144 「失礼」
ゴリベリンゲイのテリトリーは基本連中しか居ないので、エルフの縄張りとは趣が少し違う。
食える木の実や野草が豊富で、何と言うか手付かずの印象が強い。
あのゴリラ共は基本、草は食わないのでこの手の野草はそのままのようだ。
なら何を喰っているのかと言うと、縄張りの外から入ってくる別の魔物を食料にしている。
連中が食わない野草は他の魔物からすれば貴重な餌なのでフラフラと食いに入って来るらしい。
因みに休憩中にサベージが美味そうに食んでいるのもその野草だ。
…まぁ、こいつは大抵の物は美味そうに食うから何とも言えんが。
更に数日かけて進み、ゴリベリンゲイのテリトリーを抜けた。
そこから先になるとまた、風景に変化が出て来る。
開けた場所や道のような物が出来ていた。
切り開いた形跡もある。
木を切り倒して道を作ったか。
…そろそろ近いな。
ここらはエルフの領域ではない。
にも拘らず手が入っていると言う事は目的のダーク・エルフが近い証拠だ。
お世辞にも平坦とは言えなかったが、歩く分には問題ないだろう。
更に進むと水の流れる音が聞こえてくる。
川が近いようだ。
音の方へサベージを向かわせると川が見えて来た。
中々、大きな川でそこそこ深い。
サベージに適当に水を飲ませた後、そのまま川を遡る。
そのまましばらく進むと人影が見えて来た。
…見つけた。
褐色肌が特徴的で、服装は民族衣装?
何だかゆったりとした……着物とはちょっと違うみたいだが、エルフの使っている服とも少し趣が違うな。
間違いなくダーク・エルフだ。
それが数名、全員女。加えて、何人か子供も混ざっているな。
洗濯籠のような物が周囲に置いてある所を見ると洗濯の途中のようだ。
俺は特に気にせずに近寄る。
途中、何人かが俺に気が付いたようで、弓矢を拾いながら子供達をそっと逃がしていた。
中には杖を構えている者もいる。
戦いに来た訳ではないのでそのままスルー。
確か言語はエルフの物で良かったはずだが……通じるかな?
通じないと適当に殺して記憶抜かないといけないから面倒なんだが……。
『止まれ!』
弓矢や杖を俺に向けて来る。
俺は指示通りにサベージを止めた。
うん。言葉は問題なさそうだな。理解できる。
『何者だ?ここで何をしている!?』
先頭にいるリーダーっぽい女が強い口調で尋ねて来るが、もうちょっと冷静になって欲しいな。
動揺してるのが丸分かりだぞ?
『済まない。旅の途中で道に迷ってね。もし宿と食事処に心当たりがあれば教えて欲しいんだが?』
そう言うと女は更に動揺する。
『言葉が分かるのか?』
あぁ、喋れる事に驚いたのか。
『あぁ、少し怪しい所もあるが君達の言葉は何とか理解できるよ』
俺はサベージから降りて両手を上げて戦意がない事をアピール。
『俺の方から何かする気はないので、その物騒な物を下ろしてもらえると助かる』
先頭のダークエルフは取り巻きに何か囁くと、弓矢を持った連中だけ武器を下ろした。
杖を持った奴らは下ろさずにこちらに向けたままだ。
妥協してくれたと前向きに捉えるか。
『ありがとう。俺は人間で冒険者と言う身分の者だ。目的はさっきも言った通り、道に迷ったから宿と食事を探している』
『……その獣は何だ?』
獣?あぁ、サベージの事か。
『こいつは俺が使役している魔物でね。旅の足代わりに使っている』
『使役だと?危険はないのか?』
『あぁ、俺に何もなければという但し書きは付くが安全だよ。噛んだりしない。所で俺はいつまでこうしていればいいのかな?』
女は仲間のダークエルフに何か囁くと数名がその場から離れて行った。
自分だけでは判断がつかんから指示でも仰ぎに行ったのか?
これは少し待たされそうだな。
それを察したのかサベージは小さく欠伸をするとその場で蹲って眠り始めた。
俺はその背に座る。
同じ待ち時間でも折角話し相手がいるんだ、有意義に使うべきだろう。
『少し時間もあるようだし、良かったら話を聞かせてくれないか?』
女は少し困惑した表情を浮かべるとわずかに肩の力を抜いた。
彼女の名前はイネスと言い、ここから近い位置にある集落で暮らしていて、女達を取りまとめているような立場らしい。
正直、ダークエルフの内情にはあまり興味はないので当り障りのない事を聞いていく。
生活習慣、食事、平時の娯楽など。
質問を繰り返していると逆に向こうも色々と聞いて来たので俺も答えて行く。
どこから来たのか?
南の山脈から。
どうして来たのか?
北へ向かって旅をしており、そこまで深い理由はない(嘘)
その獣はどうやって手懐けたのか?
餌付け(大嘘)
ダーク・エルフは山の向こうではどういう扱いなのか?
超マイナー…じゃなくて、珍しいエルフ。
エルフが奴隷として売られていると言う噂は本当なのか?
本当。
もしかしてダーク・エルフも?
見た事がないから知らない。
エルフの罠が仕掛けてあったはずだけどどうやってこの川まで?
罠の無い所を普通に通った。
ゴリベリンゲイはどうした?
なにそれ?食べ物?(すっとぼけ)
来るまでに何かと会わなかったか?
