1426 「話裏」
「ったく、勘弁してくれよな!」
目の前の転生者は愚痴を零しながら横薙ぎに剣を振るう。
俺はそれを短槍でいなしながら空いた手で反撃。 転生者は刺突を剣が肉厚である事を利用して防ぐ。
流石に転生者だけあって身体能力は高いが、技量面では荒い面が目立つ。 普通にやれば今の俺ならそうかからず仕留める事は出来そうだが、相手は厄介な特殊能力を備えていた。
転生者の輪郭がぼやけ、ややあってその姿が溶けるように消える。 本当に消失しているのではなく、魔法的な迷彩能力だろう。 根拠は姿は消えても気配までは消えていないからだ。
横薙ぎの一撃をさっきと同様にいなしながらふと違和感を覚えた。 戦い方に作為――要するに俺を仕留める以外の意図を感じたからだ。 ちらりと周囲に視線を巡らせる。
転生者は合計で八人。 ロートフェルト様がカカラと呼ばれた転生者。
ヨノモリがトウドウ。 アスピザルが飛んでいる者、イシキリが似たようなシルエットの奴と人型に近い奴の二人。 ザカリーが大鎌と重装備の長剣使いとそれぞれ戦闘を行っている。
他に割く余裕は双方、なさそうだ。 なら、乗ってみるのもアリか。
あまり時間をかけたくない上、不確定な要素は確定させておきたい。
俺達にとって有益か否かを。 俺はタイミングを見て、鍔迫り合いに持ち込む。
「おい、俺に何か聞きたい事があるんじゃないか?」
そう囁くと相手が僅かに身を固くする。 この反応は当たりか。
「バレずに話せる場所は?」
「建物の裏、部屋に何人かいるけどこの騒ぎだ。 ほぼ全員が窓からこっちを見てるから、姿さえ消せれば少しぐらいは話せる」
「了解だ。 少しだけ時間を作ろう」
俺は短槍を手の中で回転させ煙を撒き散らす。
瞬く間に視界がゼロになるが、転生者の肩を小さく叩いて移動を促した。
そのまま、魔法で迷彩をかけて建物の裏へ。 転生者も黙ってついてくる。
念の為にと気配を探ったが本当に誰かがいるような感じはしない。
罠かもしれないとも思ったが、感じからして腹芸をするようには見えなかったので乗ったのだが……。
「あまり時間はない。 用事があるなら手短に頼むぜ」
表では戦闘の真っ最中だ。 集中しているだろうからすぐには気付かれないが、時間の問題だ。
「こっちの意図に気付いてくれてありがとうございます。 俺は葛西って言います」
「カサイね。 悪いが、俺が名乗るのはそっちがある程度信用出来てからだ」
馬鹿正直に名乗ったらどこに漏れるか分からんからな。
「まずはそっちの目的を教えて欲しい。 何でグノーシスに仕掛けるような真似を?」
「質問を質問で返すようで悪いがお前は何でそんな事が気になる? 聖堂騎士待遇で迎え入れられてるんだろ? お前の居た世界ではどうかは知らんが、こっちではそう簡単に手に入る肩書じゃないぞ」
異邦人の正確な扱いに関しては俺も詳しくは知らないが、これまでに得た情報から推測はできる。
まずは聖堂騎士待遇。 つまり社会的には結構な地位を保証されている事になる。
給金等も聖堂騎士と同じなのかは不明だが、俺の見立てでは足元を見られている可能性があると思っていた。 ここの施設を見れば維持に結構な金額が投じられていると分かるからだ。
恐らくはここの維持費も給金に含まれていると見ていい。
生活に関しては王都で姿を見たという話はほとんど聞かないので、ある程度の信用を得ないと外に出られないのだろう。 見方によっては保護されていると感じられるかもしれないが、窮屈に感じる者もいるかもしれない。
「あぁ、俺達の事をある程度知ってるんですね。 だったら話は早い、グノーシス教団って実際はどうなんですか?」
「どうとは?」
「何か裏でヤバい事をやってるんじゃないかとか、俺達みたいなのを集めて何かしようとしてるんじゃないかって思って……」
……あぁ、そういう事か。
カサイは不安なのだ。 転生者がこの世界に来るまでの流れはある程度ではあるが把握している。
死んで気が付けば見知らぬ場所、聞き覚えのない言語。 そんな中、母国語を扱える連中が親切を顔に張り付けて近づいてくる。 本来なら胡散臭いと突っぱねたり疑ったりしたいが、右も左も分からない現状では差し出された手に縋るしかない。 自分は何をしているのか? 自分は何に巻き込まれたのか?
そして未来は保証されているのか? 大方、そんな思いを腹の中に溜め込んでいたのだろう。
だからと言って周囲には相談し辛い。 迂闊に教団関係者にでも漏らしてしまえば場合によっては消されかねないしな。 敵である俺を選ぶのはどうかと思うが、カサイにとってまたとない好機に映ったのかもしれない。
俺は小さく溜息を吐いた。
「……俺の言葉を信じるかはお前自身が決めろ。 まずはグノーシスが信用できるのか怪しいと考えているお前の判断は正しい。 現状、戦力としての利用価値があるからお前らを飼っているという認識は間違っていない。 ただ、制御の難しい異世界人をわざわざ探し回っている事には必ず何か意図があるはずだ。 それまでの間、お前の生活は問題なく回る」
そして俺は「その後は知らんがな」と付け加えた。
「意図って言うのは?」
「そこまでは知らん。 パッと出てくるヤバい使い道って言えば人体実験とか何かの儀式の触媒とかじゃないのか? ――それはそうとして、何で俺に話を聞こうなんて思ったんだ?」
俺の質問にカサイは小さく俯く。
「いや、そっちにも転生者が居たんで、外から見たらグノーシスってどんな感じなのかなって……」
「そうか。 なら、俺からは以上だ。 お前はどうする? このままグノーシスに付くなら続きをする事になるが、こっちに付くなら便宜を図ってやってもいい」
この提案には思惑があった。 まず第一に寝返らせるまたは不審な挙動を取らせる事で内部に混乱を招く効果が期待できる事。 この場で使う気はないが、状況次第では有利に働くかもしれない。
味方の裏切りは士気の低下と疑心暗鬼を周囲に齎すからだ。
効果は大きくはないがやれるならやった方が良い。 そして第二に敵の戦力の損失と情報。
転生者は聖堂騎士扱いである以上、戦力評価は同等だ。
一人減るだけでもかなり楽になる。 そして情報。
転生者は洗脳が効かない以上、知識の吸出しが不可能だ。 その為、自発的に喋らせる必要がある。
そして最後の三つ目。 引き入れる事に対する許可を取る際のハードルが低い事。
つい最近、オラトリアムは転生者を受け入れたので、前例がある以上は話を通しやすい。
以上がカサイに対しての提案をするメリットと理由だ。
誤字報告いつもありがとうございます。
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