを受けさせてやろうと言うのが彼等の共通認識となっている。


 罪人の人相は教えて貰ったが、そんな事は些細な問題と言わんばかりの特徴的な見た目で、下半身と片腕がないという話だ。

 その後、もしかしたら再生して人型をしているかもしれないという話もされ、自分達は一体何を探しているのだろうと首を傾げている者もいたがやる事は変わらない。


 里の外に出られたのは貴重な体験ではあるが、こうも成果の期待できない作業は精神的に辛い。

 当初はダーク・エルフの里に匿われているのでは?と言う声も上がったので、戦士達が直接出向いて確認し、いない事がはっきりしたと聞いている。


 その為、連中の里には近づく必要はないと言われているので、こうして森の中を当てもなく捜索に当たっていた。

 もし発見した場合は必ず生かして捕らえるように厳命されているので、全員捕縛用の魔法道具を持たされている。

 最初は緊張した物だが、徒労に終わる毎日を過ごしている内に少し緊張が緩んではいるが油断はない。


 今日も魔法で周囲の反応を確認して変化があればそこへ向かうと言った手順で気配を探っている。

 日もすっかり暮れ、闇が深くなってきた所で異変が彼等を襲った。

 この辺りで探索に従事しているエルフは全部で9人。


 3人1組で行動しており、何かあった時に対応しやすいのがこの人数だ。

 その彼らの内、1人の姿が消える。

 文字通り音もなく。


 残った2人はすぐに気が付き周囲を警戒。

 彼らエルフは森での生活は長く、周囲の変化に聡い。

 その彼らが全く気が付かずに仲間を1人消した。


 何処かへ行った、迷ったと言う発想はそもそもない。

 勝手な行動をした者は厳しく罰せられるからだ。消えた理由は、敵襲と言う事以外はあり得ない。

 動揺を押さえつけ、油断なくそれぞれ弓と魔法を準備して襲撃に備える。


 弓持ちのエルフが仲間に目線で指示を出す。

 出された方は頷いて魔法を起動。

 周囲の気配を――。


 「が…」


 探ろうとして呻き声を上げる。

 弓持ちが仲間の方を向くと肩に何か紐のような物が刺さっているのが見えたが、次の瞬間には体が上に釣り上げられ、樹上に消えた。


 残った弓持ちは咄嗟に弓を上に向けるが、闇が広がるのみで仲間の姿も襲撃者の姿も見えない。

 いや…。

 上の方で赤い光がゆらゆらといくつか動いているのが見える。


 何だあれは?男は困惑した。

 魔物の類か?

 少なくともあんな動きをする魔物は男の記憶にはなかった。


 この辺りに生息している魔物は数種類いるが、特に危険なのはゴリベリンゲイという巨大な人型の魔物だが、奴らは自分達の領域を侵されない限り襲ってこない。

 それ以外でそこまで恐ろしい相手は居ないはずだ。


 …なら、あいつらは一体何者…いや、そもそもどこから現れ……。

 

 不意に男の手から力が抜け、弓が手から零れ落ちる。

 男を襲ったのは強烈な眠気だ。

 頭を押さえながら周囲を確認する。


 特に異常は…あった。

 何か粉のような物が上から降ってきている。暗かったので反応が遅れてしまった。

 上に居る奴等の仕業かと気が付いた時には遅かった。それも致命的に。


 背中に何かが刺さり、痛みが走るが圧倒的な睡魔に塗り潰されて抗えない。

 自分の体が釣り上げられているのを感じながら男は眠りに落ちる。

 覚めない眠りに。


 こうして里の西側の森で探索に当たっていた者は人知れずに消えて行った。


 


 

 ガラガラと地面を削る音を立てながらオークとトロールが引く荷車が複数、森を疾走する。

 積まれている荷物はゴブリンと大量の木製の籠。

 エルフの警戒網に引っかかる手前で停止。


 オーク達は武器を構えて油断なく周囲を警戒する。

 ゴブリンは荷車から飛び降りると手近な木に近づき、トロールに指示を出す。

 指示を受けたトロール達はつるはしを木に叩きつけて穴を開ける。

  

 開いた穴にゴブリンが籠から取り出した何かを放り込む。

 それを終えると次の木に取り付く。

 手近にある樹木に籠の中身が空になるまでその作業を繰り返すと、ゴブリン達は荷車に飛び乗ってその場を後にした。


 何かを植え付けられた木々は内部でミシミシと嫌な音を微かに立てる。

 エルフ達がその作業の意味を理解するのは数日後の事だった。

 




 俺はゴブリン達が森を切り開いて作った前線拠点に居た。

 隣にいるのは拠点の責任者である一等ゴブリン。

 そいつは目の前の光景に驚愕の表情を浮かべている。


 そりゃそうだろう。

 視線の先にはエルフの死体の山だ。

 たった数日でこれだけ殺した事に驚いているのかそれをやった連中に驚いているのか…。

 

 …まぁ、両方かな?


