1383 「変事」
この二人――特にキタマは随分と変わったとクリステラは思う。
以前は随分と不貞腐れた態度でやる気もなかったが、立ち振る舞いにも無駄が減り、顔を兜で隠しているにもかかわらずやる気が満ちているのを感じていた。
「じゃあ、俺達はこれで」
カサイは小さく手を上げ、キタマは「うっす」と小さく頭を下げてその場を後にした。
タウミエル戦でアイオーン教団で保護している異邦人は大半が戦死。
残ったのはカサイとキタマに加えてドウバシという異邦人の三名だった。
その後も復興に尽力し、落ち着いた今は世界中を飛び回り同郷である異邦人の保護活動に従事している。
彼らの活動は一定の成果を上げており、数名ではあるが保護に成功していた。
その後は保護した異邦人の言語習得の手伝いや職の斡旋など、彼らが一人でも生きていけるように手助けしていくようだ。 カサイは帰る方法も元の姿に戻る方法もない以上、この世界の住民として生きていけるようにしてやりたいと語っていた。 少なくともクリステラから見れば立派な夢だといえる。
軽口を叩き合いながら遠ざかる背中を見てクリステラも歩き出す。
目的地は自分の執務室だ。 今の彼女はこの自治区と王都周辺の警備責任者で有事の際は即時に対応する為の最大戦力でもある。 要は聖騎士や聖殿騎士の手に負えない敵や問題が発生した時に呼び出されるだけなので、基本的には決められた場所を巡回するだけの楽な仕事だ。 そして部下に報告書を作成させて提出する。
それがクリステラの一日だ。 今日も特別な指示もないので決まった仕事をこなして終了となるだろう。 そう考えていると軽快な足音が響く。
覚えのある足音だったので足を止めて振り返ると少女が飛び掛かって来たところだったので空中で受け止める。
「おはようクリステラ! 良い朝ね!」
「おはようございます。 モンセラート」
モンセラートはお日様のような笑顔を向けてくる。 それを見てクリステラの表情も自然と綻んだ。
「今日は早いですね。 何かありましたか?」
「ふふん。 今日はマルゴジャーテと一緒に布教活動よ!」
「まぁ、いつも通り教会で喋るだけよ」
少し遅れてマルゴジャーテが現れ、その背後の物陰からはフェレイラがモンセラートに熱い視線を送っている。 アイオーン教団はグノーシスと違い、そこまで厳格な教えもないので無理に入信を勧めるような真似はしていないが、タウミエル戦を勝利に導いたとして話を聞きに来る者は多い。
「もうちょっとお話していたいけど遅れると不味いし行って来るわ!」
モンセラートは小さく手を振って駆け出した。
――聖堂とは別の方向へ。
「……あの子は何故、私より長いのに未だに道が覚えられないのかしら……」
マルゴジャーテはクリステラに小さく苦笑して見せて小走りに追いかけて行った。
少し遅れてフェレイラが天井をカサカサと張って追いかけて行く。
最初は驚きはしたが、もういつもの事なので最近は特に気にもならなくなった。
彼女の執務室はそこまで使用頻度が高くない上、定期的に清掃が入っているのでいつも清潔に保たれている。 窓を開けると朝の少し冷たい風が入ってきた。
自分の執務室へと向かい、今日の巡回経路と同行する人数の確認。
「…………」
やる事がなくなってしまった。 外を見ると集合まで少し時間がある。
折角なので少し歩こうかと執務室を後にした。
タウミエルとの決戦を乗り越え、数多の犠牲を出しはしたが、世界が一致団結した事実は間違いなく世界をいい方へと向かわせたはずだ。
――それに――
最も貢献し、実質世界を救ったといっても過言ではない者達がいなくなった事も大きい。
オラトリアム。 彼等は一体何だったのだろうか?
クリステラの認識では得体の知れない強大な力を持った者達。 そんな認識だった。
あれだけの力があれば世界を支配する事も容易いだろう。
クリステラは消えるまで世界を支配する事を目的とした組織と思っていたぐらいだった。
だが、実際は違ったようだ。 彼等はタウミエルを滅ぼすとどこかへと大陸ごと消えてしまった。
かつてクロノカイロスがあった場所は何もない海原が広がっている。
少し前に調査が入ったらしいが、結果は何もなし。 ならばとウルスラグナ内に存在したオラトリアムの領地を調べたがこちらも何もなかった。
いや、正確には獣人国の拠点へと変わっており、彼らの手がかりが存在しなかったのだ。
ここまで用意が良いと初めからオラトリアムはこの世界を後にするつもりだったのだろう。
流通などに関してもいつの間にか引継ぎを済ませ、市場からも撤退していた。
オラトリアムと取引のあった商人などは残っているが、直接的な関りがあった者達は残らず消えてしまっている。 それは商人だけに限らず国の要人もだった。
このウルスラグナで最も大きかったのは宰相であるルチャーノという男が消えた事だ。
エルマンとは親友だったという事もあって消えた直後の彼の落ち込み様は見ていられなかったほどだ。
時間も経って持ち直した――と思いたいが、彼の憔悴はクリステラをしても大丈夫なのだろうかと心配になる。 考え事をしつつ黙々と歩いているといつの間にか集合場所である広場に到着してしまった。
他が来るまで待とうかと思っていたが、ちょうど集まり始めていた所だったので少し早いが揃ったら出発しようかと思った。
巡回と言っても具体的に何をするのか?
基本的に王都内は常に聖騎士だけでなく王国の正騎士も見回っているので、クリステラの場合は専ら王都の外だ。 村や街を回って魔物や盗賊などの襲撃を予防する。
交代でいくつもの隊が回っているので王都の周辺の治安は非常に良い。
今の所はアイオーン教団の大きな拠点がある領を中心に行っている。
裏を返せば中心から離れれば離れるほどに治安が悪化する傾向にあった。
略奪行為が出来ず、食い詰めた賊がそちらに流れていくからだ。
この辺りは将来の課題となるのだが、こればかりは時間をかける必要がある。
平和にはなったが、過ごしていれば何かしらの問題は絶えず発生するものだというのはエルマンの言だった。 今はやれる事をやっていくしかできない。
はっきりしない将来の話よりもクリステラはこの仕事が終わった後の休暇をどう消化するべきかが問題だった。
誤字報告いつもありがとうございます。
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