1390 「旅立」
ハーキュリーズへの報告を終えたクリステラは瓦礫の山と化した砦跡を後にし村へと戻る。
村では増援が到着するまでに聖騎士達が住民への炊き出しや、事情の聞き取りなどを行っていた。
指示した覚えはないが、ハーキュリーズ経由で命令が下りて来たのだろう。
ぐるりと見まわすと村人達が涙を流しながら聖騎士達に感謝をしていた。
一部は家族を失った怒りをぶつける者もいたが、それは仕方がない事だろう。
自分達は遅かったのだ。 非難されても仕方がない。
それでも手の届く範囲の人々は救えたと信じたかった。
ふと、クリステラの視線がある場所で止まる。 生存を喜び合い、抱き合っている親子だ。
娘らしき少女を母親が抱きしめ涙を流しながら名前を何度も呼んでいる。
――親子。
今朝に見た夢の所為だろうか。
普段であるなら全く気にもしない光景ではあったが、今回は妙に気になってしまう。
もしかすると今まで気にしないようにして、自覚がないままに引っかかっていたのかもしれない。
クリステラは親の顔を覚えていない。 記憶に残っているのは自分と同じ髪色の姿だけ。
名前も知らない――いや、思い出せない。 そんな朧げな記憶だ。
彼女にとって母親は修道女サブリナで育った故郷はグノーシス教団。
修道女サブリナは最後こそあんな別れになってしまったが、クリステラにとってはもう一人の名付け親で育ての親でもある。 聖騎士への道を勧め、剣の手ほどきを受け、聖堂騎士まで至れたのは全て彼女のお陰と言っても過言ではない。 彼女の行っていた悍ましい実験は許されない事ではあったが、修道女サブリナという女性はクリステラにとって母親だったのだ。
だからこそ実の母親という存在は認識こそしてはいたが、そこまで気にもならなかった。
しかし、ここ最近は身辺に余裕が出来た事もあってついつい考えてしまうのだ。
自分を捨てた女性はどうなったのだろうかと。 当時は死体が時間経過で消滅したので、死んでいた場合はなんの痕跡も残していない可能性が高い。
だが、もしも生きていた場合は?
考えたが自分では結論が出なかった。
会ってみたい気持ちはあったが、会ってどうするというのだと疑問が沸き上がる。
向こうにも生活があるのだ。 突然、捨てた娘が現れたら困惑するかもしれない。
いや、困惑だけなら問題ないが、復讐に来られたと勘違いされても困る。
ぐるぐると思考が回り着地点が全く見えない。
こういった場合、自分一人ではまず答えは出ないので、誰かに相談するべきだ。
真っ先に浮かんだのはエルマンだが彼は多忙だ。 こんな私事で煩わせたくない。
ならばと選択肢に上がったのは――
――なるほど。 話は分かったわ! クリステラのお母さんを探しに行きましょう!
クリステラが相談相手として選んだのはモンセラートだった。
彼女は話を聞くや否やそんな事を言い出したのだ。
――とはいっても生きているのかも分からない相手ですが……。
捜索と言っても頼りになるのはクリステラのあやふやな記憶のみ。
発見できるとは思えなかった。
それにモンセラート達、関係のない者を巻き込むのはあまり良くない。
――それを含めての捜索よ! ちょうど教団からは休暇を取れって言われているんでしょ? いい機会だしハイデヴューネやマルゴジャーテ――はちょっと忙しいから無理かしら? とにかく、誘って皆で行きましょう!
そう思っていたのだが、クリステラの意見をモンセラートは一蹴。
気が付けば他の者を誘って皆で行こうといった話にまで膨らんでいた。
――いや、それはそうなのですが、私達が纏めて抜けるのは――
――はい決定! クリステラは何処を探せばいいかを考えておきなさい。 他の準備は全部私がやっておくから安心して仕事を片付けておきなさいな!
モンセラートはクリステラの反応を待たずに通話を切断。
クリステラは少し早まった相談だったのでしょうかと思いながらも仕事に戻った。
そして数日後。
空は快晴。 朝も早い時間なので空気は僅かに冷えており少し涼しい。
そこにはモンセラートと彼女が招集した聖女が集っていた。
「うん。 いい天気、出発には最高の日ね!」
「……そうですね」
クリステラはそう言うしかなかった。
正直、上手く行く訳がないと思っていたので軽く考えていたが、モンセラートは驚くべき行動力でエルマンとハーキュリーズからの許可を取り付け、聖女の予定も押さえてこの場を用意したのだった。
流石に教団の礼服では目立つので全員、民が着るような普通の装いだ。
モンセラートは村娘といった服装で、その後ろにいる聖女は軽鎧と腰には魔法で安物の剣に見えるように擬装した聖剣と背には大きめの鞄といった冒険者のような装いだ。
クリステラも魔法で見た目をごまかした聖剣に外套と普通の服。
防具の類は身に着けない。 クリステラ達は故郷に帰る為の一団で冒険者を一人雇って旅をしているという設定のようだ。 その為、ほぼ丸腰でいいという事になった。
「わざわざ来ていただいてありがとうございます。 聖女ハイデヴューネ」
小さく頭を下げるクリステラに聖女は苦笑して見せる。
「元々、休みを取るように言われていたからいい機会だと思ってるよ。 えっと、一応はクリステラさんのお母さんを探すって事でいいのかな?」
「はい。 ですが、ほとんど手がかりのない話ですので徒労に終わるかと思います」
「それは最初から聞いてるから問題ないよ。 皆でちょっとした旅行に出るとでも思えば気にもならないからね。 あ、後、この旅の間は僕の事はハイデヴューネではなくハイディって呼んでね」
聖女の素顔を知る者は非常に少ないのでこうして装備を外すと誰か分からなくなるのは皮肉な話だ。
そんな事を考えながらクリステラは小さく頷く。
「ではハイディ、私の事もクリステラと呼び捨てください」
「うん、そうするよクリステラ。 最初の目的地は何処だい?」
「――まずはゲリーベ、私の育った孤児院のあった街へと向かいます」
ウルスラグナ王国デトワール領ゲリーベ。
国の東部に存在する街で、ある事件によって焼失した場所だ。
現在は復興が進んでいるが、資料の類はほとんど残っていない。
「確か燃えた場所なんでしょ? 手がかりとか残っているの?」
「いえ、記憶にある限りですが、ゲリーベに連れていかれるまでの移動時間を考えると私の出身はウルスラグナの東部である可能性が非常に高い。 その為、探すのであればあの辺りだと思ったので一先ずゲリーベを目指そうかと思っています」
誤字報告いつもありがとうございます。
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