1402 「便宜」
「……一体何だったのかしら?」
安全を確保し、ハーキュリーズと入れ替わりで戻ってきたモンセラートが首を傾げる。
場所は変わってゲリーベの大聖堂内にある一室。 クリステラとモンセラートは戦闘によって宿が大破したのでこちらに移ってきたのだ。
「私にも詳しくは分かりません。 ただ、聖剣とモンセラート、あなたを狙っていた事は確かのようですが……」
「聖剣はともかく、私って事は権能が目当てかしら?」
今のウルスラグナで権能をまともに扱える人間は非常に少ない。
モンセラートを筆頭に元枢機卿の娘達、後はハーキュリーズのような元救世主となる。
「ハーキュリーズやエルマンは何か言っていた?」
「いえ、捕えた者達を回収した後、取り調べを行うとの事でしたので数日もすればある程度は分かるかと思います」
素直に考えるのであれば背後関係――恐らくは組織的に動いているのでその拠点などの場所を吐かせて戦力を送り込んで殲滅して終了だ。 捕縛は行われないだろう。
単純な破壊活動であるなら奴隷落ち程度で済むが、聖剣を狙った以上は処分となるのは目に見えている。
「ねぇ、これってそんなに簡単な話かしら?」
モンセラートはあまり楽観はできないといった様子で疑問を口にする。
クリステラも薄々ではあるが察していたので否定できずに無言。
「……この場所へ向かう事を知っている人物はそう多くありません。 そして待ち伏せていたとしか思えない今回の襲撃。 間違いなく、こちらの情報が他所に漏れている可能性があります」
「あー、内通者かぁ……。 今の世界はそんなに不満なのかしら?」
モンセラートから見れば細かな問題こそあったがタウミエルの脅威を退け、転移によって海を越える事が比較的ではあるが容易になった今、国家間の交流も増えていき、様々な面で発展していく事になるだろう。 クリステラもモンセラートと同じ意見だった。
あまり難しい事は分からないが、少なくとも皆で仲良くしよう、手を取り合おうと考えている中でどうして足を引っ張るような真似をするのだろうか?
少なくともこんなやり方で上手く行くとはとてもではないが思えない。
「……そういえばハイデヴューネはどこ行ったの?」
「確かここでグレゴア聖堂騎士と話す事があるとの事でしたが、姿が見えませんね」
あのお人よしの聖女の事だから騒ぎを聞きつけて飛んでくるものかとも思ったが、今回は一切顔を見せなかった。 聖剣を三本も持っている彼女が負けるとは考えられないので、攫われたとは思わない。
聖女ハイデヴューネの性格を知っていればいるほどにその疑問は大きくなる。
「一体、どうしたのかしら?」
モンセラートの疑問に答えられる者は何処にもいなかった。
ジャルイ・レデ・デトワール。
デトワール領の領主だ。 少し前に公官試験を突破し、先代の父親から領主の座を譲り受けた彼の人生には何の問題もない。 まさに順風満帆といえる。
事実として領主家は領の税収額によって生活水準は決まるが、国が任せても問題ないと判断できる運営状況ならまず生活に困る事はない。 中でもデトワール領は特殊な場所で以前はグノーシス、今はアイオーンの施設が多く存在する関係で統治のハードルが非常に低い。
何せ、運営の半分は教団が担ってくれるので、負担も半分以下で済むからだ。
ついでに治安維持も積極的に行ってくれるので警備関係に資金を割かなくていい事も大きい。
デトワール領は下手な事をしなければ何の問題もなく続いていく事だろう。
――下手な事をしなければ。
ジャルイは今年で二十三歳。
領主となってまだ一年も経っていないが、父親から領地運営のノウハウを叩きこまれている。
その父親も立場こそ譲ったが現場からは退いていないのでジャルイの仕事はあってないような物だった。 現状、お飾りの状態であり、陰でその事を揶揄されているのは知っている。
ジャルイはそんな事は特に気にしていなかった。
だが、そんな彼にも求めるものはある。 刺激だ。
領主としての生活は快適ではあった。 だが、何の起伏もない毎日は彼からすれば酷く退屈なものでもあったのだ。 そんな彼は日常に変化や刺激を求めていた。
ある日の事だ。 そんな退屈を持て余していた彼に革命戦士を名乗る者達が接触を図ってきた。
内容は自分達と共にこの腐敗した世界を正そう、その為の同志を探している。
最初に聞いた時、ジャルイは鼻で笑った。 理由ははっきりしている。
聖剣使いを擁するアイオーン教団だ。
ジャルイの認識では何もしなければ無害な連中だが、敵に回すと非常に困った事になる相手。
特にデトワール領は運営の半分――彼の認識では利権の半分を奪われていると思っているので印象自体はあまり良くなかったが、父親の教育のお陰でアイオーン教団なしでは領が立ち行かなくなる事も理解しているので表立っては不満を口にしない。
革命などという訳の分からないお題目で自らの人生を棒に振りたくはなかった。
ジャルイにも最初はその程度の理性は残されていたのだ。 しかし、その革命戦士を名乗る者達が実際に見せた装備や人脈、様々なものに触れるにつれ心が傾き始めていた。
彼等はジャルイに約束したのだ。 もしも革命が成り、世界が真の平和を迎えた暁にはジャルイは救世の英雄として名を連ねる事になると。
救世の英雄。 大抵の場合は馬鹿々々しいと切って捨てるだろう。
しかし彼らの見せた勝算には賭けてみてもいいと思える魔力があった。
アイオーン教団の深部にまで届く人脈に彼らが独自に開発した新装備。
聖剣の劣化品ではあるが近い効果を得られる強力な武具。
聖剣は世界最強の武具かもしれないが持っている者はたったの三人だ。
性能差は物量差で覆せばいい。 そう唆されて彼は革命に参加する事を選んだ。
革命にはあまり興味はなかったが、日常を大きく変える刺激を求めて革命戦士となったジャルイが行った事は大きく二つ。
一つは革命の同志をゲリーベの街に引き入れる事。
これは非常に簡単だった。 お飾りとはいえ領主は領主。
人事に口を出すぐらいは訳なかった。 能力的にも申し分なかったので不自然とも思われなかった点も大きい。 次に現場での便宜を図る事。
これは同志をそこそこの役職に就けるだけで成立する。
繰り返しになるがデトワール領はアイオーン教団との共同運営だ。
その為、教団側の協力者のお陰で工作の類も負担は半分で済む。 革命の基盤を整え、その第一歩となるクリステラから聖剣を奪う作戦が開始されたのだが――
誤字報告いつもありがとうございます。
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