14 「罠」
食事を済ませて、交代で仮眠を取り体調を整えた俺達は、いよいよ砦に向かう事になる。
時間は深夜を通り過ぎ、夜明けが近い。
ハング曰く、この時間帯が一番襲撃に向いているらしい。
集中力が切れやすくなっている上に、連中は襲撃される事を知らないからな!
…とか自信満々に「これで奇襲の成功率は高まる」と太鼓判を押していた。
極力物音を立てずに移動していくと、砦が見えてきた。
あちこちボロボロだが、砦としての機能は損なわれていないように見える。
確かに、これは3人ではきついだろう。
…にしても、今更ながらに思ったんだが、これって冒険者の仕事か?
騎士団とか行政側が処理するような案件に見えるが…。
ついでに奇襲をかけるって、偵察もせずに盗賊が居る事前提に動くのも妙だな?
依頼はあくまではっきりさせる調査だろ?
ん?考えれば考えるほどこの依頼胡散臭いぞ。
ハングの奴、はめられたんじゃなかろうか? それともハング自身が隠し事をしている?
…本人に言うか?
ガービス達はどう思ってるんだろうか。
それともガービスとハングがグルって可能性もあるな。
うーん。分からん。
やっぱり他人は信用できないな。
よし、全員疑ってかかろう。
むしろ全員で俺をはめようとしてるぐらいの考えでいいのかもしれんな。
「よし。では、二手に分かれてしかけよう。俺、ホンガム、クインハムは正面。残りは裏へ回ってくれ。ガービス。お前がそっちのメンバーをまとめてくれ」
「分かった。バリル、コーラウ、ロー。よろしく頼む」
バリルとコーラウは無言で頷く。
俺も真似して頷いておいた。
コーラウが先行して罠の確認をすると言って姿を消した。
俺達は慎重に砦を迂回するため、林を抜ける事にした。
俺が先頭で残りの2人は俺の左右を歩いている。
日はまだ昇りきっていないので周囲は暗い。
俺には関係ないがな。
他に教える気はないので、見えない振りしながら歩く。
ハング達と別れてから割とすぐに気が付いたが、左右の2人がやたらと俺に熱い視線を送ってくる。
暗いからって気づかれてないと思ってるのか、割とジロジロ見てるな。
これは、さっきの考えも的外れじゃないかもしれないな。
「待て」
ガービスが声をかけてくる。
「どうかしたのか?」
「何かの気配がする。油断するな」
バリルが腰を落として臨戦態勢を取る。
俺も真似をして、腰を落とす。
あー…なるほどね。察しの悪い俺でも分かったわ。
こいつら、有罪。
軽い風切音が聞こえて俺の喉に矢が突き刺さった。
俺は特に抵抗せずに倒れた。痛いじゃないか。俺じゃなきゃ死んでるぞ。
「ふー。片付いたか」
「流石だなコーラウ。見事な腕だ」
木の陰からコーラウが歩いてくる。
ガービスがわざわざ警戒させたのは、俺の注意を周囲に向けさせてその隙に木の上のコーラウが矢で仕留めるって手筈なんだろう。
まぁ、普通に丸見えだったけどな。
「にしても、わざわざこんな芝居を打つ必要があったのか?」
「仕方がないだろうが。ハングの指示だ」
「結局、用心のし過ぎって事だったな。見ろよ、俺の矢で一撃だ」
…ああ、やっぱり全員グルかよ…。
さっきまであんなに仲良くしてたのにこれだよ。
どこ行っても他人は信用できないな。
だいたい事情は察したし、後は体…いや、頭に聞くか。
跳ね起きて、手近に居たコーラウの首を掴んで回転させた。
矢なんて打ち込みやがって酷いじゃないか。お返しだ。
ゴキって感じの良い音がしたな。
「なっ!?」
驚いているバリルの顎を拳で打ち抜く。
顎がどっかに飛んでいった。
顎があった場所から血を吹いているバリルの頭を掴んで、ガービスに投げつけた。
ガービスはとっさに身をかわして、腰に差した2本の剣を抜く。
「驚いたな。なぜ生きている?」
「自分でも驚いてるよ。人というのは頑丈なものだな」
ちなみにバリルは地面で痙攣している。
動けなさそうだし放置でいいか。
マカナを構える。
「何故とは聞かないのか?」
「聞いてほしいなら聞いてもいいが?」
視線が定まっていないな。目がキョロキョロしてる。
相当動揺してるな。
俺も昔、担任教師に怒られた時、ビビッてああなったわ。
行けるな。
一気に踏み込んでマカナで殴りかかる。
頭を残さないとまずいから胴体を狙うか。
脇腹を狙ってフルスイング。
ガービスは剣で受けようとした。
バカな奴、ゴブリンとの戦闘で何を見てたんだろうね。
あれも俺の実力を見るための茶番だろ?
