1421 「憧憬」
どうすればこの「取り敢えずぶち殺せば安心」という考えが根本に存在している主を納得させる事ができるのかを論を組み立てながら、不敬にならない程度を見極めつつ自分の考えを伝える。
「アメリアという女は短期間で宰相の座に上り詰めるほどの人物です。 経験上、そう言った手合いは自らの保身に長けているので下手に大がかりな攻勢を仕掛けるとそれに乗じて逃げる可能性が非常に高いです」
「……つまり俺のやり方だと取り逃がすと?」
「無礼を承知で言わせていただくのならそうです。 確かに殲滅は単純かつ成功する見込みもあるので決して悪い手ではありません」
本音を言えば悪手の中の悪手だが、そこは口に出さずにぐっと呑み込んだ。
「ですが規模が大きければ同時に綻びや隙間も生まれやすい。 アメリアは恐らくそこを突く形で逃げを打つと思われます」
少なくとも俺ならそうする。
「なるほど。 なら具体的にどうする?」
「その前に一つ確認を。 ロートフェルト様は王都の人間を皆殺しにしたい訳ではないのですね?」
「そうだな。 この鬱陶しい状況さえ何とかなるなら後はどうでもいい」
よしよし。 誘導できているぞ。
「でもさ、アメリアって基本的に王城の奥に引っ込んでるんでしょ? 引っ張り出すには多少の騒ぎは必要なんじゃないの?」
話を続けようとしたらアスピザルがそう言って口を挟む。
このクソガキ! 余計な事を言って混ぜっ返すんじゃねぇ!
「それもそうだな。 やはり正面から突破を――」
「いや、それはちょいとお待ちを。 策に関しては俺の方で練っておいたのでせめてそれを最後まで聞いてから判断して頂きたい!」
俺はその場の全員をどうにか黙らせてやや強引に話を続ける。
その後、一応は纏まりはしたが疲れた。 とても疲れた。
王都は活気に満ちている。 行き交う人、軒を連ねる店舗。
巡回する騎士や聖騎士。 その様子をサリサはぼんやりと眺めていた。
正確にはぼんやりと眺めているのではなく全体を俯瞰し、目当てのものの動向を常に視界に収めているのだ。 彼女の目的は主要な聖騎士や騎士の動向の調査。
行動が決まっている――要はこのタイミングには必ず特定の行動を取るといった習慣を探していた。
ただ、突っ立っているだけなのも怪しまれるので今の彼女は普段の装備を身に纏っておらず、町娘のような地味な格好に手には買い物籠。 もう片方の手には近くの店で買ったパン。
焼きたての香ばしい香りのするそれをもぐもぐと齧りながら彼女は人の往来と営みを眺める。
「サリサ!」
不意に名前を呼ばれて振り返ると見知った顔が駆け寄ってくるのが見える。
親友――正確には親友だったジョゼという娘だ。 頭は悪いが剣技に関する才はあのクリステラですら認めていた才能の原石とも呼べる存在。 眷属になる前は、馬鹿だが救われる事も多い親友というのがサリサのジョゼに対する認識だった。
「あら、ジョゼじゃない。 どうかしたの?」
「何もないよ! 巡回中に見かけたから!」
「そう……」
元々、ジョゼとサリサはクリステラの従者という扱いだったが彼女が死亡した為、所属が浮いてしまったのだ。 それにより一時的に王都に所属する形となっている。 ただ、サリサはエルマンと行動する必要があるので彼の計らいでエルマンの従者といった形になっていた。
唐突に現れたジョゼに対して、仕事中だから邪魔しないで欲しいと思ったが努めて表には出さずに苦笑して見せる。
「ところでこっちの仕事には慣れた?」
黙っていても話が終わらないのでさっさと切り上げる為にも積極的に話を振るとジョゼはぱっと笑顔を見せる。
「うん。 最近はザカリー聖堂騎士の訓練に参加させてもらってるんだ!」
コンスタント・ティム・ザカリー聖堂騎士。
エルマンほどではないが古参の部類に入る聖堂騎士で王城に出入りできる程度には信用されている。
二本の剣を使う実力者だ。 王城に出入りする頻度が多いのでエルマンからは可能であるなら動向を細かく掴んでおけと言われている一人だった。
「あぁ、そう言えば定期的に訓練場まで来るのだったかしら?」
「そうだよ! 大体、二、三日に一回ぐらいに見かけるよ! 話を聞いたら体を動かしておかないと鈍るから訓練自体は毎日してるって!」
「なるほど」
つまり時間帯は異なるが毎日訓練場には顔を出していると。
「それとね! 聞いてよサリサ! ザカリー聖堂騎士があたしには才能があるって! クリステラ様にも言われ……」
そこまで言いかけてジョゼの声が一気に萎んでいく。
サリサは何と声をかけていいのか迷ったが、結局は何も言えずに黙る。
少しの間、そうしていたがややあってジョゼがぽつりと口を開く。
「クリステラ様。 本当に死んじゃったのかな……」
「分からないわ。 でも、あの状況では多分だめだと思う」
「もしかしたら怪我をして動けないとか何か事情があったとか……」
「そうだったら私も嬉しいけど、クリステラ様がこんなに長い期間、何の連絡もしないなんて事はあり得ない。 だから……」
そんな事を言いつつ、サリサの内心は冷めきっていた。
何故ならクリステラが死んだのをはっきりと見たので、論じるだけ無駄な話だからだ。
クリステラ。 かつてのサリサとジョゼの上司であった聖堂騎士。
王国最強とも呼び声高い剣――というよりは戦いの申し子のような存在だった。
現在のオラトリアムの主力による総がかりでようやく仕留めたというのだから彼女がいかに規格外な存在だったのかが分かる。 眷属にできれば大きな戦力となっていたのだろうが、あの状況での無力化は非常に難しく、場合によってはローが殺されかねない。 その為、エルマンの判断は処分。
後になって考えても妥当な判断だったと思う。 彼女はとにかく強すぎたのだ。
「うん。 分かってるけど信じられないんだ。 だってあのクリステラ様だよ! どんな相手でも無傷で無敵なあの人が死ぬなんて……」
ジョゼはクリステラの事を随分と神聖視していた。
最強の聖堂騎士、無敵の存在、自分とは隔絶した上位の何か。
眷属になる前のサリサにもややその傾向はあったが、こうして切り離して考えると迷惑な話だ。
クリステラも外からは分かり難いだけで人でしかない。
彼女なりの葛藤や努力があっただろう。 少なくともジョゼからはその辺りの認識がすっぽりと抜け落ちていたのでちょっとした危うさを感じる考えだと思った。
少なくとも自分がクリステラならこんな理解からほど遠い自分の中にある理想を押し付けてくる憧憬は向けられたくない。
誤字報告いつもありがとうございます。
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