1436 「城上」
階下を覗き込むと次々とレブナントが城内へと突入していた。
手引きしている奴が居るので招き入れるのは簡単だ。 ただ、後始末の事を考えるとできれば使いたくはない手ではあった。 他の誰かがやるというのなら俺は知らん顔をして気楽に実行していたのだろうが、ファティマは俺の働きを随分と買ってくれているようで、終わったら王都復興の責任者にしてやるといった事を匂わせていたのだ。
……やってられねぇ。
いや、正確にはやりたくない、だ。 責任なんて代物は重たいだけなので、可能であればほどほどに偉くて失敗しても他人の所為にできる身軽なポジションこそ俺は求めていたんだが、何の因果か一番重要なロートフェルト様のサポートとは。
まぁ、愚痴っても仕方がないのでやる事をやるしかない。
――ザカリー! そいつを片付けたらロートフェルト様の援護に行け!
近くの騎士を始末した俺はそのまま上階へと駆け出す。
――エルマン。 お前はどうするつもりだ?
――俺が混ざった所で状況は変わらん。 今の内にやれる事をやっておく。
俺はファティマ程、盲目的にあの方の力を信じてはいないが、そう簡単にやられる事はないと確信もあった。 あの方は正真正銘の化け物だ。
殺せるわけがない。 アメリアという女の挙動を考えると研究素材として捕えようと企んでいるのは透けて見えるが、そんな舐めた真似をすれば痛い目に遭うのは目に見えている。
連中は絶対の自信を持って罠を張っていたはずだ。 それが突破された時、どのような反応をするか?
……逃げるに決まってる。
短期間で他所から流れて来た立場で宰相位を手に入れるような女だ。
保身に長けているのは考えるまでもない。 想定外が起これば仕切り直す為に逃げを打つ。
なら俺がやるのは退路を断つ事だ。 情報にない隠し通路の類があればお手上げだが、そうでないならいくつか撤退の手段に心当たりがある。
ロートフェルト様の居る部屋の場所は把握済みだ。 そしてそこにアメリアが居る事も。
現在は拘束を解いて派手に暴れているとの事なのでそろそろ逃げ出す頃合いじゃないかと思っていた。
最上階に辿りついたところで外に面した廊下を走り、適当な所で窓を破壊して外へ。
僅かな取っ掛かりを掴んで上、城の頂上へと登る。
平時であるなら王都を一望できる景色は中々に見ごたえがあったのかもしれないが、今はそんな用事はない。 俺の予想が正しければ――
「……やっぱり居やがったか」
転生者、特徴的な見た目は聞いていた通りだ。
アキノ リホ。 聖堂騎士としての名前はリベリュル・リベリュール。
アメリアの腹心だ。 優れた飛行能力を持っているとの事で撤退手段としてどこかに伏せていると思ったぜ。
「あら? 聖堂騎士の方かしら? こんな所で奇遇ね?」
「そうだな。 こっちもあんまり余裕がないから用件だけ言うが、このまま逃げるなら見逃してやってもいいぞ」
「へぇ、つまりアメリアちゃんを見捨てろって事?」
俺の言っている事の意図を察したのかアキノの口調から感情が抜ける。
「話が早くて助かるぜ。 どうだ? 悪い話じゃないだろ? あんな害悪女、生きてる価値がないんだ。 そんな奴を見捨てた所で誰もお前を非難しやしねぇ」
我ながら適当な事を言っているなと自嘲。
退路として用意されている以上、この転生者はアメリアにかなり信用されていると見ていい。
そんな奴がアメリアを見捨てろと言われればどうなるか? まぁ、考えるまでもないな。
「アメリアちゃんの事を良く知らないくせによくもまぁそんな事が言えたものね? 彼女の研究は世界的の技術を進める立派なものよ? それを理解できないなんて哀れね。 だから異世界人は馬鹿の集まりだって言われるのかしら?」
「あれ? 怒ったのか? 俺は事実しか言ってないんだがな。 世界の技術を進める? 笑わせるぜ。 お前らなんぞいい所、身の程知らずに身の丈に合わない玩具を配って破滅するのを見てへらへらしているだけの愉快犯だろ? 鏡でも見たらどうだ? 俺に言わせりゃお前らは度を越えた悪戯で周りを混乱させるだけの不快なゴミでしかねぇよ」
さて、ここまで全否定され、お友達を馬鹿にされた自称立派な研究者様はどうする?
こういった輩は自分のやっている事に妙なプライドを持っている場合が多い。
理由は過程はともあれ成果に一定の自信を持っているからだ。 裏を返すと成果が出ているからこそ、何をしてもいいと免罪符と捉えている節がある。 この連中がそれに当て嵌まるかは不明だが、少なくとも自分達の研究を貶されていい感情を抱くとは思えない。
「私達が進めた文明のおこぼれで生きてるだけの人が言ってくれるじゃない」
「そもそも進めてるって考えが傲慢なんだよ。 ちょっと他が知らない事を知っている程度でイキってるんじゃねぇ」
不意にアキノの雰囲気が変わった。 静から動へ、正確には冷静さが剥がれ落ちたようだ。
「随分と煽るわねぇ。 良いわ、乗ってあげる。 死になさい」
「おいおい、文明の先駆けを名乗っている割には随分と安っぽい奴だな」
言いながら武器を抜く。 釣れたのは狙い通りだが、問題はここからだ。
眷属化しているとはいえ、俺はあまり戦闘に自信はない。
相手も研究職なので立ち回り次第では対等以上に戦える自信はあるが、地形的にもあまり有利ではないので厳しい戦いになるのは目に見えていた。
……それでも逃げられないのが辛い所だなぁ。
逃げ出してぇと思いながら屋根を蹴って駆け出す。
アキノは空中で急加速してこちらに突っ込んで来る。 間合いが瞬く間にゼロになり、俺は突きを繰り出すが、ギリギリで届かない。 完全に見切られている。
これは技ではなく単純に目が良いからだろう。 そして俺の腕が伸びきった所でアキノは急旋回。
俺の背後へ移動。 飛べるアキノに対し、俺は生身だ。
突き落とせば勝ちだと思っているだろうが、ここまでこき下ろされたんだ突き落すだけで済ますとは考え難い。 振り返るとアキノが拳を握っている。
……突き落としはないな。
ついでにどの程度キレているのかも分かるこれは俺を徹底的に痛めつけたいと思っているな。
感情的になっている奴は場合によってはパフォーマンスを向上するが、こういう口上が長い奴はそれに当て嵌まらない。 取りあえずは予定通りに進んでいるな。
……後は俺が何処までついていけるかだが……。
誤字報告いつもありがとうございます。
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