マカナは受けた剣を叩き折ってそのままガービスの脇腹に突き刺さった。
何か細かい物がポキポキ折れる手応えがした。
ガービスは血反吐をぶちまけながら吹っ飛んだ。
マカナを肩に担いで様子を見る。
うん。ピクリとも動かんな。
念のために警戒しながら近づいて確認するとちゃんと死んでいた。
他の2人も同様に死亡を確認する。
刺さりっぱなしの矢を引き抜いてその辺に投げ捨てる。
さて、知ってる事を教えてもらおうかな。
ガービスの死体に向けて根を出す。
結論を先に言うなら。よく解らなかった。
ハング達は冒険者ではあったがそっちは仮の姿で本職は殺し屋らしい。
…で、俺の殺害を依頼されたのでリーダーのハングの指示で初対面の振りしてパーティーに入って、俺を殺そうとしたらしい。
まず、何故俺が狙われるかだ。
残念ながらゴブリン以外に取り立てて恨みを買った覚えがない。
殺したチンピラの仲間か?いや、死体どころか痕跡も残さず処分したので足は付いてないだろう。
道具や持ち物も処分するか売り飛ばしたしな。
なら、ロートフェルトを狙ったって事か?
どうだろう。毒飲まされて完璧に死んでた相手をわざわざ探して殺させる?
腑に落ちないな。正直、金目当ての方が納得いくぐらいだ。
…考えても仕方ない。
ハングの頭に直接聞くか。
俺――ハングはロー達と別れた後、堂々と砦に入った。
当然、中は無人。賊などいるはずがない。
そもそも、この依頼自体があのローをおびき寄せるための建前だ。
依頼自体はボスが直接受けたので、ローって奴が何をして消される事になったのかは不明だが、その辺は俺達にはどうでもいい事だな。
俺達は仕事をこなすだけだ。
「ガービス達は大丈夫だろうか」
「大丈夫でしょ? アタシら抜きでやれるとか大口叩いてたんだから、これでしくじったら思いっきり笑ってやるわ」
「仮に失敗しても問題はない。奴の食事に毒を混ぜておいた。そろそろ効いてくる頃だろう」
遅効性の毒を奴の器とコップに大量に仕込んで食事をさせた。
今頃はガービスに殺されているか、毒で死んでいる頃だろう。
あいつ妙に食い意地張っていたからな…。
勧誘の際も死ぬほど食いやがって…。
あれは予想外の出費だった。
「流石だなハング。抜かりなしか」
「保険をかけるのは当然だろう? ゴブリン共との戦闘で見ただろう。あの武器の威力を」
「そうだな。あの武器、凄まじい威力だった。ゴブリンの頭が爆発していたぞ」
「恐らくは、あの棍棒に刺さっている黒曜石のエンチャントされた効果ね。接触した対象に衝撃波のような物を送り込んでるのかしら?」
「ほほう。ますます欲しくなったな。あの棍棒は俺が貰っても構わんだろう?」
「ああ、好きにしろよ」
「アタシは金貨でいいわ。アイツって結構稼いでたんでしょ?」
「それは、全員で均等に配分だな」
ローは宿を取らずに、現場とギルドを往復していたので何をして稼いでいたのかよく分からなかった。
いったいどこで寝泊りしていたのだろう?
