1408 「村至」
聖剣使い二人の移動速度は速く、半日もかからず目的地であるキプール村へと辿り着いた。
「どうかな?」
ハイディの質問にクリステラは応えずに西側から村の中へ。
モンセラートをその背に負いつつぐるりと周囲を見ると、木造の家屋だけで構成され、裏手にはやや大きめの畑。 大きく作られている東側の門は仕留めた魔物の搬入口を兼ねているようで狩人らしき男達が今日の獲物を担いで運び込んでいた。
クリステラは空を見上げながら村を歩く。
唐突に現れた余所者の姿に戸惑った反応を見せる村人達だったが、要件を訊ねに現れた村長にハイディが事情を話すとあぁと納得しているようだった。
そうしている間にクリステラの足はとある民家と民家の間で止まる。
モンセラートの見ている前でクリステラはその場に座り込むと空を見上げた。
昼を過ぎていたので日はやや傾いてはいたが、綺麗に晴れた空だ。
「クリステラ?」
「空というのは何処から見ても同じと思っていましたが、場所によってこんなにも見え方が違うんですね」
そのやり取りだけでモンセラートはここが当たりだという事を察した。
気長にやるつもりだったがこんなにもあっさり見つかった事に拍子抜けした部分もあり、現在進行形で発生している問題への対処もあるので早く片付いた事への安堵もあってその胸中は複雑だ。
当人であるクリステラの胸中もまた複雑だった。
自身の軌跡を辿ろうと考えたのはそこまで深い考えがあった訳ではない。
それでも心のどこかでは引っかかっていたのかもしれなかった。 以前にも少しだけ気にはなっていた時もあったのだ。 その度に彼女は聖騎士としての仕事に自身を埋没させる事で蓋をしてきた。
仮に自分を捨てた母親を探し出してどうしようというのだろうか?
よくも捨ててくれたなと恨み言をぶつける? 違うと内心で首を振った。
クリステラは育児を放棄した事を無責任と感じても恨んだ事はない。
修道女サブリナに拾われ、マルグリット孤児院に入り、そこで過ごした日常は彼女の中では掛け替えのない物だったからだ。 ただ、綺麗な思い出ばかりではない事もまた事実。
二人目の母と慕っていた修道女サブリナは裏で孤児を使った人体実験を行う狂気を孕んだ人間で、イヴォンを殺そうとし、彼女の友人達を異形の怪物へと変えてその尊厳を踏み躙ったのだ。
断じて許されるべき事ではないが、その修道女サブリナも旧マルグリット孤児院と共に炎に消えた。 クリステラは理解していたのだ。
思い出は美化されているだけで裏返せば目を背けたくなるような真実という名の汚濁が潜んでいると。
もしかしたら綺麗ではないだけでそこには何かしらの事情や信念があったのかもしれない。
それでもサブリナの正体、グノーシス教団の裏側と様々なものを見聞きした彼女からすれば真実という言葉にはあまりいい印象を受けなかった。 だから、母親も自分を碌でもない理由で捨てたんだろうなと少しだけ覚悟をしていたのだ。
自分は冷静。 そう思っていたのだが、そうでもなかったらしい。
こうしてすっかり色褪せた記憶の場所で空を見上げると胸に込み上げるものがある。
少しの間、そうしていたがいつのまにかハイディが現れて手招きしていた。
「村長さんが当時の事を覚えてるって。 良かったら話を聞いてみない?」
クリステラは小さく頷くと立ち上がった。
イーダ。 それがクリステラの母親の名前だった。
この村で生まれ育った娘で非常に美しく、何よりもクリステラと同じ珍しい髪色をしていたのでよく人目を引いた。 村の中でも様々な男に言い寄られていたようだ。
両親は農家、彼女もその手伝いで生計を立てており、貧しいが問題のない生活を送っていた。
そんなある日の事だ。 イーダの美しさをどこから聞きつけたのか商人が彼女を買いたいと言い出した。 当然ながら彼女は拒んだ。
イーダは気の強い娘であり、好きでもない男に体を許す気はないときっぱりと言い放ったらしい。
「当時はあの手の権力者は何をしても許されるといった風潮があってのぅ」
村長は小さく俯いて当時の状況を語る。
時期的に先代王に代わる前の話だったのでウルスラグナは国家としての体裁こそ整っていたが、治安などの面ではあまり安定していなかった。 何より領主や商人――要は金を持ってる者とそうでない者の格差が大きかったのだ。 上は下に何をしても許されるとまではいかないが、大抵の事が罷り通る時代ではあった。 抵抗は虚しく、イーダは連れ去られ、両親は抗議の為に領主に嘆願に行ったが受け入れられず、最終的には直接抗議しに行くと言って商人の下へと向かったようだ。
「二人の姿を見たのはそれが最期じゃ」
以降、二人は村に戻ってくることはなかった。
だが、イーダだけは別だった。 彼女は数年後に腹を大きくして村に帰ってきたのだ。
凛々しく意志の強かった彼女は別人のように変わり果て実家で隠れるように日々を過ごし、女児を出産した。 彼女は生んだ娘にクリステラと名前を付けて育て始めたのだ。
当初は村の者も境遇を不便に思い皆で面倒を見ていたのだが、すっかり変わり果てたイーダはあまり育児には熱心ではない――いや、もう生きている事にすら熱心ではなかった。
日がな一日、ぼんやりと過ごし、空ばかり眺めていたと村長は語る。
「それからしばらくしてからじゃ」
村長の口調が重くなる。 この先はこれまで以上に気持ちのいい話ではなかったからだ。
イーダは気が触れたとはいえ美しい女性だった。 そんな彼女が無防備な姿を晒している。
それに我慢できなかった村の男達が彼女に狼藉を働いたのだ。
数年間、何をしても無感動だった彼女はその時ばかりは火が点いたように喚き散らし暴れまわった。
結果、その事件は村中に知れ渡るようになってしまったのだ。
翌日からイーダに待っていたのは村の女達からの迫害。 定期的に嫌がらせを行うようになってしまい、男達は腫物を扱うように避けるようになった。
――結果、イーダはクリステラを捨てて村から姿を消した。
以降、彼女が村へ帰ってくることはなかった。
「それから数日後ぐらいじゃったか……。 グノーシス教団の偉い修道女様がおいでなさったのは」
残されたクリステラを村人は誰も面倒を見ようとしなかった。
イーダの面影を強く残す彼女に触れる事を誰もが拒んだからだ。
クリステラは誰からも構われず放置されていたのだが、唐突に現れた修道女が彼女を拾い上げそのまま連れて行った。
これが村長の話した全てだった。
誤字報告いつもありがとうございます。
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