1404 「脱獄」
金属音。 ジャルイ渾身の一撃は唐突に現れた銀色の板のような何かに止められていた。
聖女は微動だにせず、小さく手を上げると板から針のようなものが飛び出し、ジャルイの肩に刺さる。
痛みは僅か。 何をされたかと抱いた疑問は直後に体を襲った衝撃にかき消された。
体内で電撃のようなものが炸裂し、ジャルイは声すら出せずに硬直。
そのままに倒れ伏した。 聖女は小さく息を吐くとジャルイが取り落とした短剣を拾ったが、パキリと音がして柄の部分から破片がバラバラと散らばる。
聖女は無言で鞘に収まったままの聖剣に手を乗せる。
すると聖剣が僅かに輝きを放つ。 聖女はジャルイの襟首を掴むとその姿が搔き消える。
残されたのは何事もなかったかのような静寂と月明りのみだった。
王城の地下。 キースは拘束された状態で恐怖に震えていた。
その理由は隣の広場から聞こえてくる悲鳴だ。 審問官と呼ばれた者達が彼の同志を徹底的に痛めつけており、苦痛の悲鳴が途切れる事がない。
この状況になって既に二日経過しているが、恐ろしい事に彼がここに来てから比喩抜きで一切途切れずに誰かの悲鳴が響き続けているのだ。
「い、嫌だ。 帰りたい」
思わずそう呟く。 このままいけば彼は苛烈な拷問を受ける事となるだろう。
そして知っている事を喋れと強要される。 だが、実の所、彼の知っている事はあまり多くない。
革命戦士と偉そうな事を言っていたが、実際は良く分からない者達の指示に従って動いていただけだったからだ。 その為、何を聞かれてもはっきりとは分からないとしか答えられない。
彼の仲間も同様で相手の満足する答えが出せないので、拷問を受け続けるしかないのだ。
上がる悲鳴に次は自分の番ではないかと誰も彼もが震えている。 この状況を打開するには逃げ出すしかないのだがどうにもならない。 装備は全て取り上げられ、魔力を封じる手枷を嵌められた現状、床に転がる事しかできなかった。 唯一分かっている事はここが王城の地下だという事だけだ。 仮に脱出できたなら現在地不明で悩む事はないだろう。
――どうしよう、どうすればいい?
ぐるぐると出口のない迷路のような思考を繰り返していると牢の扉が開き、審問官が入ってくる。
彼等は仮面の下からでも分かる愉悦の笑う声を漏らしながら次の獲物を物色。
キース達は目を付けられない為に必死に目を逸らす。 胸にあるのは他の奴が選ばれてくれといった願いだけだ。
「お前にしよう。 ヒヒ、たっぷりと可愛がってやるからなぁ?」
「嫌だ! 嫌だぁぁぁ!!」
仲間の一人が引きずられていく。
それを見てその場に居た者達が思ったのは自分が選ばれなくてよかったという強い安堵だ。
しばらくすると審問官の笑い声と新しい悲鳴が響く。
その恐怖に耐えきれなくなったのか牢のあちこちからすすり泣く声が聞こえ始める。
キースも泣きたい気持ちでいっぱいだった。 どうしてこんな事になってしまったのか?
こんな事なら革命なんてやらなければよかった。 そんな後悔ばかりが渦を巻く。
どれだけの時間が経っただろうか? 不意に状況に変化があった。
遠くから悲鳴ではない声が聞こえたのだ。 何やら声を張り上げて指示を出しているような印象を受ける。 審問官が反論している様だったが、相手はやや高圧的に黙らせた。
――これはまさか……。
同志が助けに来てくれたのではないか?
そんな彼の期待は裏切られず、扉が開かれ騎士と公官の衣装を纏った者達がぞろぞろと入ってくる。
彼等はキース達の拘束を解くと小声で「同志よ。 遅くなってすまない」と囁いた。
それを聞いてキースの胸にじわじわと助かったんだといった安心感が沸き上がる。
同志達に導かれ地下から外へと向かう。
「こ、これから俺達はどうなるんだ?」
助かりはしたが、計画が失敗した以上は表立って行動できない。
キースの不安に公官は安心させるように頷きで応える。
「大丈夫だ。 そう遠くない内にこの国で革命が起こる。 そうなれば諸君は逃亡者から英雄となるだろう。 だから今は伏して時を待つのだ」
つまりはしばらくは隠れて過ごせという事だろう。
正直、一度、殺されかけた事もあって戦闘に駆り出されるのはごめんだと考えていたので安堵しつつ分かったと頷く。 長い階段を上り、地上へと出る。
空を見上げると深夜なのか辺りは静まり返っていた。
「こっちだ。 庭園を抜ければもう安心――」
先導している者の言葉は途中で途切れる事となる。
何故なら全員が庭園に入ったと同時に周囲に魔法でできた障壁が展開されたからだ。
規模はかなり大きく庭園そのものを覆いつくす程だった。
「この街には囚人を放り込んで置く牢はいくつがあるんだが、何故わざわざ王城の地下にお前らを入れたと思う?」
不意に聞こえた声に弾かれたように声の主を探すとそこにはハーキュリーズと大量の聖殿騎士を引き連れたエルマンの姿があった。
「正解はお前らみたいな連中を釣りだす為だ。 ――見覚えのある顔が多いな。 公官だけで七人、そこそこ優遇してやっていたつもりだったんだが革命戦士になりたくなるほど不満だったって訳か」
キースの同志である騎士達が一斉に剣を抜く。
彼らの武器は組織から支給された物なのでこの状況を充分に切り抜けられるだけの力はあるはずだ。
エルマンは白け切った視線をキース達へと向ける。
「またそれか。 結構な代物なのは分かったが、もう見飽きてんだよ」
エルマンがもういいとばかりに手を振るとハーキュリーズ達が武器を抜く。
「公官は最低、二人は残せ。 残りの革命戦士は殺していい。 どうせ数日後には纏めて公開処刑だ」
心底からつまらないといった口調でそういうとエルマンは少し下がる。
「エルマン・アベカシス! この世界を裏で操る黒幕め! 革命の刃を受けてみろ!」
騎士の一人がそう叫び、他も応じるようにそうだそうだ革命だと覚えたての言葉のように革命、革命と繰り返し、持っていた武器を起動――すると同時に全て砕け散った。
「――は? なんで?」
キースは思わず疑問を口にする。
「壊れていても時間をかけて調べりゃ分かるんだよ。 それ昔オフルマズドで使っていた臣装って奴の改良版だろ? 引っ張る対象がこの世界からってだけで本質は変わらねぇ。 なら供給元との接続を断ち切ればいい」
エルマンはつまらなそうに彼らの疑問にあっさりと答えを出した。
臣装。 かつて存在したオフルマズドで使用された武具で、聖剣からの魔力供給を受ける事により既存の装備品よりも遥かに高い効果の強化を得られる代物だ。
質の良い物であるなら子供でも大人に勝てるほどだ。
だが、供給があって初めて成立するものなので、対策されれば即座にガラクタになる代物でもある。
そして彼らが使っている物は安価な量産品で一度使ったら壊れる欠陥品だ。
壊れる理由に関しては最初は自壊機能と思われたが、実際は使い捨ての代物で使用すれば起動の有無にかかわらず破壊される。
誤字報告いつもありがとうございます。
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