1400 「審問」
「統治するにふさわしい大国にだ! そうする事で世界は均衡を手に入れ調和が――」
もうこの時点で平等の件が破綻しているのだが、こいつは理解しているのだろうか?
エルマンは心底から白け切った表情でキースを見つめる。
この程度の事を理解できないなんて馬鹿なのかとは思わない。 これまでの会話で目の前の男の知能がどの程度なのかが知れているからだ。 そもそも目の前で平和、平等、調和と覚えたての言葉を並べているキースを筆頭に他の者達も真の平和とやらに興味がないのは明らかだ。 そうでもなければここまで中身のない主張ができる訳がない。
エルマンは小さく目を閉じてこいつらの目指す未来を僅かに想像する。
仮に聖剣の管理を各国に委託したとしよう。
そうするとどうなるか? 独占しようと他所から奪おうと企む輩が噴出するだろう。
湧いて出るのではない。 噴き出してくるのだ。
そうなれば聖剣をばら撒いて戦力の落ちたアイオーンではどうにもならない。
仮に自分が聖剣を委託されれば配下に奪わせて他国の面子を潰すぐらいは当然のように行うだろう。 考えれば考えるほどにくだらない話だった。
「……取り敢えずお前らが革命戦士とやらなのは理解した。 では次だ」
エルマンが寄越せと部下に命令すると聖騎士の一人が持ってきていた短剣を渡す。
破損しているが変わった機構を積んだ代物だった。
柄の中に奇妙なパターンの刻まれた砕けた魔石の欠片が張り付いており、表面には銀で文様のようなものが書き込まれている。
詳しく解析したいところだったが、回収した装備品は残らず核となる重要部分が破損しているので間違いなく自壊機能が備わっているのだろう。
「これはなんだ?」
「我々を勝利へと導く革命の刃だ!」
即答。 それを聞いて溜息を吐く。
「……質問を変える。 誰から貰った?」
「我々の革命に心から賛同してくれる同志だ!」
「お前らに革命と調和とやらを説いた連中ではなく?」
「そ、そうだ!」
僅かに言い淀んだ時点で決まりだった。
「そうか。 なら、お前らの拠点の場所、今回の件に絡んでいる協力者の名前を挙げろ」
思想や目的に関してはこれ以上深堀してもあまり意味がないので本命の質問を行う事にしたのだが――
「舐めるな! 俺達は革命の為に命を捧げた戦士! 仲間を売るような真似はしない!」
「周りに転がっている連中の有様を見てそこまで言えるのは大したものだ。 ――ところで話は変わるがお前はグノーシス教団にあまり表に出ていない役職があるのを知っているか?」
唐突な話題の変化にキースは眉を顰める。
「審問官っていってな。 表向きは罪人に対して罪を自白させ考えを改めるように促す事を生業にしているんだが、実際は気に入らない奴や反抗的な連中を拷問するのが仕事なんだ。 で、その連中ってグノーシスを裏切れないように処置を施されているから組織の崩壊と共に全滅したんだが、人を痛めつける事に比重を置く変わった嗜好を持った変態ってのは探せば案外適任者が結構いる」
そこまで聞いてエルマンが何を言っているのかを理解したキースの表情から僅かに血の気が引く。
エルマンがパチンと指を鳴らすと牢の外から錆色の全身をすっぽりと覆う衣装に笑顔を象った仮面をつけた者達がぞろぞろと入ってくる。
「色々とやらかしてて本来なら即処刑の罪人なんだが、勿体ないから審問官として雇用した。 お前らみたいな馬鹿に知っている事を喋らせるには適任だしな」
審問官達は無言でキースの仲間達を担ぎ順番に運び出していく。 行き先はこの更に地下にある拷問室だ。
しばらくすると地下の様子を見たであろう者達から悲鳴が上がる。 恐らくは自分達がこれから何をされるか理解したが故の悲鳴だろう。 審問官達は黙ってはいるがその大半の口からは隠しきれない愉悦の笑い声がこぼれていた。 これから他者を痛めつける事への期待と歓喜の笑みだ。
責任者らしき審問官がエルマンの前に出ると跪く。
「サムソン。 やってはいけない事は理解しているな?」
「はい。 殺してはいけない、壊してはいけない、死なせてはいけない。 我々はこの三つを順守する事を我らの主である貴方に誓っております」
サムソンと呼ばれた男は即答する。 エルマンが審問官に設けた三つのルールだ。
やりすぎて殺してはいけない。 苦痛を与えすぎて心を壊してはいけない。
そして苦しみからの逃避行動である自殺を許してはいけない。 この三つの決まりを破った者は死罪とする。 それがエルマンが重大な犯罪者である審問官を生かしておく条件として彼らと交わした契約だ。
「結構、吐かせるべき内容は頭に入っているな?」
「勿論でございます」
「ならいい。 五日以内に結果を出せ」
そう言ってエルマンはハーキュリーズを伴ってその場を後にした。
「とんだ茶番だったな」
「まぁ、言って聞くような連中ではない事は理解していたが、あそこまでとは恐れ入るぜ」
ハーキュリーズが後ろを小さく振り返り、エルマンは心底から嫌そうに表情を歪める。
審問官は元々、罪人として囚われていた者達をエルマンが奴隷として引き取った者達だ。
悪化していく内情を考えるとこの手の汚れ仕事を負う者が絶対に必要になる。
そう考えて準備していたのだが早々に出番が来るとは思っていなかった。
「それにしても審問官まで再編しているとは思わなかったぞ」
「正気じゃできない仕事は最初から正気じゃない連中にやらせておけばいい。 あいつらは俺が世界中からかき集めた突き抜けていかれてる連中だ。 精々、可愛がってもらえばいい」
熟練の治癒魔法使いも複数いるので傷を癒した上で拷問を続けられるだろう。
「あの程度の浅い連中だったら保っても三日だろうよ。 後はデトワール領の領主とグレゴアから話を聞かなきゃならんな」
「流石にここまで食いこまれているのは不味すぎるな。 お前はあの連中についてどう思う?」
「操られているだけの馬鹿だな。 ガキは騙し易いってのは割と昔から聞く話だったが、ここまで上手くやるとは大したものだ」
そう言ってエルマンは受け取った紙束を軽く持ち上げる。
「身元のはっきりしている連中なんだが、貴族の次男、三男坊、商人一家の次男、妾の子、領主家の分家筋と見事に予備や予備の予備ぐらいの立ち位置ばかり。 この手のガキは半端に裕福な生活を送っている分、苦労への耐性が低い。 将来に不安を抱いている者も多いだろうよ。 そこに革命だ調和だと適当に調子の良い事を囁いてその気にさせたってところだろ」
「自分の手を汚さずに、か?」
「あぁ、誰だか知らねぇが、俺の仕事を増やしやがって。 見つけたら絶対に始末してやる」
エルマンは憔悴した瞳の奥に怒りの炎を宿らせ、力強く拳を握った。
誤字報告いつもありがとうございます。
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