1393 「領地」
モンセラートはハイディの言い回しに僅かに引っかかるものを感じていたが、それなりの付き合いになっているこの聖女は意地の悪い真似はしない。
「まぁ、明日にはゲリーベだし、クリステラにとって何か収穫があればいいんだけど……」
「そうだね。 僕もそう思うよ」
それからしばらくするとクリステラが起きて来たのでハイディと交代となり、この話はお開きとなった。
翌日。 クリステラとハイディの聖剣による強化を施しての移動によって昼になる前にはデトワール領へと辿り着いていた。
「いや、本当に早かったわね。 あの距離をたったの二日――実質一日半かー」
「ここからは歩きます。 何があるか分からないのでモンセラートは私か聖――ハイディから離れないように」
「えぇ、分かったわ。 ところでこの辺りの治安ってどんな感じなの?」
教団の力が及ぶ範囲は比較的、安定していると聞いていたが先日の事件もあったので犯罪の件数が少ないからと言って油断はしない方が良いだろう。
「あんまり悪いって話は聞いてないかな? ゲリーベは孤児院の再建の関係で人の出入りが多いから常駐してる騎士や聖騎士も多いんだ」
「そういえばアイオーンだけで回す訳じゃなかったのよね?」
「うん。 ウルスラグナとアイオーンの共同経営になるよ。 特に孤児は奴隷商に売られ易いから、なるべくしっかりと保護しておきたいんだ」
「あぁ、ウルスラグナだと犯罪者や落伍者は基本奴隷に落とすんだったわね」
元々、ウルスラグナという国自体に死刑といった制度は存在するが、処分するよりは奴隷にしてこき使った方がマシといった考えが多い。 流石にユルシュルのように国家の簒奪を目論んだ場合は別だが、大抵の者は奴隷に落とされた後、買い手の財産として一生を終える。
特に子供は需要が高い。 長く使えて容姿が優れていれば愛玩用にもだ。
要は子供の奴隷は高く売れる。 それを理解しているからこそ奴隷商、または奴隷商に商品を卸す者達はあの手この手で子供を集めるのだ。 場合によってはどこかから攫ってきた子供を奴隷として売りに出す事も少なくない。
問題はグノーシス時代はそれが平然と罷り通っていた事だ。
理由はいくつかあったが、グノーシスと当時裏で繋がっていたテュケと言う組織による意向が大きい。
グノーシスは孤児を大量に引き取る事によって専用の教育を施し、教団に忠実な存在を作り上げ、テュケは研究用の検体を求め国に働きかけ、奴隷産業を加熱させたのだ。
需要が高まれば人はこぞって群がるのはどんなものにも共通している。
特にウルスラグナは立地の関係で他所の国から人材を招く、仕入れるといった真似が難しい事もあってそれは顕著だった。 事実、他国と比べても奴隷の需要は高い。
ただ、アイオーンの台頭によりその流れも随分と収まりはしたが、未だに拭いきれないその風習はこの国のあちこちで蠢いている。
「それ自体は仕方がない事だとは思うんだけど、奴隷にする為に犯罪者に仕立て上げる事が多いんだよ」
「……あぁ、売る為にでっちあげるのね」
「問題はそれを一部の領主が許容している事なんだ」
奴隷の仕入れを邪魔しないどころか協力する事で報酬を受け取る。
具体的には揉み消し、罪の捏造。 この二つだけでも奴隷の仕入れは格段に楽になる。
あろう事か儲かると考えて主導する領主までいたのだ。
「許容するだけならまだしも蓋を開けてみれば違法な奴隷を取り扱う元締めが領主だったという話もありました」
クリステラは何度か調査を行い、数名の領主を断罪した。
表向きは病死という扱いだったが、実体を知ったエルマンは容赦なくクリステラに処断せよと命じたのだ。 クリステラ自身も直接現場に出向いて調べたのだが本当に酷かった。
税収が滞っている村や集落などは容赦なく盗賊に扮した領主お抱えの騎士や傭兵が襲撃し、住民を奴隷として売り飛ばす。 そして国には襲われたと被害者を装い、復興支援金を求めるといった浅ましさ。
一度味を占めれば止められないほどに旨味のある話だったようで、その領主は同様の手口で何度も領民を踏み躙っては被害者のような顔で周囲から同情を引き、私服を肥やしていた。
これには流石のエルマンも怒りを見せ、この国では珍しい公開処刑といった形での処分を行ったのだ。
関与した者達で死罪を免れたものは全て奴隷落ち。 領主家は取り潰しだ。
他の領主への見せしめの意味もあったのだが、結果としては件数こそ減りはしたが根絶には至らない。
賊による襲撃件数があまり減っていない事がその証左といえる。
「ふーん? 表立ってやる奴は減ったけど、裏でやっているのは今でも元気に奴隷を生み出し続けているのね」
「こればっかりは根気強くやっていくしかないよ。 エルマンさんとしてはそういう足を引っ張る領主は全員排除したいと思ってるみたいだからかなり力を入れてるって聞いてる」
「まぁ、代わりはいくらでもいるだろうし、邪魔なら排除は割と簡単な対処法よね」
ウルスラグナの領主は国から領地を預かるという形を取っている関係上、いつでも取り上げる事は可能だ。 そして後任として国が定めた公官という役職――要は国の要職についている人間から選ばれる事になる。 公官という職業には多くの選択肢があるが、中でも誰しも憧れるのは領主の地位だ。
致命的な問題さえ起こさなければ親子何代にも渡って安定した生活を送れるので将来も安泰となる。
ただ、領の運営が上手く行かなければその限りではないが、大抵は回せるだけの能力を持った者だけが選ばれるので早々顔ぶれが変わる事はない。
――二代目、三代目が失敗して領地没収というケースは多々あるが。
以前であるなら近隣領の領主が手を組んで武力による抗議などを行った記録はあるが、聖剣使いを三人も抱えているアイオーン相手にそんな事をやれば殺されるのは目に見えているので表面上は従順に振舞っている。
そんな事情もあってエルマンは領主の首を切る事に欠片の躊躇もなく、成り代わりたがっている者はいくらでもいるので切った所で問題も起こらない。
ここ最近はエルマン自身にも余裕がない事もあって、国の運営や治安の悪化を担う者には容赦がなかった。 良くない傾向ではあったが、こればかりはどうにもならない。
誤字報告いつもありがとうございます。
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