1395 「暇欲」
平和になれば暇と欲を持て余した者が行動を起こすのは世の常なのかもしれない。
世界的に汚職や腐敗の気配が濃くなっていっている。
アイオーンの膝元であるウルスラグナですらこの有様なのだ。
他の国も同様に問題が頻発していた。
ヴァーサリイ大陸では北部のウルスラグナは散々触れているが他でも問題は多い。
中央のアラブロストルではチャリオルトの存在した地域から南にかけて空白地帯となった特に旧オフルマズド跡地の取り合い、リブリアム大陸ではタウミエルとの戦いで戦場となった中央部は未だに疫病の発生源として荒れ果てており、近隣に存在するモーザンティニボワールは国としてまともに機能していない。
その結果、南北で人間と獣人の領土を取り合うべく睨み合いだ。
残りのポジドミット大陸でも問題は山積みだった。
元々、中央から北部にかけてはエルフの支配領域だったが、そのエルフがいなくなった上、森の奥深くを支配していた魔物もそのエルフに駆逐されていたので空白地帯と化している。
お陰でリブリアム大陸の一部獣人や近隣国、果ては金銭を持った商人などが植民地にしようと取り合っている状態だ。 それによりあちこちで伐採が始まり、凄まじい勢いで開拓されていっている。
本来ならこうならないように均衡を保つのがグノーシスの仕事だったが、もう存在しないので止められる存在はいなかった。 現在、アイオーンがその代わりを担うべく動いているのだが、今の段階では影響力が及ばずに歯止めをかけられない。
オラトリアムがいれば力で捻じ伏せるのだろうが、どこかへ消えてしまったので好き勝手をする者達を止められる者はいなかった。
「――聖女殿の仰りたい事も分かりますぞ」
ハイディの思考を察したのがグレゴアは力強く頷いて見せる。
「確かにグノーシス、オラトリアム無き今、世界の均衡を担う事ができるのは我らアイオーンのみでしょう。 だからと言って身の丈に合わない事をしたところで結果はついてきません。 ですので今は我々にできる事をしようではありませんか」
「そう、ですね」
ハイディはやや歯切れは悪いが同意した。
自分達は超常の存在ではない。 できる事には限りがある。
そしてグレゴアの言葉は正しい。 人は身の丈に合った範囲で行動を起こすべきなのだ。
ちらりと聖剣に視線を落とす。
――身の丈に合わない力に頼りすぎればいつかは破滅を齎すだろう。
秘匿しているが聖剣セフィラ・エヘイエーの力は人の手には余る。
上手く使えば今の世界に存在する問題をかなり解消する事ができるだろう。
それだけに留まらず、世界の文明を大きく進める事も可能だ。
だが、過程の伴わない進歩は危険すぎる。
ハイディは強くそう思っていた。 彼女自身、過去の失敗があったからこその今がある。
だからこそ結果だけでなくそこに辿り着く過程も重視されるべきなのだ。
この話はエルマンにしかしておらず、彼もその点は同意していた。
エルマンは憔悴した顔で面倒事が増える予感しかないからなと苦笑。
それに少しだけ救われた気持ちになった。 ともあれ、それによりこの世界は自分のペースで歩みを続ける事だろう。
「話が逸れましたな。 事前に連絡は受けておりましたので軽くですが調べておきました」
余計な話をしたとでも思ったのかグレゴアが本題を切りだす。
「まずはクリステラ殿の御母堂についてですが、かなり古い話なので芳しくありませんな。 マルグリット孤児院は修道女サブリナが全権を委託される形で運営していたので彼女が生きていれば詳しく分かったのですが……」
「些細な事でも分かりませんか?」
「マルグリット孤児院で以前に働いていた者が数名ですが他所に居たので話は聞けましたが、時間が経っているだけあってはっきりしませんな。 話によればクリステラ殿を拾ったと思われる時期はまだ孤児院が本格的に稼働してからそう時間が経過していない頃だったので恐らくですが近隣から子供を集めていたかと」
「つまりこのデトワール領か、遠くても隣領が彼女の出身という事ですか」
「恐らくは」
彼女自身の証言とも矛盾しないので、このゲリーベを活動拠点に選んだのは間違いではななさそうだった。
「それにしても、少し前までは欠けが多い娘だと思っておりましたが、自らの過去を振り返る余裕が出来るとは……。 歳は取ってみるものですな」
そういうグレゴアは少しだけ嬉しそうにしていた。
グノーシス時代の彼女を知っている身としてはあの信仰に全てを賭け、抜き身の刃のように敵を切り裂いていく姿には危うさを感じていたのだ。 それが知己を得て少しずつ変わっていく姿はグレゴアからすればとても嬉しいと感じる変化だった。
特に騎士学園の責任者に収まった事で後進の成長は喜ばしいと思っているので猶更だ。
「――さて、もう一つの件ですな。 恐らくですがエルマン殿の見立ては正しいかと」
「つまりここでも何かが起こっていると?」
「恐らくですが。 恥ずかしながら我々も指摘されるまで気づきませんでした。 ここまで巧妙に隠されている事を踏まえると組織的に動いているか、何らかの組織に支援を受けているかのどちらかでしょう」
上手にごまかしていたが引き取っている孤児の数が合わない、用途の分からない金の流れ、出没する賊に奇妙な装備を持っている者。 この近辺で確認されているだけでも妙な事は多い。
話を聞けば聞くほどにハイディの表情が苦くなる。
「タウミエルという世界の滅びを乗り越えたというのに何故、人はこうも利己的なのか……」
「利他に終始しろとは言わないけど流石に限度がありますね。 さっきの話にあった奇妙な装備を持った賊と言うのは?」
「これに関しては持っていた賊が死亡し、武器自体にも自壊する機能が盛り込まれていたのか跡形もなくなってしまいまして……」
「詳しい事は分からない、と」
「恥ずかしながら」
「この事はエルマンさんには?」
「既にハーキュリーズ殿には上げております」
だったらエルマンまで行っているはずだ。
ハイディは思った以上に厄介な事になっているなと思いながらグレゴアに礼を言って席を立つ。
「こちらでも動いてみますので何かあればお願いします」
グレゴアはありがとうございますと頭を下げ、ハイディはその場を後にした。
一応、聖女としてではなく個人で来ているので、長時間グレゴアを拘束するのは不自然だったので少し早いがお暇する事にしたのだ。
聖堂から外に出たハイディはどうするべきかと思案を巡らせた。
誤字報告いつもありがとうございます。
宣伝
パラダイム・パラサイト一~二巻発売中なので買って頂けると嬉しいです。




