1418 「火起」
「いや、何とかしなさいって言われてもですね。 聖堂騎士の権限でもできる事とできない事が――はぁ、了解しました。 何とか考えてみます」
取りあえず現状は把握した。 非常に不味い事になっており、ロートフェルト様が指名手配犯になってしまっている。 このまま放置しておくと非常に困った事になるだろう。
何が不味いかって? 指名手配犯になる事でこの国で行動しづらくなる事?
確かにその通りだが、俺に言わせればお尋ね者になろうがなかろうがオラトリアムで匿えばいいので大した問題ではない。 現状のオラトリアムは改造種の数も揃ってきているので防備という面では非常に堅牢だ。
仮に全面戦争となった場合はグノーシスの参戦が特に厄介だが、一度戦力を見せつければ慎重にならざるを得ないので迂闊に仕掛けてこない。
ウルスラグナの立地上、グノーシスの本国からの追加の戦力も当てにできないのでこの国は戦力を自前でやりくりしなければならないのだ。 加えて戦力は治安維持に必須ともいえる。
それが大幅に落ち込むような選択は簡単にできないだろう。 これは最悪のケースではある。
オラトリアムはファティマが回している以上、様々な場合に備えての保険はかけていた。
周辺領との協力関係を強固なものにし、いざという時に味方とするように働きかけている。
これは周辺の物流を徐々にだが掌握し始めているからこそだろう。 同じ眷属であるパトリックというやり手の商人が上手に立ち回っており、商会の規模を拡大している事が大きな要因だ。
さて、ここまで聞けば何の問題もないように聞こえる。 ロートフェルト様がこの国で活動しづらくなった。 ならオラトリアムに戻ってきて頂き、のんびり引きこもって貰えれば何の問題もない話だ。
が、そうもいかない理由があった。 どういう訳かあのお方は一か所に留まる事を嫌う傾向にある。
加えて面倒事は力技で解決しようとするので、このまま放置しておくと王都を火の海に変えかねない。
ウルスラグナを軽く乗っ取れるだけの戦力があるのなら最悪、それも問題ないかもしれないが現状では不味い。 特にグノーシスは半端に潰すと本国から無尽蔵に戦力を送り込んでくる。
立地上、よほどの事がない限りそんな事態にはならないが、面子を潰されれば重い腰を上げざるを得ない。 本国は抱えている聖堂騎士の数が桁外れに多いので、本気で攻め込まれた場合、勝てるかどうかはかなり怪しかった。
……それを説明したとしても「そうか、なら助けを呼べないように皆殺しにすれば解決だな」等と言い出しかねない。
いや、絶対に言う。 そして王都に到着すると同時に間違いなく実行に移すだろう。
その光景を想像すると頭が痛くなってきた。 だからこそ、ファティマの無茶振りに近い指示にもやってみますと頷く事しかできなかった。 <交信>を終え、俺は小さく息を吐いて近くの椅子に腰を落とす。
「ど、どうしましょう?」
「それをこれから考えるんだよ」
やや戸惑った様子のサリサに対して俺はそう返す事しかできなかった。
こういった時、漠然と考えるのではなく、一つずつ考えを整理しながら答えを探すのだ。
そうすれば途方もない規模の問題も何とかなるような気がしてくるので精神にも優しい。
まずははっきりしている点を纏めよう。 第一にこの状況、最大の問題はロートフェルト様が指名手配される事によりこの国での行動が大きく制限される事だ。 つまり手っ取り早く解決するには手配を撤回させればいい。
手配犯と賞金の扱いは国ごとに変わってくるが、ウルスラグナの場合は賞金を国が出す関係で手配の大本は国になる。 つまり撤回には国王か宰相、それに次ぐ公官クラスの権限が必要だ。
……一人か二人を誘拐して洗脳して貰えば片付くか?
駄目だ。 根本的な原因が解決していない以上、また手配されて終わる。
今回の問題はテュケという組織と揉めた事に端を発している。 ダーザインの内部事情に首を突っ込んだ弊害だな。 あの方が決めた事とは言え、随分と軽率な行いだとは思う。
手配を発行するのはそう簡単な話ではないはずなのに、こうもあっさりと出せた事には理由がある。
アメリア・ヴィルヴェ・カステヘルミ。 この国の宰相の名前だ。
さてこいつが何なのかというと実はもう一つ肩書が存在する。 テュケのトップだ。
つまりこいつが生きている限り、この問題はいつまで経っても解決しない。
攫って洗脳といった手段は使えない。 こいつはダーザインの裏にいた人物だ。
洗脳を防ぐ手段を持っていてもおかしくない。 正確には洗脳を施そうとすると爆発するような仕込みだ。 あれが何なのか今の所ははっきりしていないが、洗脳が効果を発揮しないという事だけは分かっているので対処を考える必要がある。 アメリアに関しては殺してしまうのが一番手っ取り早い。
その上で権限を持った公官か国王辺りを洗脳すれば一応は解決する。
誤報でしたとでも言わせればどうにでもなる話だ。 取りあえず、ロートフェルト様はテュケに付いて調べる為、ウルスラグナ東部に存在するゲリーベという街に寄ってからこっちに来るという話なのでその間に情報を集めて対策を練ろう。
――ロートフェルト様に調査なんて真似ができるのかはかなり怪しいが。
どうにもならない嫌な予感から目を逸らして俺はこれからの事を努めて冷静に考える。
ファティマに言えば追加の人員を送ってくれるだろうし、取りあえずアメリアの行動を把握する所から始めて、どうにか仕掛けられる所を見極めなければ――
取りあえず考えは纏まったので俺は行動に移すべく立ち上がった。
――あぁ、なんてこった。
俺は思わず頭を抱えた。 調査を開始してしばらく経ったある日の事だ。
ファティマから聞きたくもない情報が入った。 ゲリーベが火の海になったと。
意味が分からなかった。 いや、何となく何が起こったのか察してはいたが、できれば違って欲しいと思った結果の逃避だ。 恐らくあの方が色々と面倒になって火をつけたんだろう。
ただ、それなり以上の収穫はあった。 本音を言えば知りたくもない情報だったが。
テュケ所属の転生者――こちらでは異邦人と読んだ方が通りがいいが、その連中が聖堂騎士の肩書を持っているのだ。 つまりこの一件にはグノーシスも絡んでいる。
つまり王国、テュケだけでなくグノーシスへの対処も必要になってくるという訳だ。
俺は思わず途方に暮れそうになる。 王都で王国に喧嘩を売るような真似をするだけでも結構な綱渡りなのだが、グノーシスの処理までしなければならないのか。
俺は考えを纏める為にぶらぶらと当てもなくグノーシスの自治区を歩きながらどうしたものかと悩ませる。
結論もそうだがそろそろどう動くかの方針だけでも決めておかないと王都にロートフェルト様が来てしまう。
誤字報告いつもありがとうございます。
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