1425 「半綻」
城塞聖堂――ウルスラグナにおけるグノーシス教団の本部ともいえる場所だ。
位置は王都に存在するグノーシス教団自治区の中央。 周囲に水堀と多種多様な警報装置や魔法的な防御が施されており、バレずに忍び込むのは現実的ではない。
その為、上手く誤魔化して正面から入るのが賢い手段ではあるのだが、中は聖騎士がゴロゴロしているので変な動きをしていると即座に見咎められる。 特に警備などで詰めていない奴はよく目立つので俺が入った所で奥に入る前に何をしていると尋ねられて終わりだ。 仮にその場をどうにかしたとしても報告を上げられて次回以降は警戒される。
俺の聖堂騎士の肩書を最大限に利用したとしても限界があるのだ。
ならどうやって中の情報を得るか? 答えは簡単で知っている奴の頭から吸い出せばいい。
最初の一人で警備の配置を掴み、奥へ行く為の協力者として合計で二十人ほどを捕らえてロートフェルト様に洗脳を施して貰った。 お陰で誰にも見咎められずに奥へと入る事に成功する。
「ここから先は限られた奴しか入れない区画だ。 情報がほとんどないから気を付けろ」
奥まった場所にある切り離されたような区画。 記憶に内部の詳細はなかったが、出入りを見た奴は何人かいたので推測は可能だ。 異邦人と呼ばれる特殊な聖堂騎士の居住区画と思われる。 ザカリーが数度ではあるが入った事があるので構造だけはどうにか把握できたのは幸いだった。
眷属になる前は知らなかったが、オラトリアムで得た知識と総合すると居住区も兼ねているが転生者を隔離して飼っておく為の檻といった印象が強い。 確かにグノーシスで保護した転生者は聖堂騎士として取り立てるが、やる気のない奴も多いのでそういった奴を閉じ込めておく場所でもあるのだ。
「この先は転生者の居住区画って話だけどどうするつもり?」
「向こう次第だな。 仕掛けてくるなら最悪、返り討ちにするしかない」
転生者に関してはどうしようもなかった。
可能であれば洗脳を施したいが、これまでに得た情報を総合すると転生者には効果がない可能性が高い。 いや、現状では無理と言い切っていいだろう。
一応、口先でごまかせるならそれに越した事はないができないのであるなら実力で排除せざるを得ない。 理由を付けて外に出す事も考えたが、そこまでは手が回らなかった。
そもそも引き籠っているような連中相手にどう対策を取れって言うんだよ。 全てに対して完璧に対処するのは不可能だったのでここに関しては諦めるしかなったのだ。
抜けた先は広い空間に居住施設。
目当ての枢機卿はその奥になるので誰も出てこないならそのまま素通りしたいところだが――
「あれ? どうも、こんな時間に何か用ですか?」
宿舎らしき建物から一人、転生者が出て来た。
結構いい時間だから眠っていてくれと思っていたがそうもいかなかったらしい。
頭をすっぽりと覆う桶のような兜が特徴的な転生者だった。 見つかりはしたが、まだ一人だ。
いくらでもごまかしは効く。 こっちにはザカリーも居る上、ヨノモリとイシキリもいる。
こいつらを新入りとでも言ってこの場を切り抜ければいい。 言い訳は十通りは用意している。
二、三人なら楽に言いくるめられる自信はあるので、問題では――
――エルマン。 不味い事になった。
不意にロートフェルト様から<交信>が入る。
――何でしょう? 何か問題が?
不確定な要素は早めに潰しておきたい。 何かあるなら早めに言って欲しいと先を促す。
――目の前のバケツみたいな兜を被った奴なんだが、実は王都で一度出くわしている。
……は?
「あ!? お前、王都にいた!」
向こうも気付いたようで声を上げる。 俺は咄嗟の事で判断に迷う。
始末は手間がかかるので可能な限り避けたい。 説得は時間をかければ可能かもしれないが、冷静な奴がいたらバレる可能性が高い。 一人ならどうにか言いくるめて――
俺が迷っている間に声を上げた転生者が吹き飛んだ。
ロートフェルト様が左腕を喰らわせたのだろう。
……あぁ、やりやがった……。
思わず顔を手で覆う。 この時点でもうどうしようもなくなったからだ。
やってしまったものは仕方がないので、即座に外にいる連中に<交信>を使用。
――バレた。 手筈通りに頼む。
保険をかけておいてよかったぜ。 外にいる連中がバレないようにこの区画周りの音を消してくれる。
少しの間だが外から余計な連中が入ってくる可能性は低くなった。
「あー、結局こうなるのかー」
「ロー君と一緒に行動する時点である程度は覚悟していたわ」
「俺としてはこっちの方が分かり易くていいぜ!」
アスピザルは小さく溜息を吐き、ヨノモリとイシキリは覚悟していたのか即座に戦闘態勢。
ザカリーは無言で双剣を抜いた。
……あぁ、クソ。 結局、こうなるのかよ。
こんな派手な音を立てた以上、外にはバレなくても中には筒抜けだ。
騒ぎに気が付いて次々と転生者共が現れる。 集めているだけあって数が多い。
合計で八人、全員転生者。 さっき吹き飛ばされた奴を目立つ巨体の転生者が助け起こす。
「すいません加々良さん」
「藤堂、こいつらは?」
「分かりません。 ただ、そこの男は前にあった騒ぎで見かけました。 恐らくは敵です」
「ふん。 何の目的かは知らんが、ここまで入り込んでいる時点で碌なものではないか。 ただで帰れると思うなよ」
カカラと呼ばれた男はトウドウに長柄の戦槌を投げ渡し自身は長柄戦斧を構える。
それに続くように他も各々武器を構えた。
……面倒な事になったな。
転生者はとにかくしぶとい。
こうなってしまった以上、全滅させる必要があるだろうから予定が大きく狂ってしまう。
まだ破綻していないのはこうなるかもしれないと想定しておいたからだ。
……想定した中では最悪に近いケースだが。
遅れはあるがこいつらを仕留めてから枢機卿を抑える。 俺ならできる。
そしてこの戦力ならいけるはずだ。
真っ先に動いたのはロートフェルト様だ。
背に差したザ・コアを引き抜いてカカラに突っ込んでいく。 内部の機構が作動し、ザ・コアが唸りを上げて回転。 カカラはその武器の異様さに怯まずに受け止める。
助けに入ろうとしたトウドウへヨノモリが突っ込む。 背に虫のような羽を持った転生者が何かしようとしていたが、アスピザルが魔法を撃ちこんで牽制。
ザカリーは鎌を持った奴と長剣を持った転生者と対峙。 イシキリは自身と似た形状の奴と人型に近い奴を相手に選んでいた。 そして俺は肉厚の剣を構えた奴と対峙している。
後の事は後で考えよう。 まずは目の前のこいつをどうにかする。
誤字報告いつもありがとうございます。
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