1403 「火遊」
結果は散々なものだった。 襲撃に参加した者達は全滅。
一人残らず捕えられたか殺されたかのどちらかだ。
こうなってしまった以上、誰かがジャルイの名前を出す事は間違いないだろう。
そうなった場合、このデトワール領は非常に不味い事になる。
ジャルイは馬鹿ではあったが、失敗した場合にどうなるかを想像できないほどではなかった。
アイオーン教団とウルスラグナの癒着は公然の事実だ。 いや、教団がウルスラグナを支配しているといってもいい。
国の舵取りを行っているのがエルマンである以上、ジャルイの考えは大きく的を外していなかった。
その為、教団に歯向かう事は国に歯向かう事に等しい。
国家反逆の罪は非常に重い。 以前に反乱を起こしたユルシュルというもう存在しない領が起こした事件とその結末を知っているだけにジャルイは身を震わせる。
まさか失敗するとは思っていなかったので今更になって恐怖が身の内から湧き上がった。
――聖剣ほどではないがそれに迫る性能を秘めた武具だと言っていたじゃないか!?
ジャルイ自身もその性能を目の当たりにし、行けると確信していた。
いくら強くても所詮は一人。 囲めば仕留められる。
聖剣さえ手に入れてしまえば仮に発覚してもどうとでもなると思っていたのだ。
ジャルイの失敗は聖剣の性能ばかりに気を取られ、クリステラという聖堂騎士の技量を見誤った事だろう。 彼はクリステラやハーキュリーズを聖剣さえなければただの聖騎士と認識していたので同等の装備を持った大勢で囲めば勝てると思い込んでいたのだ。
タウミエル戦を経験した者であったのならそんな考えは愚かと切って捨てるが、残念ながらジャルイは参戦しておらず漠然と大きな戦いであったとしか認識していない。
その慢心がこの状況を招いたといえる。 こうなってしまった以上は仕方がない。
一応ではあるが失敗した時の為に手は打っておいた。
彼が今いる場所はデトワール領、ゲリーベから少し離れた森の中。
地下に作っておいた隠し通路を用いて街の外へと脱出していたのだ。
ほとぼりが冷めた頃に戻って責任は部下に擦り付けてこの失敗はなかった事にする。
最悪、責任の追及だけはどうにかして回避しなければならない。
取り敢えず近くの街で関係ない事を証明する為に誰かに口裏を――
ジャルイが開けた場所に出た時だった。 思わず足を止める。
そこに一人、全身鎧の人物が立っていたからだ。 月光に照らされた全身鎧は不思議な輝きを放っているように見え、その腰にあるのは聖剣。 誰かと尋ねる必要もないほどに彼女が何者かを示していた。
アイオーン教団の指導者。 聖女ハイデヴューネ・ライン・アイオーン。
教団の祖ともいえる人物。 複数の聖剣を束ねる最強の聖剣使い。
少なくとも今のジャルイがどうにかできる相手ではなかった。
「こんばんは。 良い月ですね。 こんな時間にどちらへ?」
聖女はジャルイの焦りを知ってか知らずか月を見上げていた。
その自然な態度にどう返せばいいのか迷う。 何故こんな所に聖女がいる?
考えるまでもないほどに理由は明白だ。 先回りされていた。
ここでジャルイがやる事は身の潔白を証明する事。
聖女をどうにか言いくるめられれば自身の安全は保障されたも同然だ。
立場で言うなら聖女はエルマンよりも上。 彼女の言葉には誰も逆らえない。
そして聖女は慈悲深い性格と聞く。 ここはそこに付け込んで哀れっぽく被害者を装うのだ。
考えろ。 デトワール領、領主である自分なら、将来革命の英雄として名を連ねる者である自分なら絶対にやれる。 この危機を乗り越え好機に変えるのだ。
「じ、実はお忍びで街を離れていまして。 つい先ほど部下から問題が発生したとの一報を受けて戻る所でした」
「領主が護衛も付けずに?」
正体を見破られている事を悟ってジャルイの背に冷たい汗が流れる。
それも当然だと彼は自身に言い聞かせ、平静を装う。
聖女は自分を待ち伏せてここにいるのだ。 知っていて当然だろう。
そう言い聞かせた。 ただ、どういった目的で待ち伏せていたのかといった疑問にまで至れない事が彼が強く混乱している事を示している。 聖女は小さく息を吐くと視線を月からジャルイへと移す。
面頬が降りているにもかかわらず彼女の視線は真っ直ぐに彼の目を見ている事が伝わった。 その視線にジャルイは気圧されたように一歩下がる。
「お互い暇ではないので話を済ませてしまいましょうか。 私があなたに言う事は一つ。 戻って大人しく知っている事を話し、裁きを受けてください」
「し、知っている事? 何の話か――」
咄嗟に惚けるジャルイだったが聖女は無言。
その視線の圧力の前に動悸が早くなり、息がしづらくなる。
「か、は」
錯覚かとも思ったが、立っていられなくなってジャルイはその場に跪くように崩れ落ちた。
「不自然な人事の介入、偏った人員配置、何よりウルスラグナと教団への反逆行為は看過できません。 失敗した以上、あなたにはその座から退いてもらいます。 ですが、ここで素直に協力して頂けるなら一からやり直す事も出来るでしょう」
全てばれている。
聖女の言葉を聞いてジャルイは心臓が握りつぶされたのかと思った。
そして自分がどうしようもなく詰んでいる事も。 聖女はこう言っているのだ。
ジャルイの領主としての地位はもう終わっている。
だが、ここで協力的になるというのなら命だけは助けると。
終わった。 ジャルイの脳裏にそんな言葉がふっと浮かんで消える。
自分の領主としての生活が、地位が終わる? こんなあっさりと?
ちょっと火遊びをしただけなのに? ジャルイは領主でなくなった自分の姿と未来を想像する。
平民と同じ生活水準、財布の銅貨一枚を気にする生活。 粗末な食事。
僅かな時間、それを思っただけで体は強烈な拒否反応を示す。
駄目だ。 それだけは駄目だ。 何故、自分が支配して来た民と同列にまで落ちなければならない。
とてもではないが許容できなかった。 打開する方法はまだある。
目の前の女を制圧して聖剣を奪うのだ。 そうすれば今回の失敗も帳消しとなる。
一応、例の装備――短剣は懐にあるので、不意さえ打てればどうにかなるはずだ。
偉そうに高みから見下しやがって。 ついでにどんな顔をしているか見てやる。
「わ、分かりました。 全てお話します」
ジャルイは目に薄っすらと涙を浮かべて聖女に近寄る。
一歩、二歩。 聖女に警戒している様子はない。
「で、ですが一つだけお願いがあります」
もう少し――聖女は動かない。 聖剣に触りもしない。 行ける。
「何でしょう?」
「その聖剣を寄越せぇぇ!」
間合いに入った。 ジャルイは懐から短剣を引き抜き、起動。
強化され、爆発的に跳ね上がった身体能力によって繰り出された一撃が――
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