1437 「狭窄」
アキノの攻撃手段は基本的に素手だが、当人の技量は素人に毛が生えた程度のお粗末なもの。
それでも奴が聖堂騎士の俺が相手でも問題ないと判断したのはその身体能力にある。 背に存在する四枚の羽根。 細かく振動しながら魔力を発するそれは重力を無視してアキノの体を当人の思い通りの軌道を描いて飛翔させる。
急加速、急停止、急旋回。 高速で動ける上、かなり細かな動きができる事は大したものだ。
ついでに俺が居るのは城の上。 当然ながらこの城は屋根の上を安全に移動できるようにできておらず、角度のついた急斜面は走り回るのには不向きだ。 これだけの条件を並べれば確かに俺は不利だろう。
普通に考えれば逃げるのが最も賢い選択だ。 だが、そうも行かないのが辛い所だった。
以前のように胃痛には苦しまないが、面倒な仕事が多いのでやってられないといった気持ちにはなるな。
振り返りながら短槍を一閃。 ちょうど首を通る軌道だったが、アキノは際どい所で急停止して躱す。
動きもそうだが、こいつの最も大きな強みは眼だな。
視力が良い。 恐らくは虫特有の複眼という奴のお陰だろう。
次の瞬間には正面。 貫手で俺の目玉を抉ろうとするのを屈んで躱し、下がりながら片方の短槍を回して煙を起こし、残りの一本を投擲。 煙の効果を警戒したのかアキノは後退、それに合わせて飛んできた短槍を手で打ち払う。
今払われた短槍は俺が昔から使っていた代物で対になっている腕輪に魔力を込めると戻ってくる便利な代物だ。 戻ってくる際の軌道は直線なので使うタイミングを意識しておけば――
「煙で姿を隠したからって足場がないんだから隠れられる訳ないでしょ?」
「あぁ、その通りだな」
よく見えるお目目で目晦ましに惑わされずに俺の姿を捉えてたんだろ?
で、煙に害がないと判断したから持ち前の速さを使って肉薄。 視界を潰す事で俺の対応力が落ちているとでも考えたか? アキノは高速で俺の周囲を旋回し、意識を散らした後に背後から襲い掛かる。
お前みたいな奴は基本的に死角からしか襲ってこないから深読みしなくていいのは助かるぜ。
「か、は――」
アキノの拳が俺に届くより早くその腹に俺が戻した短槍が突き刺さる。
わざわざ振り返って後ろから襲いやすいようにしていたのだが、こうも綺麗に引っかかってくれるとは助かるぜ。 動きが止まった所ですかさずに短槍で救い上げるように一撃。
狙いは羽だ。 右側の二枚を切断。
「ちょ、待っ――」
「待たねぇよ落ちろ」
当然ながらアキノにこの不安定な足場で踏ん張る事などできるはずもなく、どうにかバランスを取ろうとしていたが、俺はそれを許さずに蹴りを入れる。
いくら転生者といえど数秒で飛行が可能になるほどの再生能力はない。
アキノは悲鳴を上げて落下。 俺はそれを追うように飛び降りる。
当然だが、落下速度は短槍を城の壁に突き刺して殺しながらだ。
取りあえず場所を変えたい。 始末するにしても上じゃ不利だからな。
全身鎧だった事もあって結構な速さで叩きつけられたアキノは苦し気に呻く。
「やってくれるわ。 確かエルマンって言ったわね。 あんたの事は覚えておくから――」
「覚えなくていいぞ。 どうせお前、ここで死ぬからな」
粘着されても敵わんからお前はここで死ね。
――やれ。
俺が<交信>で命令を出すと近くで待っていたレブナントの群れが一斉にアキノへと襲い掛かる。
こんな事もあろうかと戦闘能力の高い個体は襲撃に参加させずに伏せておいてよかったぜ。
どうせ派手に暴れるだけなら持ち前の身体能力だけで充分に役目を果たせる上、こいつらは終われば廃棄予定の連中だ。 どうでもいい個体は素直に正面からぶつける形で使った方がいい。
……後始末を考えると適度に減ってくれていた方が何かと都合がいいからな。
アキノは咄嗟に再生の済んだ羽を使って空に逃げようとしたが、僅かに遅い。
レブナント達は俺の指示通りにアキノの羽根を乱暴に鷲掴みにするとそのまま引き千切った。
アキノが悲鳴を上げる。
――よーし、いいぞ。 羽は絶対に再生させるな。 飛べなきゃそいつは大した事はない。 嬲るのも厳禁だ。 取り逃がすと後が面倒だからそのまま頭を潰せ。
「おまえ! おまえぇぇぇ!」
アキノが俺に呪詛の叫びをあげるが鼻で笑って受け流す。 おいおい、俺は聖堂騎士ではあったが、冒険者上がりだぜ? お行儀のいい戦いなんぞする訳がないだろうが。
殺し合いにはルールは無用だ。 モラルと責任を問われるのは終わった後で、最中は何をしたって大抵は問題にならない。
その辺を理解できないのならそもそもお前、戦いに向いてねぇよ。
余裕がないの丸分かりだし、周りが全く見えていない。
マルスランですら叩き落されたら相手の意図を考えるぞ。 ――考えるよな?
「おつかれ。 こそこそするのが好きみたいだし、そのまま人知れずに死んでろ」
俺が煽るとアキノが怒りを噴出させ、集中を欠いてレブナント達に痛めつけられる。
それでも致命的な攻撃――捕まらないように掻い潜っているのは大したものだ。
「黙れぇ! 死ぬのはあんたよ!」
「へぇ、この状況を引っ繰り返せるものなら是非やってみてくれ」
そろそろかな? アキノが咆哮し、その体がメキメキと軋みを上げて巨大化。
転生者が切り札としている「解放」とやらだ。 さっき出くわした連中も何人か使ってたな。
ただ、事前に知識があった上、実際に見ているので驚きに値しない。
だから――
「あぁ、はいはい。 じゃあな」
踵を返してもうお前に用事はないと見せつける。
アキノの視野が怒りで限界まで狭窄。 ここだな。
レブナント達の変異は非常に興味深い。 武芸を収め、自らの体の扱いを熟知している者ほど人に近く、そうでもない奴は人間形態から逸脱する傾向にある。 その為、レブナント達は巨大な個体はあまり技に優れてはいない。 裏を返すと人型に近ければ近いほど変異前の技量が高い傾向にあると俺は考えている。
何が言いたいのかというとレブナントは基本的に力押しなのだ。
挙動も重たく、精密な動きはあまり期待できない。 だからこそ嬲られながらもアキノは今まで生き残っており、敵の只中で解放を使っても通ると無意識に思っている。
そんな馬鹿な思考でいるからこそこれに気付かない。
次の瞬間、俺に意識の全てを集中していたアキノの首が高々と宙を舞った。
誤字報告いつもありがとうございます。
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