1416 「繰問」
「……はぁ、で? 俺は何度同じ話をすればお宅らは満足するんだ?」
俺――エルマン・アベカシスは小さく欠伸をして目の前の男にそういった。
「すまないとは思っているがこっちも仕事でね。 悪く思わないで欲しい」
そう返したのはエイジャス・コナー・ラオス審問官。
グノーシス教団の汚れ仕事を請け負う連中だ。 穢れを背負う重要な仕事だのなんだのとほざいてはいるが、やっている事は暗殺や脅迫に教団に不都合な人間を拷問にかけたりとあまり表に出せないヤバい仕事ばかり。
その為、表向きは神父や修道女として別の身分が与えられている。
目の前のエイジャスも今は立派な神父様といった扱いだ。
さて、何故俺がこんな奴とお喋りをしているのかというと事情聴取を受けている。
少し前の話だ。 このウルスラグナ王国北部に存在するムスリム霊山という大拠点が壊滅した。
俺はその襲撃を生き残った数少ない生存者なのでこうして呼び出されて何があったのかを詳しく話せと全く同じ話を何度も繰り返している。
現在俺がいる場所は王都に存在する大聖堂の一室。
尋問ではなく、来客に使うような部屋なのはせめてもの情けかもしれない。
ぐるりと見回すと高級そうな椅子やテーブルに調度品、視線を落とせば足音を完全に吸収する柔らかい絨毯。 信徒連中から吸い上げた金をこういう事に使っているんだなと考えるとグノーシスは思った以上に俗っぽいなと思ってしまう。 まぁ、実際はあちこちで無茶苦茶やってるクソのような組織だが。
「……で? 今日はどこから話せばいいんだ? まぁ、全部吐き出した後だから、追加の情報は出てこないと思うが?」
「先日はオラトリアム領へ布教活動を行ったが、あまりいい返事を貰えなかった所までですね」
俺は小さく鼻を鳴らす。 オラトリアムと聞いても俺の心には何の波紋も動揺も起きない。
後ろめたい事、隠したい事は腐るほどあるが、一切表に出る事はないだろう。
何故なら俺はオラトリアムに――ロートフェルト様によって眷属へと変えられたからだ。
「ありゃ仕方がねぇよ。 オラトリアムは資金も潤沢で自前の戦力も用意してるんだ。 聖騎士を貸してやるから金を寄越せといった所で向こうに利益がない」
「その物言いは感心しませんね。 同じ信仰を戴き幸せになりましょうといったお誘いでしょう?」
「ここで取り繕ってどうするんだ? 羽振りが良くなってから顔を出すような連中なんぞ、俺に言わせれば物乞いと変わらねぇよ」
それによってエルマン・アベカシスは死んだ。 ここにいるのはその全てを模倣した存在だ。
自覚はあるが、俺はエルマン以外の何者でもないので気にするだけ無駄な話でしかないので気にならない。
……この体になっていい事も多いしな。
まず抜け毛がなくなった。 そして胃痛がなくなった。
腰や関節の痛みがなくなった。 疲れにくくなった。 食欲が大きく増大したのは微妙だが、酒にも非常に強くなったし、よく眠れるようにもなった。 これだけの利点があれば人生が非常に豊かになるだろう。 実際、こうなる前は変な気苦労が多かった。 面倒な同僚、組織のしがらみ。
だが、今はどうだ? 面倒な同僚はこの手で始末して悩みの種を物理的に消し去り、より大きな存在に取り込まれる事でしがらみからも解放された。 今の俺はオラトリアムの一部としてオラトリアムの、ロートフェルト様の利益に繋がる事だけを考えていればいいのだ。 こんなにも素晴らしい事はない。
「エルマン聖堂騎士。 教団の権威を貶めるような発言は――」
「分かってるさ。 ただ、全く同じ話を何度もさせられている俺の事も考えてくれないか? これでも聖堂騎士なんでな。 暇じゃねぇんだよ。 その時間をこんな無駄話に割いているんだぞ? 文句の一つも出ると思わないか?」
エイジャスは俺の言葉に納得したのか不明ではあるが小さく溜息を吐いた。
「……確かに。 もうお察しかもしれませんが我々は貴方達が何かを隠しているのではないかと疑っておりました」
「だろうな。 だから何度も同じ話をさせて矛盾を探そうとしていたんだろ?」
嘘はバレるが、入念に準備した嘘を看破する事は難しい。
エイジャスはどうにか俺の話の破綻している部分を探そうとしていたようだが、その程度でめくれるようなつまらん嘘はついていない。 話した内容も八割ぐらいは本当だしな。
「貴方と同様に生還したサリサ・エデ・ノエリアの証言とも矛盾しない。 つまりムスリム霊山はダーザインと思われる武装集団に襲撃されて壊滅。 マルグリット、リュドヴィック、アルテュセール聖堂騎士は死亡。 ――となるのですが、我々としてはマルグリット聖堂騎士が死亡したというのが俄かに信じられません」
「俺も信じられねぇよ。 だが、状況的に生き残っているとは思えないな」
マルグリット――クリステラは聖堂騎士全体で見ても屈指の実力者だ。
死んだと言われてもあっさり受け入れろというのは難しいかもしれない。
俺も話だけで聞いたなら疑うかもしれないが、しっかりと首が落ちるのを見たので確実に死んでいる。
目障りな女だったので死んで清々したぜ。 マルスランも俺が始末したのでもうこの世にはいない。
スタニスラスに関しては俺と同様に眷属入りしたので生きてはいるが、仮にこっちに来た場合は責任を取らされる可能性が高いので死んだ事にしてある。
……俺の場合は外様に近い立ち位置だったから比較的、軽く済むと思ったが――
一応は思惑通りに進んでいる。 ただ、尋問が思った以上に面倒だった事だけは想定外だった。
「……はぁ、もう結構です。 矛盾も見当たらないので聖務に戻って頂いて構いません」
納得はしていない様子だったが、もうこれ以上は時間の無駄と判断したエイジャスはそう言って俺を解放した。
大聖堂を抜けた俺は大きく伸びをして王都の街を歩きながら<交信>を使用。
相手はサリサだ。 俺とは別の部屋で尋問を受けていたが、俺と証言が食い違う事はあり得ないのでそうかからずに解放されるだろう。
――こっちは終わったがそっちはどうだ?
――こちらもそうかからずに片付くと思います。
――了解だ。 出てきたらいつもの酒場に来いよ。 飯でも食おうぜ。
――一応、仕事中なので食事だけですよ?
――それはできねぇな。 審問官との面白くもねぇお喋りに付き合ったんだ。 少しぐらい役得があってもいいだろ?
――はぁ、ほどほどにお願いしますよ?
誤字報告いつもありがとうございます。
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