人型の魔物と出くわしたけどやり過ごした。(大嘘)
話しているとイネスの警戒が徐々にだが、解けていっている手応えがあった。
そろそろエルフについて聞いてみようかな。
『質問いいかな?』
『あぁ、構わない。答えられる事なら答えるぞ』
『エルフについてだ』
表情が変わる。
これは不味い事を聞いたか?
とは言っても質問した以上は仕方ない。このまま言ってしまえ。
『噂で聞いたんだが、エルフには上位の種族であるハイ・エルフとやらが居るという話を聞いたんだがそれは本当の事なのか?』
『……その質問に対しての答えを私は持っていない』
妙な言い回しだな。
『どうしても知りたければ私より上の立場の者に聞いてくれ』
『君ではだめなのか?』
『確かに彼の者達について私は多少ではあるが知っている。だが、その話題は我等ダーク・エルフの間では歓迎されない』
やはりか。
少なくとも良好な関係ではないのは知っていたが、前置きして口を閉ざしている所を見ると手順を踏まないと聞き出せそうにない。
イネスの表情を見る限り、ハイ・エルフの評判はお世辞にも良くないようだな。
追及したい所だが、時間切れのようだ。
複数の足音を耳が拾う。
人数は――結構いるな。20人ぐらいか。
全員男で軽鎧に弓矢、剣、杖と完全武装だ。
イネスは男達を一瞥すると俺からそっと離れる。
『貴様が迷い込んだ人間か!』
1人が高圧的に言い放つ。
おいおい。前置きなしか。
不快だが、努めて表には出さずに頷く。
『そうだ』
『何の目的で我等の地を侵した!』
『……さっきから会う奴全員に言ってるんだが、宿と食事が出来る所を探している』
『隠し事は為にならんぞ!』
『いや、事実なんだが……』
『信用できんな!まずは荷物を検めさせて貰う!やましい事がなければ問題はなかろう!』
聞けよ。
『見せるのは構わないが、ちゃんと返してくれるんだろうな?』
『無論、荷物を検めるだけで問題がなければ返却しよう』
俺は小さく溜息を吐いてサベージに乗せていた鞄を下ろして開けて見せる。
中身は食料や簡単な調理器具、衣類、後は金だ。
通貨としては使えないだろうが、金貨なら単純な金として取引できるかもと持ってきていた。
ダークエルフの男達は乱暴に鞄をひっくり返して荷物をぶちまける。
おいおい。乱暴にするなよ。
『ロントナン!いくら何でもそんなやり方は…』
流石にたまりかねたのかイネスが声を上げる。
いいぞ、言ってやれ。
『黙れイネス!こんな怪しい男に礼儀など不用!…ふん、怪しい物は持っていないようだな。次は手荷物だ!見せてみろ』
地面に散らばった荷物を確認する。
『その前に2ついいかな?』
『何だ?歯向かうのか?』
ロントナンと呼ばれた男は嫌に挑発的な態度だ。
俺はそれを無視して続ける。
『散らかしたのなら片付けてくれないか?それと、そこの男が懐に入れた金貨の袋。返してくれないかな?』
『……何?』
ロントナンは俺が指差した男を振り返る。
見た感じ若そうな男はニヤついた笑みを浮かべて「言いがかりはよせ」と言って来た。
どこにでも居るんだなこういう奴。
これはあれか?俺は舐められているのだろうか?
「サベージ」
俺がそう言うとサベージが目を覚まして起き上がり、低い唸り声を上げて威嚇する。
それを見てダークエルフ達が僅かに動揺した。
一部が思わず武器を向ける。
仕掛けてきたら全員、喰っていいぞと<交信>で指示を出す。
…一応、警告はしておくか。
『そっちの領域に勝手に入った事もあって大人しくしていたが、金まで盗られるのであればこっちも対応を変えざるを得んな』
ロントナンは俺と男を交互に見る。
『トルト。服の前を開いて懐を見せろ』
『た、隊長?俺よりこんな奴を信じるんですか!?』
『見せろ』
有無を言わせぬ口調。
男は渋々、服の合わせを緩めて前を開くと金貨の入った袋がドサっと落ちる。
『問題がなければ返却するのでは?』
俺がそう言うとロントナンは表情を歪ませて、トルトと呼んだ男を殴りつける。
倒れたトルトを容赦なく蹴り上げて追い打ち。
『トルト!お前!俺に恥をかかせるとは!どういうつもりだ!』
『が、は、す、すいません!すいません!』
動かなくなるまで蹴り続けたロントナンは軽く息を乱してこちらに向き直ると、他に「片付けろ」と言うと残った取り巻きが俺の荷物を元通りにして鞄を返し、動かなくなったトルトを数名が担いでその場を離れて行った。
意外な反応だな。
部下を庇ってすっとぼけるかとも思ったが、筋は通す性格なのかな?
まぁ、庇ってたら皆殺しにした上で記憶を吸い出しておしまいだったが。
ロントナンは俺に小さく頭を下げる。
『下の者が失礼をした』
失礼なのはお前もだからな?
『そういうのいい。俺はさっさとそっちに納得して欲しいだけだ。手荷物も見せるから早い所、判断してくれるとありがたいかな?』
『……分かった。問題がなければ我等の集落まで案内しよう』
『それは助かる』
集落までは無難に行けそうだな。