お陰で探し当てるのに苦労した。
「…にしても、ガービス達遅いな。何をモタついてる?」
「そうね。どーせ身ぐるみ剥ぐのに時間取られてるんじゃない?」
「そうだな。少し遅いな。…見に行くか」
2人を連れて砦から出る。
こんな事なら全員で襲った方が良かったかもしれないな。
戦闘を見る限り、手強そうだったから奇襲で仕留める手筈だったが、ガービス達が自分がやると聞かなかったから任せたんだが…ここまで手間取るならこっちでやった方が良かったかもしれないな。
襲撃場所は近くの林だったな。
林に入るぞと声をかけようと振り返る。
風切音と何かが顔の横を通り過ぎた。
…!?
目の前のクインハムの喉に矢が突き刺さっていた。
「なっ!?」
隣のホンガムが驚愕の表情を浮かべる。
クインハムはゴボゴボとうがいみたいな音を出して倒れた。
「戻れ!」
俺はホンガムに指示を飛ばして砦に戻る。
ホンガムが慌てて俺に続く。
クインハムは…無理か…。
砦の陰に隠れる。
「くそったれ! どうなっている!?」
「俺に分かるか! だが、あの矢はコーラウの大弓か!?」
クインハムに刺さっている矢に見覚えがあった。
コーラウが使っている矢だ。
「まさか連中裏切ったのか?」
「知らん。どうするハング? このまま逃げるのか?」
状況がさっぱり飲み込めないが、矢を打ち込んできたのはコーラウで間違いないだろう。
夜明け前とはいえまだ暗い。
このほとんど視界が効かない中で当られるのは奴ぐらいのものだろう。
コーラウが裏切ったのか?
それともガービス達もグルか? それとも殺されたのか?
くそっ!情報が足りない。
「コーラウ! どういうつもりだ!」
試しに林に向かって叫ぶが返事は返ってこない。
代わりに矢が飛んできた。
矢は俺達の近くの地面に突き刺さる。
「おい。どうする? このままじゃ動けないぞ」
それは分かってる。
コーラウ一人なら砦の裏から逃げればいいが、ガービス達まで裏切っていた場合を考えると迂闊に動けない。
一番いいのは、コーラウを撃破して相手の思惑を崩す事だ。
恐らく、ガービスとバリルも裏切っているだろう。
後衛のクインハムが殺られたのはかなり痛い。
遠距離から攻撃されると手が出せない。
周りを見て考える。
…行けるか?
1つ手を思いついた。手と呼べるものではないが、仕方ないだろう時間をかけたくない。
「ホンガム。盾を使って突っ込むぞ」
「盾? そんな物どこに…」
「そこに落ちてるだろうが」
俺は倒れているクインハムを指差す。
「………お前…それ。…まぁ、別に死んでるから文句も出んだろう」
「やれるか?」
「やろう」
俺達はタイミングを合わせて飛び出した。
ホンガムが素早くクインハムの死体を掴んで盾にする。
矢が飛んでくる。クインハムの腹に突き刺さる。
ホンガムは一気に走る。
俺はホンガムの後ろに付いて剣を抜く。
矢が次々とクインハムの体に突き刺さる。
「うぐっ」
1本がホンガムの肩に刺さり、痛みに呻く。
距離が縮まっていく。
十分に近づいたところで、ホンガムの陰から飛び出して林に突っ込む。
矢が飛んできた位置から、居場所には見当がついている。
一気に林に飛び込む。
人影が見えた。数は1つ。木を背にしている。
やはりガービス達は別行動か。
「コーラウ! 覚悟してもらうぞ!」
ホンガムもクインハムを投げ捨てて戦槌を構え、攻撃態勢に入っている。
俺の斬撃とホンガムの攻撃がコーラウに直撃した。
「なっ!?」
「これは…」
俺達が攻撃したのは木に縛り付けられていたバリルだった。
しかも、顔の下半分がなくなっていた。
俺達の攻撃を喰らうまでもなく、明らかに死んでいる。
じゃあ誰が矢を…。
後ろに殺気を感じて振り向く。
いつの間にかローが武器を振りかぶってホンガムに振り下ろそうとしていた。
ホンガムも気づいて振り向いていたが、間に合わない。
ローの武器がホンガムの額辺りを捉え、次の瞬間には頭が爆散した。
「ホンガム!」
「さて、お前で最後だな」
ローは武器を振って血を落とした。
「ロー…何故…」
「何故生きている? かな?」
俺は背中に冷たい物を感じながら必死に思考を回転させていた。




