1406 「翌日」
襲撃から一夜明けた翌朝。
クリステラとモンセラートは聖堂で目を覚まし、出された朝食を食べていると少し疲れた顔をしたハイディが戻ってきた。
「で? 何をしてたの?」
クリステラは特に何も言わないが何か聞きたそうな視線を向け、モンセラートはストレートに疑問をぶつける。
「後で話すよ」
そう言ってハイディも食卓に加わる。
二人は深く詮索せずに小さく頷くと黙々と食事を続けた。
その後、三人はグレゴアに挨拶を行って聖堂を後にする。
「これからの予定は?」
「取り敢えずゲリーベを出ようか。 街から出たら流石に監視や尾行は無理だから詳しくはそこで」
三人は自然な状態で街から出てしばらく無言で歩く。
充分に離れたと判断した所でハイディは足を止め、二人も同様に歩みを止めた。
モンセラートが近くの岩に座る。
「さて、話を聞かせて貰えるんでしょうね?」
「うん。 まずは何から聞きたい?」
「取り合えず昨夜何をしていたかを教えて頂戴な」
「まずは二人が襲われている時は流石に僕の存在は彼等に気付かれてはいなかったけど、人質にでもするつもりだったみたいだったから襲われはしたんだ」
この様子だとあっさり返り討ちにしたのか聞くまでもなかった。
「まぁ、こっちには聖剣もあったしそこまで手強い相手じゃなかったよ」
「装備は変わった物を使っていましたが、それ以外はそこまで脅威と感じるほどのものではありませんでした」
「何か奇妙な装備って聞いてたけど、そんなに凄かったの?」
「はい、少なくとも身体能力の強化に限っては既存の装備品よりも高い効果を得ているように感じました」
「それはそうだよ。 アレは聖剣と同じで世界から直接魔力を吸い上げる事で機能しているんだ。 だから強化の感じも聖剣に似ているし効果も高い」
それを聞いてクリステラは納得したように頷き、モンセラートはやや不審な目を向ける。
「それをどうやって知ったの? ――また使ったのね?」
「はは、まぁそんな所だよ」
モンセラートはちらりとハイディの腰に収まっている聖剣に視線を向ける。
彼女が所持している聖剣は三本。
幸運を招き寄せる聖剣エロヒム・ツァバオト。
勝利を引き寄せる聖剣アドナイ・ツァバオト。
そして全知を得る始まりの聖剣セフィラ・エヘイエー。
前者二つはこれまでの戦いで彼女に勝利を導いてきたものであったのだが、最後の一つが問題だ。
セフィラ・エヘイエーの全知とは世界の記憶を直接見る事で様々な事象、物品の正体を看破する事ができる。 この世界に存在する以上、その歴史はこの世界そのものに刻まれるのだ。
それを参照できるセフィラ・エヘイエーは文字通り全てを知る事ができる。
だが、いい事ばかりではない。 膨大な情報量は使用者の心を壊す可能性を孕んでいる。
聖剣の守りで多少は問題ないのだが、使用後にいつも彼女の様子がおかしくなっていた事はクリステラもモンセラートも知っていた。 その危険性を理解しているエルマンからは可能な限り使うなと何度も釘を刺されているぐらいだ。
今回、あっさりと外出を許可したのもその一環だったのだが、少しでも仲間や身近な人間の危機に繋がる可能性を排除できるならば彼女は使用を躊躇わない。
「やってしまったものは仕方がないけど、ハイデヴューネ。 あなたに何かがあったら私とクリステラも悲しいわ。 それだけは分かって頂戴」
「うん、わかってるよ。 ごめんね」
ハイディは少し困ったように笑う。
それを見てモンセラートはあぁこの人は必要に迫られたら必ずまたやるなと少しだけ悲しくなった。
過去に自分が権能の乱用で死期が迫っていた時に浮かべていた笑顔とそっくりだ。
自己犠牲と言えば聞こえはいいが、周りから見ればこんなにも辛く感じるのかとモンセラートは少しだけ泣きそうになった。
クリステラも同じ気持ちだったが、モンセラートと同様にやってしまったものは仕方がないとも思っているので今は何度も使わざるを得ないような状況をどうにかするべきだと判断した。
「武器については分かりました。 他には何かわかったのですか?」
「うん。 エルマンさんは気付いているみたいだけど組織は『エメス』と呼ばれていた組織の生き残りが、この大陸で生き残っていた『テュケ』と呼ばれる組織の残党と旧グノーシスの聖騎士と合流する事で成立したみたいだ」
「……どれも聞き覚えのある名前ですね」
「うん。 元々、エメスは各大陸に下部組織を持っていたんだ。 テュケはその一つだね。 他の大陸にもそれぞれ存在はしたんだけどリブリアム大陸の組織は壊滅、ポジドミット大陸の組織は――オラトリアムと合流してこの世界から去ったみたいだ」
「なるほど」
オラトリアムという単語を口にするとき僅かに言い淀んでいたのはハイディの中でその存在が未だに何らかの形で根強く残っているからだろう。
全てではないが事情を知る二人は深くは追及せずそのまま続きを促す。
「それにしても今更になってそんな組織が何故出てきたのかしら?」
「今更になったからだよ。 彼等はクロノカイロス壊滅からずっと裏で力を蓄えていたんだ。 今の体制に反発する者、アイオーンに恨みを持つ者を引き入れながら。 同時に聖剣使いが単独で動く状況を待って奪い取ろうとずっと狙っていたみたいだ。 彼等はアイオーンの権威は聖剣に依るところが大きいと見ているようで奪えば自分達が世界の頂点に成り代われると思っている」
「……そんな姑息な連中に大衆は従うかしら?」
「全員がそうでもないみたいだよ。 聖剣を押さえる事で優位な立ち位置を保証させるとか、着地点は各々で異なっているみたいだけどアイオーンが強い発言権を持つ現状を打破したいってところは共通している」
「取り合えず聖剣を奪って偉そうな事を言える立ち位置を確保しようって訳ね。 そのエメスって連中は自分達がどうして今の状況に陥っているのか理解できていないのかしら?」
「そこは分からない。 負けたからとでも思っているのかもしれないね」
「……話は分かりました。 では我々はそのエメスの本拠の処理を?」
「いや、そこまではしなくていいよ。 エルマンさんとハーキュリーズさんがもう対策を練り終わっているだろうし、僕たちは当初の目的を果たすとしよう」
クリステラの疑問にハイディは小さく首を振って笑って見せた。
誤字報告いつもありがとうございます。
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