1431 「呼吸」
煙はジネヴラを避けるように割れる。 それを見てなるほどと内心で頷く。
一応、種は割れたな。 周囲の空気を操って壁にしたり固めて攻撃に利用しているといった所だろう。
周囲が煙で満たされているので、何をしているのかがはっきりと見える。
空気の球のようなものを形成し、アスピザルへと向けて発射。
アスピザルは魔法で障壁を展開するが防げるか怪しいと判断したのかそのまま回避に入る。
奴の判断は正しく、障壁はあっさりと貫通して調度品などを薙ぎ払うだけに留まった。
――追撃が来ない?
溜めが必要なのか連射はしてこないな。
そうこうしている内にロートフェルト様が立ち上がり、ザ・コアを唸らせてジネヴラへと突っ込んでいく。
一気に間合いを詰め、上からの振り下ろし。 転生者ですら挽き肉へと変えた一撃はジネヴラに届かずに止まる。 僅かな時間、攻撃と防御が拮抗するとロートフェルト様の周囲に風が集まる気配。
次の瞬間、ロートフェルト様はさっきと同様に吹き飛び、壁に叩きつけられた。
それを見てあれは連射ができないのはなくて――
「あれってもしかして攻撃を吸収しているんじゃない?」
「お前もそう思ったか」
アスピザルの言葉に俺は同意する。 俺も同意見だからだ。
障壁に魔力か衝撃が加わったら――いや、恐らくは両方だろうがそれを攻撃に変換するのだろう。
俺が狙われなかったのは跳ね返す程の攻撃行動を取っていないからか。
実際、狙われた順番を見れば明らかだ。 反撃を受けた順番は最初に突っ込んだロートフェルト様、次に魔法を撃ちこんだアスピザル、再度突っ込んだロートフェルト様だった。 恐らく間違ってはいないだろうと思われる。
それにあんな大技、いつまでも使っていられないはずだ。
なら消耗を狙うのが最適解か。 俺は鎧の機能を使ってジネヴラの周囲に無数の気配を出現させる。
ジネヴラは振り返り、できた隙を突く形でアスピザルが魔法攻撃を行うが同様に防がれた。
防御は自動。 範囲は当人の周囲、一から二メートル。
ムラがあるのか煙が避ける範囲が縮んだり広がったりしている。
アレは範囲が狭いというよりは維持するのに最適な範囲がアレなのだろう。 防御自体は自動で行うなら解かない事に注力すればいい。 後は攻撃か。
任意か、自動か。 俺の見立てでは自動である可能性が高い。
ジネヴラという枢機卿。 見た目通りの年齢であるなら戦闘経験は浅いはずだ。
いや、このウルスラグナでの枢機卿の扱いを考えるとほぼないと言い切ってもいい。
そんな奴にこんな高度な戦闘行動を行える訳がないのだ。
つまり当人は状況の維持のみを行い、戦闘は能力に任せる形で行う。
腑には落ちたが、だからと言って打開手段があるのかというと何とも言えない。
一番楽なのはこのまま粘って消耗を誘う事なのだか――いや、待て。
おかしい。 明らかにあんな大技はいつまでも維持していられない。
あれだけの魔力をどうやって賄っているんだ? ジネヴラが人間を逸脱するほどの魔力を内包していたとしてもこれだけの規模の魔法をいつまでも使い続ける事は不可能。
それは撒き散らしている魔力を見れば明らかだ。 恐らくこんな規模で長時間使用し続ければ転生者やロートフェルト様でもそうかからずに息切れを起こす。 なら答えは一つだ。
他所から調達している。 そうなると怪しいのは持ち物か――
「――この建物か」
実際、戦闘が始まると同時に床やら天井やらが光っているからな。
威力をブーストするのに使っている物かとも思ったが、想像以上に重要な代物だったようだ。
効果があるかは怪しいが試してみる価値はある。
――ロートフェルト様!
<交信>で声をかけると同時に懲りずにまた突っ込んで返り討ちに遭ったロートフェルト様が壁に叩きつけられる。
――何だ?
――今の我々であの防御を抜くのは難しいんで、別の方法を試しましょう。
――それで?
――あの力、もしかしたら魔力だけかもしれませんが維持しているのがこの建物の可能性があります。
それを聞いてロートフェルト様はぐるりと周囲を見回す。
――なるほど。 ここを壊せば奴は力を維持できなくなると。
――それなら司祭枢機卿は基本的にここから動かないという話にも納得がいきます。
言いながら俺は持っている短槍で床を軽く突いて強度を確認する。
硬い。 少なくとも俺の武器では傷つけるぐらいが限界か。
ロートフェルト様はザ・コアを第二形態に変形させる。 凄まじい量の魔力が砲身へと充填され、砲口の奥が赤々と輝く。 流石に危機感を感じたのかジネヴラの表情に僅かな怯えが走る。
発射。 指向性を持った魔力の奔流はジネヴラを狙わずに彼女の背後にあった教団のシンボルを破壊し、薙ぐように振り回された砲身が建物自体を切り裂いていく。
改めて見るととんでもない威力だな。 話によればロートフェルト様と良好な関係を築いた転生者による作品らしい。 俺としてはこれだけの代物を作った事以上に、あのロートフェルト様と友好的な関係性を構築できる事が驚きだった。
真偽は定かではないが、出来上がった武器に関しては手放しに誉めているとの事。
あの、ロートフェルト様が誰かを褒める!? そこまで付き合いの浅い俺ですらそれがどれだけ凄まじい事なのかが分かる。 ファティマですらあんなに褒められた事がないのにと悔しそうにしているぐらいだったからだ。
首途 勝造という名前らしいが、いったい何者なんだと震えてしまう。
それはともかく、建物への攻撃はどの程度の効果があるのかとジネヴラを見ると非常に分かり易い事に青ざめていた。 これは決まりだろう。
「や、止めなさい!」
直接攻撃されていないのでお得意のカウンターは使えない。
別の攻撃手段に切り替えるか? それとも助けを求める? 逃げる可能性もあるが逃げ場はそう多くない。
……さぁ、どうする?
お偉い枢機卿様は信仰に殉じるか? 手下に助けを求めるか?
それとも尻尾を巻いて逃げ出す?
「『Μοστ γρεατ τηινγ ις τολερανψε』!」
攻撃手段を切り替えた。
何をしたのかは分からんが自動ではななく能動的に干渉するタイプの攻撃手段のはずだ。
「か、は」
効果はすぐに分かった。 何故なら息ができなくなったからだ。
窒息狙いとはやってくれる。 だが、俺達眷属はとっくに人間なんぞ辞めてるんだよ。
そもそもこの場にいる面子が呼吸できなくなった程度で止められる訳がない。
誤字報告いつもありがとうございます。
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