1384 「趣味」
クリステラは悩んでいた。
現在は王都から出発して黙々と歩いている最中なのだが、会話が一切存在しないのだ。
ちらりと後ろを振り返ると一部が僅かに身を固め、何かあったのだろうかと振り返る者までいた。
――これはあまり良くないのではないのでしょうか?
自分が率いる場合はいつもこうだった。
エルマンであったなら警戒しつつも僅かに弛緩した空気が漂っており、程よい緊張感で進めたのだが自分の場合は部下が緊張しっぱなしなのだ。
こういう時、色々と考えてしまう。 最初は何か冗談でも言って緊張を解すべきではないのだろうか?
以前に一度試そうとしたのだ。 前日に何を言うかを考え、当日にさあ言うぞと口を開いたが――駄目だった。 反応は酷いの一言で約半数が「?」と首を傾げ、残り半分が数秒後に意図を察して無理に作った笑顔を向ける。 その瞬間、自分はこの仕事に向いていないのではないだろうかと本気で思った。
それほどまでに彼女にとってはショックな出来事で以降、似た試みはしなくなったが問題はそのままなのでどうにかせねばと思考はから回る。 一応、知人友人に相談はしたのだ。
エルマンは疲れ切った顔で「お前には無理だから普段通りに振舞っていればいい」とやや冷たくあしらわれた。 モンセラートは「不思議ね? クリステラは一緒に居るとこんなにも楽しい気持ちになるのに」と少しだけ救われた気持ちになれるような事を言っていたが、要はそのままでもいいのではないかと言いたいようなので助言としては不適切だ。
マルゴジャーテは小さく肩を竦め「他人を楽しませるなんて考えずに他人に自分を楽しませるぐらいの気持ちで行った方が良いんじゃない?」と何とも反応に困る答えが返ってきた。
ちなみにフェレイラには逃げられたので何も聞けていない。
聖女に尋ねると「僕は基本的に皆と自分を切り離して行動してるからちょっと難しいかな」とやんわりと分からないと言われた。 ならばと切り口を変えてカサイとキタマに話を聞いたのだが「取り敢えず距離感を縮める努力から始めた方が良いんじゃないですか?」と言われ、具体的にと尋ねるとやや引き気味に「こればっかりは人それぞれなので」とこれまた微妙な助言となった。
キタマは「いやー、分かんないっす」と流されたので参考にならない。
最後にハーキュリーズに尋ねたのだが「他者との接し方は人それぞれだ。 無理をした所で早々に破綻するから自然体でいい」と求めていたのとは違う答えが返ってきた。
――本当に私は何もできないのですね……。
戦闘に関してはそれなり以上に自信はあるが、戦乱が落ち着いたこの世界ではあまり必要な技能とは思えなかった。 力で相手を捻じ伏せる時代は終わったのだ。
そんな中で自分のような者はいつまで存在を許されるのだろうかと考えた事もあったが、この世界の現状がまだまだ戦力に需要があると雄弁に示していた。
分かってはいた。 この世界から争いを完全に消し去る事は不可能だ。
実際、グノーシス、オラトリアムが消えた今こそ世界の覇権を取ろうと蠢く者達も少なからず存在している。 クリステラもいくつか組織を壊滅させた事もあったが、彼女にはさっぱり理解できなかった。
世界の滅びという巨大な危機を前に団結した者達の姿を見て、あの者達は何も思わなかったのだろうか? いくら自問しても答えは同じだ。
人の高潔さと愚かさは硬貨の表裏のように表裏一体。 切り離せるようなものではないと。
これは彼女がアイオーン教団で過ごしてきた結果、得た気づきだった。
グノーシス教団に居た頃であるなら信仰心が足りない愚か者と考えて切って捨てたかもしれない。
いや、今も斬り捨てているからやっている事は変わらないのか。
ふぅと小さく溜息を吐いた。 それに気づいた周囲が僅かに身を固くする。
誤解だと思わず言いかけたが、ぐっと堪えて平静を装う。
ともあれ、いい加減に戦い以外の道を見つけるべきだとクリステラは趣味を作ってみようとあれこれと手を出してみたのだがどうにも上手く行かない。
取り敢えず安易に家事に手を出してしまったのだが、初日で使用人達に笑顔で大人しくしていてくださいと釘を刺されたので日頃の感謝を込めてエルマンの部屋を掃除しようとしたのだが、気が付けば部屋が廃墟になっていた。 訳が分からない。
ただ、ちょっと棚の上の埃を取ろうと棚を壁から剥がしただけなのにあんな事になるなんて……。
ならば今度は炊事だと見様見真似で作った料理をエルマンに持って行った。
以前に失敗しているので、当然自分で味見をした物だ。 あまり美味しいとは思えなかったが、食べられないほどではなかったので自身の成長を見せて驚かせようと差し入れたのだが、何故か一口食べただけで彼は首を抑えて地面をのたうち回った。 不思議な事に呼吸ができなかったらしい。
その後、目に涙を浮かべたエルマンは「もう、俺には作らなくていいからな」と言って以降、クリステラが妙な物を持っていた場合は確認される決まりが出来たので差し入れを持って行くことができなくなったのだ。
何をやっても上手く行かない。
クリステラは平静を装っているが、内心では少し焦っていた。
こう、何かを掴みたい。 そんな気持ちが内面で渦を巻いているのだ。
――趣味、趣味……。 一体どうすれば……。
うんうんと悩んでいるとピタリと足を止める。
それに釣られる形で全体が足を止めた。
「どうされましたか?」
副官として連れて来た聖殿騎士が尋ねるが構わずに耳を澄ます。
微かに耳が拾った異音。 この先はこれから見に行く小さな集落だ。
何かあったと考えて間違いないだろう。 杞憂であればそれが最良だが、残念ながらこの手の予想や嫌な予感は外れた事の方が少ない。
「先行します。 急いで集落まで追いかけてきて下さい」
「あの? それはどういう?」
クリステラは聖剣による身体能力強化を全開にし、地面を踏み砕きながら最初の一歩を踏み出した。
二歩目を踏み出す頃には彼女の姿は遥か彼方だ。 それを見ていた彼女の部下達はやや遅れて「行くぞ」と声を上げて走り出した。
走るというよりは飛ぶような速度で彼女は進む。
一歩で彼女の体は砲弾のように速度を上げながらぐんぐんと前へ進んでいく。
本来なら数時間はかかるであろう距離を瞬く間に埋めた彼女は自分の感覚が間違っていなかった事を知って僅かに表情を歪めた。
誤字報告いつもありがとうございます。
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