1439 「退路」
こうして肉体を乗り換える事が出来たのは飽野が入れ替え用の肉体に眼鏡を使用してくれたからだ。
アメリアは内心で彼女に感謝しつつ、合流を急いでいた。
ウルスラグナの宰相という地位にこそ就いていたが、仮初めの物であると彼女は誰よりも理解していたので、常に緊急時の退路の確保は怠っていない。
何故ならアメリアはあくまで外様で抱えている国や勢力も利益があるからこそ、彼女達を囲っているのだ。
利用価値がなくなれば容易く裏切るのは目に見えている。 だから、常に自分達が安全に逃げられる為のルートを最低二つは確保するようにしていた。
当然ながら逃げるだけでは先がない。 逃亡先を用意する必要がある。
現状、彼女と裏で契約――要は相互利益の為に手を組んでいる大国は二つ。
アラブロストルとオフルマズド。 前者は一部の権力者だけなので、信用できるかと言われると少し微妙ではあるが、研究所を用意してくれる程度には期待されているので腰を落ち着ける場所としては悪くない。
そろそろ実戦投入が可能になった魔導外骨格の成果も見たかった。
寄るのは確定として最終的な目的地としてはオフルマズド、このヴァーサリイ大陸最南端に存在する巨大な都市国家だ。 外界から隔離されており、他国との国交も最小限。
閉ざされた地は逃げ込むには最適な場所だ。 それにあの国の王は高い水準で聖剣を使いこなしている聖剣使いなので、庇護を求める対象としても悪くなかった。
それにあの国は非常に興味深い。 何故なら、あの国の王家はアレの襲来を予見しているのだ。
世界を覆う影。 名を口にする事も恐ろしい滅びの概念が形を成した終末装置。
オフルマズドは対抗――正確にはやり過ごす為の新たなテストケースとなる。
これが成功すればグノーシスだけしか残らない次の世界に待ったをかける事ができるのだ。
そうなれば自分に架けられた枷も取れる。
元々、アメリアは研究員としてエメスというテュケの上位組織に所属していた。
だからエメスの内部事情とその責任者について詳しく、世界の終りについてもかなり深い部分まで知る事が出来ていた。 これが他の二つの組織のトップと違う点でもある。
リブリアム大陸のホルトゥナ、ポジドミット大陸のヒストリア。
テュケもゆくゆくはそうなるのだろうが、基本的には世襲制だ。
次代が優秀とは限らないが、早い段階で裏切り防止の措置を施す事ができるので研究の保全だけなら確実に実行させる事ができるという大きな利点がある。 エメスのトップであるファウスティナという女は徹底して他人を信じない。
だからこそ常に裏切らない、裏切れない人材を求めているのだ。
機密漏洩防止の措置はそんな彼女の気質を象徴したものともいえる。
露呈すれば面倒な事になる事は理解できるが、同時に研究の停滞をも生む。
アメリアは病的なまでの保身を図るファウスティナを心の中では軽蔑していた。
当初はそうでもなかったが、近くでその姿を見る度に強くそう思ってしまう。
こうして逃げ回っている自分が言えたものではないが、ああはなりたくないと。
だからアメリアは逃げはするが、研究に対する熱意だけは失うつもりはない。
様々な兵器を開発し、世界の滅びを乗り越えるのだ。 他の何物でもない自分自身の力で。
現状、見えている範囲の情報でも打倒は不可能だろう。 だが、耐えてやり過ごす事は出来る。
オフルマズドはその最初の一歩となるのだ。
成功すれば戦力を完全な形で保有したまま次へ行ける以上、グノーシスよりも一歩前に出られる。
世界を救うなんて大げさな事は言わない。
――私は私を救う為、そして自らの信念を貫く為に生きて生きて生き抜くんだ。
その為にはどんな事でも行い、無関係な人間の命も消費しよう。
悪いとは思っているし、報いを受ける日が来るかもしれない。 だが、自分で決めた事だ。
この生き方を変える気はない。
「まずはこの国を出ないとな……」
アメリアは思うように動かない体をどうにか動かして立ち上がる。
完全に別人の肉体なので視点もそうだが、動かし方の勝手が全く違う。
そんな状態で大量の荷物を抱えているのだ。 思うように動けないのも無理はない。
だが、それももう少しだ。 この先が飽野との合流地点となる。
彼女には悪いが荷物を持ってもらおう。 そんな事を考えてながら持っていた通信魔石を起動。
――私だ。 もうすぐそちらに着く。
――こっちも――もうすぐ着くから――
返ってくる声は苦し気でよく聞き取れない。 最初に尋ねると城の外で襲われて酷い目に遭ったとの事。 そんな状況になってもしっかりと動いてくれる友人に内心で感謝しつつアメリアは細い路地に入り、一件の民家へ入る。 ここは事前に用意していた脱出用の拠点だ。
地下に繋がっており、水脈を通って王都の外へと出られる。
ただ、流れが激しい危険な場所なので飛行能力が必須の場所ではあるが、飽野が居れば問題ない。
施錠されている扉を開いて中へ入る。
「ふぅ」
荷物を下ろして一息つく。 ここまでくれば一先ずは安心だろう。
後は飽野が来るのを待っ――
「まぁ、んなこったろうと思ったぜ」
不意に耳に入った聞き慣れない声に反応する前にメキリと体に衝撃。
脇腹の辺りを蹴られたと認識した頃には吹き飛んで壁に叩きつけられていた。
「が、は」
アメリアは痛みに呻きながら視線を上げるとそこには一人の男が居た。
聖堂騎士の専用装備に腰には特徴的な二本の短槍。 直接話した事はないが、彼女はその男の事を良く知っていた。
――エルマン、聖堂騎士
エルマン・アベカシス。 冒険者から聖堂騎士になったという変わった経歴の持ち主だ。
冒険者から聖騎士になるケースは少なくないが、聖堂騎士まで上がれる者は非常に稀という意味で異例といえる。 アメリアは立場上、この国で力のある騎士の存在は頭に入れるようにしているので彼の事を認識はしていた。 だが、こんな所に現れる理由がさっぱりわからない。
「聖騎士様? 何の話、でしょうか? 私は頼まれて荷物を――」
アメリアは今の自身の姿を最大限利用する形でどうにか危機を脱しようとするがエルマンは驚くほどに冷たい目をアメリアを見つめて鼻で笑うと大股で近寄ると何の躊躇もなくアメリアの足を踏み折った。
鈍い激痛に悲鳴を上げる。 エルマンはそれだけで満足しなかったのか残りの足も踏み折った。
誤字報告いつもありがとうございます。
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