1394 「実態」
「何か嫌な話が多いけどゲリーベは大丈夫そうなの?」
違法な奴隷売買、汚職と碌でもない話が続いていたので気分を変える意味でもモンセラートがそんな事を口にしたのだが、クリステラもハイディも何も言わない。
その様子を見てモンセラートは察したように表情を歪める。
「ちょっと冗談でしょ?」
「残念ながらそうでもないんだよ。 ゲリーベの孤児院なんだけどちょっと収支に不穏な点があってね」
「えぇ……。 それって多すぎるって事?」
「上手に隠してるけど書類と実際は違うんじゃないかってエルマンさんが言ってたんだ」
「エルマン宰相が私達を同時に送り出す時点で何かあると思っていましたが、具体的にはどういった事を?」
本来なら気付かれないように巧妙にごまかされており、担当していた者も賄賂を受け取っていたので見て見ぬ振りをしていたのだが、先日に汚職公官の存在が明るみになりエルマンが総チェックを行った結果、明るみに出た事実だ。 現状では疑わしいといった段階だが、それを確認する意味でもちょうどゲリーベへ向かう二人――具体的にはハイディに調査を行うように依頼が行ったのだ。
「身分は伏せての実態調査だね。 まぁ、何も出てこないならそれでいいんだけどエルマンさんがわざわざ直接見てくるように言って来るって事は間違いなく何かあるだろうね」
「はぁ、楽しい旅行って訳には行かないのかぁ……」
「それなりの期間は貰ってるから早く片付けばのんびりできるよ」
そんな話をしている間に目的地であるゲリーベの街が見えて来た。
ハイディ、モンセラートにとっては初見の場所だったので何とも言えないが、事件の当事者であったクリステラからすれば大きく変化しているように見える。
最終的にどうなったのかは見ていないが、当事者だったマネシアから全焼して街としての機能が完全に失われたとの事。 その後、謎の魔物にしばらくの期間、占領されていた事もあって随分と荒廃していたようだ。
クリステラにとって転機ともいえる事件が起こった場所だったのでその胸中は複雑だ。
そして現在、ゲリーベの街は元の姿を取り戻そうとしていた。
全焼した家屋は撤去され、あちこちで工事を行っている音が聞こえる。
建築途中の建物が何処を見ても目に入り、人の出入りも非常に多い。
街に入ると活気が溢れているのが良く分かる。
「規模としてはそんなに大きい方じゃないけど、雰囲気は良い感じね。 ――あら? 同じような服を着た人が多いわね!」
キョロキョロと好奇心を全開にするモンセラートにハイディは苦笑。
「彼等はオールディアにあるアイオーンの聖騎士学園の学生さんだよ。 授業の一環でこっちで復興作業の手伝いや商隊の護衛などをやっているんだ」
この人手不足の世の中で、若い労働力を遊ばせておくのは非常に勿体ないとの事で学生を研修や実習の名目で労働力として貸し出しているのだ。
お陰でこの街は聖騎士見習いの肩書を持った労働者が非常に多い。
学生は積極的に送り込まれるので仕事を得る為に聖騎士学園の門を叩く者まで現れるようになったという奇妙な事まで起こったぐらいだ。
元々、聖騎士学園は学費はかからないが冒険者ギルドの仕事などを肩代わりする事によって学費の代わりとしているので学園に属した状態で職に就くのは二重の意味で得だった。
仮に駄目だったとしても手に職を着けられ上手く事が運べば聖騎士になれる。
「そこそこ実入りのいい仕事は取り合いが激しいって聞くからこういう制度は便利よね」
「このウルスラグナは立地上、戦争とはあまり縁がないから、非生産階級の聖騎士はあまり使いどころがないって事もあって武力以外でも活躍できるようにこういう場面では積極的に使って行こうって話になったんだ」
「へー、詳しいのね!」
「いや、僕って一応、責任者だから逆に知らないと問題だよ」
門番に話を通して街の中へ。
「さて、目的地には到着したけどこれからどうするの?」
「僕はグレゴアさんがこっちに来てるみたいだから挨拶をしてくるよ。 クリステラさん達は宿の手配を頼んでいいかな? しばらくはこの街を拠点に動くからちょっと高めの宿でいいよ」
「グロンダン聖堂騎士が?」
「転移があるから定期的に様子を見に来てるみたい。 しばらくはこっちでお世話になる事とさっきの話についても軽く調べてくれてるみたいだから進捗を聞いておきたいんだ」
「では、私も後日に窺う事にします」
「そうしてあげて。 きっと喜んでくれると思うよ」
クリステラとモンセラートと別れ、一人になったハイディは迷いのない足取りである場所を目指す。
歩いていると本当に活気のある街だという事が分かる。
アイオーンのエンブレムのついた作業服を着ているのは学生や聖騎士。
それ以外は冒険者や本職の作業員だが、それに混ざって首輪をつけた者がいる。
奴隷だ。 この世界は奴隷制度が普及しているので奴隷自体はそう珍しい者ではない。
疲労の所為か奴隷たちの表情には憔悴の色が濃い。 特に子供はそれだけには見えなかった。
漠然とした未来への不安? 果たしてそれだけなのだろうか?
そっと腰の聖剣を撫でる。 答えを知るだけなら簡単だ。
だが、この力は人を堕落させる。 使うにしても必要最低限にする。
彼女はそう決めていた。 人として生きる為に人の理に従い解決する。
安易な道、安易な解決法は停滞を生む。 だから――ふと気が付けば目的地が目の前にあった。
近くにいた聖騎士にグレゴアに会いに来た旨を伝え、確認の為に少し待たされた後に中へと通された。
「おぉ、お久しぶりですな! 最後にお会いしたのはエルマン殿が宰相就任の時でしたか?」
厳めしい顔つきに笑みを浮かべ、グレゴア・ドミンゴ・グロンダン聖堂騎士はハイディを快く迎えた。
ここは聖堂内にある一室。 既に人払いを済ませ、魔法道具による防音を施している。
「お久しぶりです。 グレゴアさん。 最近、どうですか?」
彼は聖堂騎士以外にもオールディアの聖騎士学園の学園長という肩書を持っており、後進の育成に力を入れる業務に従事している。
人を育てるのは彼に向いていたようで苦労も多いが楽しくやっているというのはハイディも聞いていた。
「順調ですな。 聖騎士の数を増やしつつ、業務の幅を広げていく施策は上手く行っております。 まだまだ火種は多いですが、将来的には戦争ではなく世界の繁栄に力を注がなければならない時代になる。 エルマン殿の言葉は正しいと思っております!」
この街で行われている事もその一環といえる。
ただ――
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