1427 「俯去」
「べ、便宜?」
「あぁ、流石に将来的には戦って貰う事にはなるだろうが、ここでは情報を寄越して隠れているなら後で回収してやる。 要はウチで引き取ってやるって話だ」
「……こういう言い方はしたくないんですけど、ここと何か違うんですか?」
「根本的な部分では変わらん。 ただ、制限は付くが大手を振って外を出歩けるようにはなるはずだ」
時期も良かった。
他の転生者の受け入れを行っているので、ロートフェルト様の説得もそこまで難しくないだろう。
「俺の提案をどう捉えるかはお前次第だ。 グノーシスのままの方がこっちに来るよりはマシって思うならそうすればいい。 そうでないならこっちに乗り換えろ。 時間もないからさっさと決めてくれ。 お互い立場上、仲良くお喋りって訳にはいかないだろ?」
一応、提案はしたが、こいつを引きこむ事は必須ではない。
断るなら話はなかった事にして戦闘続行だ。 カサイは迷うように俯いて沈黙していたがややあって覚悟を決めたのか顔を上げた。
「……分かりました。 そっちに付きます。 ただ、俺からも一つだけ条件を出させて貰っていいですか?」
「言ってみろ。 ただ、内容によってはできない事もあるからな」
それにしても葛藤こそあったがあっさり決めたな。
グノーシスに対する不信感がそこまで強かったのか? それとも裏切った振りをしてこちらの情報を欲しがっている? 後者に関しては可能性はあまり高くない。
今回は完全に不意打ちの遭遇戦だ。 心の準備ができていたとは思えない。
つまり、俺達のような敵対する者が現れれば話を聞くつもりでは居たが、そこから先は何も考えていなかったはずだ。 俺の見立てでは腹芸の可能性は低い。
「他の皆にも俺と同じ提案をして貰えませんか? それと今回、情報は出しますが――」
「流石にさっきまで身内だった奴に襲い掛かれなんて事は言わねぇよ。 ただ、監視は付けるから余計な行動も取らせないがな」
ちょうどサリサが外にいるので見張りはあいつに任せればいい。
サリサは戦闘能力はそこまで高くないので何かあった時の為の予備人員として外で待機させている。
いざという時は退路の確保などで動いてもらう予定だったが、何もなければ基本的に出番はない。
俺としては出番なしで終わってくれた方が良いと思っているが、本人は何かしたがっていたので監視の仕事を振ればやる気も上がるだろう。
「話は分かった。 少し待て」
そう言って俺はロートフェルト様に<交信>で報告を入れる。
――なんだ?
――一人、転生者が降伏したいそうです。
――裏切りの心配は?
――なくはありませんが、サリサを監視に付けようかと思います。 それに奥の情報を得る好機かと。
――そうか、好きにしろ。
――寝返る際に条件を出されまして、一つお願いがあるんですが……。
――何だ? 言ってみろ。
――他の連中にも一度、チャンスをやって欲しいとの事でして。
――……つまり一度、降伏勧告を行えという事でいいか。
――その通りです。
――分かった。
なんて話の早い主なのだろうか。 この辺りの即断即決は凄まじいな。
こいつらの生き死にに一切の興味がないが故の早さなのだろうが、ファティマ辺りからすれば器がデカいとでも解釈するのかもしれない。 あの女はロートフェルト様の事になると知能が著しく低下するからな。
「話は付いた。 見てろ――」
言っている間に戦闘の音が消えた。 理由はロートフェルト様が声を張り上げたからだ。
そっと表に戻ると転生者達に降伏勧告を行っていた。
「寝返れ。 こちらに付くなら命は助けてやる」
唐突なドがつく直球に少し眩暈がしそうになった。
「……えぇ……いや、アレは無理なんじゃ……」
カサイはロートフェルト様の発言に軽く引いていた。
そりゃそうだろうよ。 俺も同じ立場なら同じ反応をしていたかもしれない。
悪いがあれで精いっぱいだ。 寝返るとは思えないが、一応は約束は果たした。
「正直、言い方を変えた所で寝返る奴は寝返るし、そうじゃない奴は何を言っても無駄だ」
俺は適当にそれっぽい事を言ってカサイにここから離脱するように促す。
迷彩能力があるなら離脱する事は難しくない。 後は外の連中に誘導させれば安全に出る事ができるだろう。 カサイは諦めたように小さく頷くが、視線はロートフェルト様の提案に対する反応を待っていた。
……まぁ、結果ぐらいは見せてやってもいいか。
俺としては断ってくれた方がいいと思っていた。
カサイは前々から考えていたようだから例外としてもあんな内容で頷くような奴は今一つ信用できない。 その為、さっさと断って続きを始めろよとすら思っていた。
「ふざけるな! 俺達がそんな命惜しさに皆を裏切ると思ってるのか!」
真っ先に気炎を上げたのはトウドウだ。
まぁ、明らかに直情傾向にある奴だったので、そうなるよなといった感想しか出てこない。
「俺もだな。 裏切り促してーんならもうちょっと考えたらどうだ?」
続いて鎌を持った転生者もやや呆れを含んだ口調でトウドウに同意を示した。
「当然だな。 我々に正義を裏切れと? 悪の手先が言いそうな事だ! 大方、我々の力に恐れをなして口にしたんだろう?」
長剣持ちもそう言って裏切りを拒否。
「どういうつもりで言ったのかは知らんが諦めろ。 俺達は今の契約内容で満足している。 戦闘能力を貸し出すという形でグノーシスに雇われている以上、雇用主を裏切るような真似はできん」
最後にカカラがそう言って締めた。 他も同じ意見のようで無言で武器を構える。
「……最後に聞くが本当にいいのか? お仲間はああ言ってるぞ」
カサイは俯くが、迷っている様子はない。
「俺からも最後にいいっすかね?」
「何だ?」
「グノーシスって俺達を人間に戻した上で元の世界に帰すって条件を持ってきたんですよ。 守る気あると思います?」
「ないな。 これに関しては断言できる。 ちょっと考えてみろよ、お前らみたいな選択肢がなくて戦闘能力に期待できる連中を簡単に手放す訳ないだろうが。 お前らの未来はグノーシスにいる以上、ここで死ぬかここ以外のどこかで使い潰されて死ぬかの二択だ」
「あんたらはどうなんですか?」
「……さぁな、それはお前がこれから見聞きした物で判断しろ。 話は終わりだ。 外には話は通してあるからさっさと行け」
カサイはトウドウ達の方を一瞥し、小さく「ごめん」と呟き走り出した。
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