 見てる傍から連中が死体を引きずって帰って来た。

 大きさはゴブリンよりやや大きいぐらいだが、違うのは背中に黄土色の巨大な羽。

 ゴブリンだったころの名残である巨大な目は濃い紅色。額には二本の触覚。


 全身は羽と同色の毛が生えている。

 日本…と言うより地球では蛾と呼ばれる生き物とゴブリンを足して2で割ったような姿だ。

 名称はモスマン。


 由来はアメリカのウエストバージニア州に現れた謎の未確認生物だ。

 ゴブリンをベースに生み出した種だがこれが中々使える連中だ。

 短時間の飛行に加えて、羽から吸うと睡魔に襲われる鱗粉と口の中に舌が無い代わりに口吻と言うストロー状の伸縮可能な器官が備わっている。


 こいつを突き刺し、獲物を吊り上げて捕獲する事も出来る。

 本来の使用目的は吸血だが、こういう使い方もできる便利器官だ。

 目は「制止の魔眼」と言う視線上の相手の動きを止める能力がある。


 …まぁ、燃費悪いから使用は控えさせているが。


 戻って来たモスマンからの報告によると、西側の掃除は粗方済んだらしい。

 それと頼んでいたダーク・エルフの集落は……襲撃を受けたらしく酷い有様だったそうだ。

 やはり俺を匿っていると勘違いしたようだな。


 元とはいえ同族相手に良くやる。

 結果的にではあるが、俺の所為で襲われたような物だし、後でフォローぐらいは入れておくか。


 戻って来たモスマン達が再び森へと消えて行くのと入れ替わりに、工作兵達が荷車と一緒に帰って来た。

 リーダーらしい一等ゴブリンが荷車から飛び降りて俺の方へ駆け寄る。


 「首尾…おっと、『首尾は?』」


 途中で亜人語に切り替える。

 

 『はっ。作業、全て滞りなく完了いたしました』

 『ご苦労さん。しばらく出番はないから休んでていいよ』


 戻って来た連中に食事を受け取って休むように言って下がらせる。


 「ロー殿。先程の者達の作業で本当に…」


 隣の一等ゴブリンが半信半疑と言った感じで聞いて来た。

 どうもこのゴブリンは人語が達者らしく気を使っているのかそっちで話かけてくる。

 両方使えるから亜人語でも別に気にしないよ俺は。

 

 「あぁ、これで南側の罠は無力化できる。西はそもそも罠がないから手間が省けてよかったよ」

 

 ゴブリンは信じられないと言った顔をしているが、当然の反応か。

 連中は最後まで俺の居場所に気が付かなかったな。

 流石にゴリベリンゲイのテリトリーを押さえているという発想は出てこなかったか?


 報告では少し前に入って来た連中が居たので追い払ったらしいが、本腰を入れて踏み込んではこなかった。

 結局、今日まで見当違いの場所を探して時間を無駄にしただけだったな。


 「話によると、掌握まで2、3日かかるらしいから、終わり次第すぐに攻め入る。予定としては西と南の里をその日の内に潰し、翌日に中央を潰すつもりではあるが…まぁ、上手く行かんだろうな」

 「例のグリゴリですか?」

 「そうだ。出てくる前にハイ・エルフをどれだけ潰せるかで結果が違ってくる。分かるな?」


 一番の理想は連中が出てくる前に憑依先を潰してしまう事だ。

 そうなれば連中はうるさいだけの電波でしかない。


 「向かう連中にはハイ・エルフは見つけ次第、殺すように徹底させております」


 ゴブリンは当然とばかりに頷く。


 「女子供だろうと容赦するなよ?」

 「当然ですな。皆殺しにしてご覧に入れましょう」


 里に攻め込んだ後は俺も前に出るので、アブドーラが場を仕切る事になる。

 慣らし(・・・)も済んだようだし、この戦いにやる気を漲らせている。

 首尾よく中央とグリゴリを潰した後だが、残った里は降るなら良し。


 そうでないなら滅んで貰おう。

 まぁ、降ったとしても従うふりをしているかもしれんから踏絵は用意するがな。

 

 俺は内心でそうはならんだろうと半ば確信していた。

 記憶を吸い出したエルフ達のハイ・エルフへの進化は憧れを通り越して執着の域にまで達している。

 それと同時に忠誠心も極めて高い。


 裏切る事はないだろう。

 赤子とかは微妙だろうが、やる気を出しているアブドーラの様子を見るに恐らくは残らんだろうな。

 全員、畑の肥料コースかな。


 …あー…そう言えば、あの花に名前を付けるように頼まれたんだった。


 オラトリアムの重要な資金源となった巨大ラフレシア。

 一度見に行ったが、結構なでかさに成長していた。

 以前に見た物ほどではないが屋敷の敷地面積に匹敵しそうなサイズではあったな。


 ラフレシア?は不味いかー…。

 どうしよう?

 まだ時間はあるし考えておくかな。


 話を戻そう。

 連中はこっちの動きに気付いて動くか?

 それとも気づかずに俺達の侵入を許すか? 


 まぁ、連中、明らかにこの手の経験が足りてないから気付けと言うのも酷な話か。

 それとも、捜索に忙しくてそれ所じゃない?

 どちらかは知らんが、準備が終わるのを楽しみに待つとしよう。


 戦いの時は近い。


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