1423 「袋叩」
「おいおい、いきなり斬りかかるなんて酷い奴だな」
エルマンはそう言いながら空いている片手でもう一本の短槍を抜くと手の中で器用に回転させる。
槍が魔力の輝きと共に濃い紫色の煙を吐き出し、至近距離だった事もあって視界が瞬時に埋め尽くされた。
ザカリーは気にせずエルマンへと追撃をかけようと二本目の剣を抜こうとしたが、それよりも早く脇腹を薙ぐような蹴りが飛んでくる。 咄嗟に下がって回避。
魔法で強化されているだけとは思えない速く鋭い蹴りだった。
入っていたらくの字に曲がって吹き飛ばされていたと確信できる一撃。
エルマンとは接触が少なかったので評判程度の情報しかなかったが、明らかにおかしかった。
彼は武芸よりも経験から来る洞察力等で聖堂騎士に上り詰めた男だ。
その為、戦闘能力だけに限った話ならば聖堂騎士の中では下位のはずだった。
加齢による衰えも加味すれば一対一ならまず負ける相手ではない。
それがエルマンに対するザカリーの認識だった。
――が、それは改めるべきだとザカリーはエルマンの評価大幅に上方修正。
たった一合の打ち合いで確信した。 エルマンは強いと。
攻撃に対する反応、身体能力。 総合すると自分よりも上なのではないかとすら思う。
だからと言って逃げる事はあり得ない。 何かを企んでいたのは確かだ。
聖騎士の範たる聖堂騎士がグノーシスを裏切るような真似は許されない。
エルマン・アベカシス。 貴様の腹に秘めたドス黒い企みはなんだ?
必ず明らかにしてやるぞ。 そんな硬い意志でザカリーは煙を掻き分けるように地を蹴って再度斬りかかる。 下手に距離を取られると煙で位置が分からなくなるので、最低でも気配の分かる距離にいないと不味い。 そしてエルマンの気配はまだ掴めている。
充分に行ける。 ザカリーはそう確信していた。
そもそもエルマンにとってこの状況は想定外のはず。 恐らくは話をしている間に油断を誘い、奇襲をかけるつもりだったのだろうが早々に看破されて逆に奇襲を受けたのだ。
表には出していないが、多少なりとも予定が狂った事による動揺はあるはず。
そこを突くのだ。 向こうに主導権を渡してはならない。
戦いは攻め手を増やし、主導権を握っていれば常に優位を保てる。 相手が守りに入れば抉じ開けるだけ。
それがザカリーの戦闘における哲学だった。 彼の戦いに守りは不要。
攻めろ攻めろ。 とにかく攻めるのだ!
そこに敵の気配がある。 ならば斬り伏せればいいのだ。
右の剣で下から袈裟に左の剣で上から挟むような斬撃。
加減はしない。 それが許される相手ではないからだ。
エルマンはザカリーの動きに反応できなかったのか動かない。
――入る。
これは間違いなく躱せない。
そんな確信を込めた一撃は確かにエルマンを捉えたのだが、手に返ってきた感触は想像と違うものだった。 刃は標的を捉え、確かに切り裂くべくその身に潜り込む。
だが、手に感じる感触は金属のそれではなく何か別の固い物を――
「痛てぇな」
それはエルマンの声ではなかった。
ザカリーは咄嗟に下がろうとしたが右の剣が抜けない。
恐らく力の入れ方が左右で違うので深く入ったからだろう。 ザカリーは右の剣を諦めて手放す。
そこにいたのは奇妙な生き物だった。 巨大な甲羅のようなものを背負った魔物のような生き物。
魔物? 何故、こんな街中に? 無数の疑問があったが、そんな事は問題ではない。
最大の問題はエルマンを見失った事だ。 視界が悪いこの状況でエルマンの姿を見失うのは危険。
どうにか探ろうとするが背後から巨大な拳が迫り地面を転がって回避。
煙を割って現れたのは熊に似た何か。 またエルマンではない。
――伏兵。
先に仕掛けた判断自体は間違っていなかったが、ここに足を踏み入れた時点で敵の術中に嵌まっていた。 これは不味い。
ザカリーは自身の不利を悟るが、考えている余裕がないのだ。
回避先にエルマンが現れ、短槍による刺突。 剣で逸らすが、もう一本の槍で空いた脇腹を狙うべく薙ぎ。 腕で受ける。 本来なら全身鎧なので防げるはずだが、エルマンの武器と自身の防具は共に聖堂騎士の専用装備。 ザカリーは動き易さを重視している為、防御面ではやや劣る装備だった。
その為、エルマンの振るった刃は鎧の守りを突破し、僅かにザカリーの腕に傷を付ける。
痛みが走るが戦闘には支障はない。 一対多と圧倒的に不利な状況ではあるが、まだ負けては――
「ほい、隙あり」
不意に地面から石でできた鎖のようなものが無数に飛び出し、ザカリーの全身に絡みつく。
拘束。 完全に仕留めに来ている。
ザカリーはエルマンを睨みつけるべく視線を向けるとエルマンは彼の怒りを受けて唇の端を小さく笑みの形に吊り上げた。 そして口が小さく動く。
――仲良くやろうぜ?
意図が分からなかったが侮辱と認識。 それが肉体に反映される前に真横から伸びた腕に顔面を掴まれた。 僅かに遅れて耳から何かが入ってくる気配。
何をされているか理解できなかったが、成立すると不味い事だけは分かる。
逃れなければならない。 理屈ではなかった。
生物としての本能がそう叫んでいる。 これを許すと取り返しのつかない事が起こると。
どうにか身を捻って逃れようとするが全身を拘束する鎖は引き千切ろうとする度に新しく巻き付き、彼に一切の行動を許さない。 武器を持った腕はエルマンに掴まれて固められている。
どうしようもない。 耳から入った何かが頭の中心に入ってきた感触。
そして自分にとって大切な何かが消える感触を得て。 ザカリーの意識は溶けて消えた。
全身から力が抜けて完全に脱力したザカリーを見て俺は手こずらせやがってと思いながら手を離した。
「どうです?」
「お前の言う通りだ。 こいつは使えそうだな」
俺の質問にロートフェルト様は頷いて見せる。 同時に魔力の供給を切って煙の維持を止めた。
すると徐々にだが視界が戻っていき、周囲に待機していたアスピザル達が接近してくる。
「えーっと? どうなったの?」
「あぁ、もう外していいぞ。 『説得』には成功した」
俺の返しにアスピザルは露骨に表情を歪める。
「何をしたのか敢えて聞かないけど僕達にするのは勘弁してよ」
「そうだな」
曖昧な返事にアスピザルは小さく溜息を吐く。
どちらにせよ転生者にはロートフェルト様の洗脳は効果がないのでどちらにせよ不可能だ。
誤字報告いつもありがとうございます。
次回以降はICpwの更新となります。
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