1397 「踏潰」
なるほど、装備は確かに優秀だ。
意匠に統一感のある所から量産品だろうが、少なくとも聖殿騎士の白の鎧よりも上等な部類に入る防具。
魔法的な付与により防御力ではなく、隠密性と身体能力強化に振った性能は夜間の戦闘に非常に適している。 それ以上に全員が手に持つ武器が問題だった。
聖剣や魔剣ほどではないが凄まじい魔力を放っている。
内包しているのではなく放っている。 これが問題だった。
つまり武具自体にはそこまでの魔力はない。 どこかから引っ張ってきているのだ。
聖剣や魔剣の模造品の話は聖女から聞いた事はあるが、もしかするとその類なのだろうか?
それだけの武具を扱えるだけの組織が存在している事にやや不自然なものを感じてはいたが、どちらにせよやる事は変わらない。 何人か生け捕りにして知っている事を吐かせればいい。
それともう一点。 これだけの騒ぎを起こして誰も来ない事。
この疑問に関しては即座に答えが出ている。 いつの間にかこの宿を中心に魔法的な結界が張られている。
恐らくは何らかの手段で範囲内の人間の意識を奪う類の代物だろう。
ひゅっと息を吐く気配。 一人が足元から鎌で斬りかかってくる。
下から回ってきたようだ。 狙いは脛の辺りだろう。
今回の旅は休暇も兼ねていたのでクリステラは専用装備を身に着けていない。
その為、何処を斬っても充分な傷を負わせる事が可能だ。
――少なくとも相手はそう思っていたのだが――
襲撃者は手応えを感じていた。 いや、それは確信に近い。
手に持つ鎌の切断力は刃物のそれを逸脱している。 どんな物でも抵抗なく断ち切るだろう。
クリステラの意識が周囲に向けられている今、足元は知覚の外。 つまりは死角なのだ。
その為にこれ見よがしに取り囲み、意識と警戒心を分散させた。
相手は聖剣使いにして最強の聖堂騎士。 正面からやれば数で圧せるとは思うが少なくない犠牲が出るのは必然。 だからこそ彼等は策を練り、対クリステラ用の戦いを研究したのだ。
最強と謳われるだけあって想定以上の強さだが、人間である以上は必ず死角が存在する。
そして単独である以上、処理できる状況にも限度がある。
あの女は英雄かもしれないが無暗に敵を大きく見せているだけで自分達と同じただの人間。
付け入る隙はいくらでもある。 彼らの考えは正しく、奇襲は決まりクリステラの足を切断――
――したと思っていたが手に返ってきた感触は何かを切り裂いた物ではなく、自分の腕が踏み潰された感触だった。
踏み折られたのではなく踏みつぶされた。
骨が粉々になった事で握力が消え、武器がその手から離れる。
あまりにも現実離れした光景に斬りかかった本人ですら何が起こったか認識できなかったのだ。
「――痛――」
ようやく脳が痛みを認識しようとしたが、その頃にはクリステラの足が霞むのが見えた。
それが最期、クリステラの爪先が襲撃者の顎を捉え、肉体が許容できない威力に首が千切れ飛んだ。
べちゃりと湿った音が響き、近くの建物の壁に元が何だったのか分からない赤い染みが出来上がる。
奇襲を仕掛けた仲間の死に様に周囲は大きく動揺。 それを見てクリステラは僅かに眉を顰める。
この程度の事で動揺するのかと僅かに呆れの感情が浮かんだのだ。
もしかすると戦闘経験が少ないのだろうか? だからと言って手加減してやる理由はない。
何故ならこの者達は聖剣だけでなくモンセラートも狙ったのだ。
その時点で無事に帰してやる気は皆無。 大事な友人を狙った以上、一人残らず自分がやろうとした事がどれだけ罪深いか思い知らせなければならないと決めていた。
聖剣を鞘に納めた後、身体能力強化を使用。 聖剣を納めたのは使ってしまうとあっさり殺してしまうからだ。 何人かは生け捕りにしなければならないので皆殺しは不味い。
それにより人間離れしていた彼女の身体能力は人外の域へ。
クリステラの両目が個別にギョロリと動く。 それにより即座に戦場と敵の気配を掴む。
残りは十七人。 一歩目で一人目との距離を踏破する。
「速――」
拳を腹に叩き込む。 防具があったが今の彼女には何の関係もない。
あっさりと貫通し拳は体内へと潜り込んで貫通――する前にクリステラは背骨を掴んで握り潰す。
臓器を一瞬で複数潰され背骨を圧し折られた襲撃者はそのまま崩れ落ち、クリステラは手の中にあったほぼ粉になった背骨を投げ捨てて次へ。
「か、囲め! いくら動きが速――」
次はさっきから態度と声が大きかったので一番何かを知っていそうな男だ。
言い切る前にクリステラは既に男の目の前。 視線が絡む。
男の瞳には感情を排した、違う。 怒りで凝縮され、目的の為に純化された硬い意志を持っている故にそう見えるのだ。 男は持っていた短剣を一閃。
明らかに男の実力を越えた一撃だ。 生物としての生存本能が捻りだした行動だった。
まさに会心の一撃。 クリステラの首を刎ねた未来を幻視したが、現実はその想像の遥か上だった。
刃を素手で掴まれたのだ。 掴まれた事は驚きだが好都合。
このまま刃を引けば指を落とせ――バキリ。
金属が砕けるような音がしたので視線を向けると短剣の柄から上がなくなっていた。
信じられない事に刃を握り潰したのだ。 それによりクリステラの手に傷が出来ていたが聖剣の力で即座に塞がる。
――人間じゃない。
男はここに来てようやくクリステラが人間ではなく人の形をした何かだとはっきりと認識した。
全ては遅かったが。 次の瞬間には側頭部に拳がめり込み、宿屋の屋根に叩きつけられ上半身が埋まる。 意識は当然、何処かへ行って帰ってこなかった。
クリステラはこいつは生かしておけば最悪、他を皆殺しにしても大丈夫そうだと判断し、次に仕留める対象を瞬時に見定める。 戦闘が始まってまだ五分も経っていない。
だが、彼等にはそれで充分だった。 さっきまで取り囲めば勝てると自信に満ちていた態度は消滅し、この場に留まれば殺されると理解する。 そんな彼等が取る行動は非常に分かり易い。
逃げるのだ。 一刻も早くこの危機から逃れる。
そうする事で自らの安全を確保し、恐怖を退けて大きな安心を得たい。
己の本能に従って生き残った十五人の襲撃者は踵を一斉に踵を返し、バラバラに逃げ出した。
クリステラにとって想定内の行動で驚きはないが、不利になったら早々に逃げ出す覚悟のなさには侮蔑の念を感じつつ、一人も逃がさないと追跡を始めた。
誤字報告いつもありがとうございます。
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