1438 「礼儀」
確かに転生者はしぶとい。
高い身体能力に強力な再生力、生物としてはこの世界で最高峰の能力を持っているといえるだろう。
だからと言って無敵という訳ではない。 急所は存在する。
中でも一番分かり易いのは首だ。 頭部と胴体を切り離せば大抵の生き物は死ぬ。
それは転生者も例外ではない。 特にアキノのような異形の特性が濃くてもしっかりと人型の転生者はそれが顕著だ。 それがロートフェルト様が遭遇した戦闘記憶を見せて貰った俺の結論だった。
どこをやれば殺せるのか? その一点があればこういった手合いを仕留めるのはそう難しくない。
後はそれを実行できる存在だが、オラトリアムは人材の宝庫――いや、生産工場と言ってもいい勢力だ。
こんな敵地のど真ん中でもやれる奴はしっかりといる。
……ちょうど宿で暇を持て余していたようなので俺としても好都合だった。
アキノの意識の間隙を突き、尾の一閃でその首を落としたのは地竜――サベージだ。
近くで潜伏し、俺の合図で一撃。 その動きは暗殺者と言っても過言ではないほどに洗練されていた。
正直、最初は地竜に毛が生えた程度の知能しかないと思っていたが、こいつはロートフェルト様が常に改良を続けている特別製で、頭の出来も人間以上だ。
アキノが所持品を残して消滅――要は完全に死亡した事を確認して俺は戦闘態勢を解く。
集まっていたレブナントも王城の制圧作業に戻っていった。
「ふぅ、助かったぜ。 ありがとな」
言いながら俺は腰のポーチをごそごそと探り、袋に入っている干し肉――この世界では肉は長持ちしない事もあって魔法を用いての加工品なのであんまり干していない代物ではあるが――を取り出して差し出す。
サベージは小さく鼻を鳴らすとくちゃくちゃと音を立てて食べ始めた。
こいつは同僚としては非常に付き合いやすい奴で、理由をしっかりと説明して納得させれば指示に従ってくれる上、食べ物を与えると機嫌が良くなる。 後は頭の悪い獣と思われる事を嫌っているので、対等な目線での対話を行えばそう嫌われる事はない。
要するに物事を頼む場合は、納得させる、礼を忘れない、食べ物を与えるの三点を守っていれば良好な関係を維持できるのだ。 俺は何かあったらまた頼むぜとサベージの肩を叩いてその場を後にする前にアキノの残した所持品を確認する。 何か仕込みがあるならそれを知る手掛かりになると思ったからだ。
通信魔石と少々の金銭。 後は――何だこれ?
何かの収納容器のようだが、形状的に眼鏡か何かを入れる感じだな。
開けてみると中身は空だった。 ふむ? 眼鏡が必要な体には見えなかったが、何故こんなものを?
軽く調べたが本当にただの眼鏡入れのようだ。
今の段階では意図がさっぱり分からんが一応は頭に入れておくか。
俺は確認作業を終えると城内へと戻る為に駆け出した。
――城内へと戻りながら現状の確認を行ったのだが、どうやら俺の出番はなさそうだった。
ロートフェルト様は囚われはしたものの権能を身に付けて自力で突破し、周囲にいた連中を皆殺しにした後、そのまま玉座の間へと突入したらしい。 そして国王をそのまま殺害してしまったが、公官を眷属化する事に成功した上、手配を撤回する為の命令書を手に入れ目的は達したようだ。
仕留めた中にはアメリアも含まれていたとの事で、俺はほっと胸を撫で下ろした。
ザカリー達も無事のようだったので、どうにか上手く行ったといえる。
後はこの事態の収拾か。 予定から外れはしたが、概ね想定内だ。
……国王を殺っちまったのだけは想定外だったが。
ただ、命令書を用意していたのはどういう訳なのだろうか?
この状況を予見していた? それにしては対応に違和感があるな……。
俺は小さく首を振って余計な考えを頭から追い出す。 死んでしまった奴が何を考えていたかなんてもうわからないんだ。 そんな事を考えるのは暇な時だけで充分だろう。
上はもう問題ないのなら念の為の確認作業だけ済ませて俺も引き上げるか。
俺は終わった終わったと肩をぐりぐりと解しながら<交信>でファティマに連絡を入れた。
王都の路地裏を一人の少女が走っていた。
ぼさぼさに伸びきった髪とサイズの合っていない服に眼鏡。 そして肩には大きな鞄。
大急ぎで必要なものを詰め込んだので整理されておらず、足音に合わせてガチャガチャと音が鳴る。
足がもつれて転倒。 石畳に叩きつけられ全身に鈍い痛みが走る。
「はぁ、思っていたよりも難儀するなこれは」
少女は少女らしからぬ口調でそう呟くと痛みを堪えながら走り出す。
一刻も早く王城から――いや、王都から離れなければならない。
彼女の肉体の名前はオディル。 だが、中身は別物だった。
アメリア・ヴィルヴェ・カステヘルミ。 テュケのトップである女だ。
彼女は王城での戦いで命を落としたはずだったのだが、開発した魔法道具である眼鏡を用いて肉体の入れ替えを行い、この少女に成り代わる事で生きながらえる事に成功していた。
本来なら入れ替わりの候補としては魔法の適性に優れたアーヴァという少女の予定だったが、アスピザルと夜ノ森が居る状況でアーヴァを連れ出すなんて真似ができなかったのだ。
途中までは上手く行っていた。 ローと呼ばれる存在が人間ベースの転生者で、捕らえるところまでは成功した。 敵対勢力を叩き潰す形で問題を片付ける傾向にあるとアメリアも読んでいたので遅かれ早かれ何らかの形で仕掛けてくるであろう事は予測していたのだ。
だからこそ入念な準備を行いいつか来るであろう襲撃に備えていたのだがいざ現れると、その恐ろしさは彼女の想像を遥かに超えていた。 何より、王城まで攻め込む際の手際が良すぎる。
真っ先にグノーシスの拠点を落として王城への増援を断ち、こちらの子飼いであった異邦人は全滅。
護衛の聖堂騎士に至っては何故か寝返っている始末。 これに関しては本当に訳が分からない。
ザカリーは忠実な聖騎士と聞いていたので、事情を知らなくても護衛の役割は十全に果たしてくれると思っていたのだが……。
それでも針谷を使ってローを罠の仕掛けた部屋へと誘導し、アーヴァを使って拘束。
後は無力化するついでに悪魔召喚実験の触媒にしてやろうとしたのが失敗の始まりだった。
何をどうしたのかローは召喚された悪魔に乗っ取られるどころか、保有していた権能を手に入れて拘束を脱したのだ。 対象の精神に干渉する類の物に見えたが、検証している余裕はなかった。
飽野は駆け付けようとしてくれていたが、彼女一人が加わった所でどうにかなる戦力差ではなかったのでアメリアは自身の肉体を諦めるという選択を強いられる事となったのだ。
誤字報告いつもありがとうございます。
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