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パラダイム・パラサイト   作者: kawa.kei
Παραλλελ Ⅱ Ιν τηε λανδ ςηερε ρθιν ανδ ψηαος ηαωε λεφτ θς
1413/1442

1412 「胆力」

 転移ができない理由には納得がいったが、逃げられない事がはっきりしただけで状況は欠片も好転しない。 拠点内の各所に仕掛けてある監視用の魔石を起動させ、ボフミラは侵入者の姿を確認する。


 「――う」


 思わずそう呻きたくなるほどに酷い有様だった。

 地上一階から地下一階の制圧されたであろう区画は死体だらけだ。

 全員が水銀の短剣で急所を貫かれて即死している。 殺されている人間に戦闘員、非戦闘員の区別はなく全ての人員が平等に屍を晒していた。 


 映像を切り替えて聖女の姿を探しながらも背には嫌な汗がどっと噴き出す。

 同時に違和感。 聖女ハイデヴューネはアイオーン教団のトップという話は常識と言っていい話ではあるが、慈悲深い存在としても有名だ。 貧しい村々を救い、自力で立ち上がれない者には手を差し伸べる。


 組織としての寛容さや高潔さを見せる為の宣伝を兼ねた慈善事業だとボフミラは解釈していたが、目の前の惨状はそれが本当に建前だったのだなと確信させるほどのものだった。

 切り替えていく内にようやく聖女の姿を魔石が捉える。


 警備の部下達が叫びながら斬りかかっているところだったが、聖女が手を翳すだけで次の瞬間には部下達の喉元に水銀の短剣が現れそのまま貫く。 それなり以上の実力者で固めていたのだが、碌な抵抗もできないまま次々と殺されている。 彼女が進むたびに死体が一つ、また一つと量産されており、その姿はとてもではないが聖女と呼ばれている存在とは思えない。


 当然ながらそれを見て心が折れた者達もいる。 

 聖女のいない区画を通って外へと脱出を試みようとする者達だ。

 ボフミラが映像を切り替えるとどうにか地上へと上がる事に成功した者達がいた。


 彼等は施設から出て凍り付いた外の様子に驚きながらも一歩を踏み出したがそれまでだった。

 何故なら氷に触れた瞬間、彼等の全身が凍り付いたからだ。

 それが切っ掛けだったのか氷はパキパキと何かが割れるような音を立てて施設を侵食していく。

 

 映像を施設内に切り替えると内部が見る見るうちに氷に覆われ、映像を送っている魔石も凍り付き――映像が途切れた。 ここは最下層なので今はまだ問題ないが、どうにかしないと上階にいる者達と同じ末路を辿ってしまう。


 今更になってボフミラは自分が死ぬ可能性に思い至り、焦りと恐怖に体が震える。

 これまで陰に隠れ、人を操って来た彼女は基本的に危険な場所に近づかない。

 そうする事で過去に失敗した者達が辿った末路を避けられると信じ、彼女は徹底して危険から逃げ続けて来た。 今回はそのツケが回ってきたのかもしれないが、そんな思考の人間に危機を乗り越える胆力が果たして備わっているのだろうか?


 ――ど、どうにか逃げなければ。 こんな所で死んでたまるものか!


 答えは否だった。 彼女の頭にあるのは自分だけが助かる事だけだ。

 だからと言って転移は封じられ、外に出れば即死、隠れたとしても施設と一緒に氷漬けになる未来しか見えない。 はっきり言ってこの状況は詰んでいた。


 聖女ハイデヴューネ。 彼女の本質を見誤っていた。

 まさかこれだけの事を躊躇なく実行できるとは思っていなかったのだ。

 できたとしても組織の全容を知っている自分は事情を吐かせるために生かしておく判断をするはず。


 そんな考えもあったが映像で見る限り、殺している相手を確認する素振りすら見せない所を見ると責任者であると言った所で見逃してもらえる可能性は低い。

 ボフミラは必死に考える。 どうにかこの危機的状況を打開する方法を見つけなければならない。


 聖女の現在位置は地下三階。 部下からはどうにもならない、増援をくれといった悲鳴にも近い内容の連絡が入り最後には死にたくないと逃げ出す始末だ。

 そして上階に上がって氷の彫像と化した。 


 「ぼ、ボフミラ、どうすれば、どうすれば……」


 隣でアーモスが泣き言を漏らしているのが鬱陶しいと思いながら必死に考え――

 一つだけ結論が出た。 実力での打開は不可能。

 模造聖剣やそれと同様の機構を搭載した装備で固めた警備がまるで相手になっていない以上はどうにもならない。 降伏も同様に受け入れられるとは考え難かった。


 理由は聖女が一人で来ている事だ。 

 つまり周りに見られたら不味い事――皆殺しにするつもりでここに来ているとみていい。

 なら彼女の持っている手札の中で有効そうな物はたったの一枚しかなかった。

 

 これが駄目ならもうおしまいだ。 言葉は慎重に選べ、失敗は許されない。

 仮に成功したとしても目標からは大きく後退してしまうだろう。 

 それでも死ぬよりはずっとマシだ。 ボフミラは覚悟を決め、通信用の魔石を取り出した。



 聖女は淡々と敵を屠る。 水銀の武具を敵の急所に出現させて射抜く。

 どれだけ堅牢な装備で身を固めていたとしても無防備な隙間を貫かれれば意味がない。

 本来聖剣の固有能力である金属の操作は慣れていても難しい。


 特に金属の形状を決めて射出する事にもセンスが必要だ。

 実際、クリステラは未だに不格好な鉄の塊しか飛ばせない。

 出現させる位置の調整も同様だ。 自身の周囲であるなら感覚で可能だが、常に動いている敵の急所を的確に射抜ける位置に出現させるのは非常に難しい。 実行するには高い空間認識能力が必要とされる。

 

 そんな人間離れした攻撃を聖女は事も無げに実行し、視界に入った敵を次々と仕留めていく。

 敵は自身に何が起こっているのかを理解する事すらできずにその場に崩れ落ちる。

 

 「この化け物がぁぁ!」


 一人が死中に活を求めて突撃を敢行するが、次の瞬間には喉を水銀の短剣に抉られて噴水のように血液を噴出させて死亡する。

 この繰り返しだ。 人数で圧し潰そうとしても一定の範囲に近づいた瞬間にはいきなり現れた水銀の短剣で即座に殺される。 飛び道具も水銀の膜に防がれて届きもしない。

 

 聖女が一歩進むだけで血が飛び、死が増殖する。

 こんな調子で気が付けばもう地下四階で、施設の大半を制圧されてしまった。

 氷の浸食も進み、彼女の背後は全てが凍り付き、全ての機能を停止させてしまっている。


 不意に聖女は足を止める。 その視線は天井に設置された魔石に向けられていた。

 

 ――アイオーン教団の聖女様とお見受けします。 私はこの施設の責任者ボフミラ・エマ・ヤロスラヴァと申します。 魔石越しであるご無礼はどうかお許しを。


 聖女は何も言わない。 魔石の向こうで息を吞む気配。

 一応、話は聞いてくれると判断したのかボフミラはそのまま続ける。

誤字報告いつもありがとうございます。


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パラダイム・パラサイト一~二巻発売中なので買って頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、こんな殺戮マシンが乗り込んできたらそれはもうビビりますね。 誰一人として絶対に逃がさない言わんばかりに逃げ道を潰して追い詰めてくる……その正体が慈悲深いと評判の聖女様で、噂とのギャップ…
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