1373 「煉獄」
――終わった。
ランヴァルドは目の前に映っている映像を見て確実なものとなった敗北を悟る。
地平の塔は何かに寄生され、変異した化け物の巣窟と化し、天動の塔、地動の塔はまるで害虫駆除のように次々とそして徹底的に叩き潰され、流転の塔は巨大な何かに蹂躙され、双極の塔は悍ましい何かに環境ごと破壊され元が何だったのか分からない有様になっていた。
そして白夜の塔に至っては一人残らず平伏して世界回廊の向こうへ祈りを捧げている。
「ん? 終わったかのう。 中々、面白い見世物じゃったな」
ロヴィーサは空になった酒瓶を足元に落とすと他の空き瓶に当たって澄んだ音を立てる。
彼女の言う通り、もう終わりだった。 コスモロギア=ゼネラリス六界巨頭は文字通り壊滅したのだ。
継戦能力は皆無。 普通ならもっと傷が浅い段階で終わるはずなのだが、戦力差が圧倒的過ぎてもはや戦いであったのかすら怪しい内容だった。
ランヴァルドは目の前で起こっている事が信じられなかったが、紛れもない現実だ。
脳裏にはこれまでに歩んできた地平の塔とコスモロギア=ゼネラリスの歴史が瞬いては消える。
皆で協力し、築いてきたこの世界とその平和。 そんな日々がたかが異世界人を一人外に放り出した結果、瓦解する。 そんな馬鹿な事があってたまるか。 いや、信じたくなかったのかもしれない。
「……白夜の塔の者達のように我々も降伏する事は出来ないのか?」
「ん~。 あぁ、あれは降伏とは少し違うのぅ。 我ら教団に文字通り身も心も捧げなければならんから見込みがない者は無理じゃな。 さっきも言ったが地平の塔は直接捨てた事もあってあのお方が大層お怒りでのぅ。 お気持ちを鎮める為にも諦めて滅んでくれ」
情けの欠片もない言葉にランヴァルドはどうにもならないと悟る。
勝てない。 降伏も許されない。 逃げ場もない。 つまりどうしようもない。
「今の教団が求める者は信徒――我らの神に命を捧げられる信仰心じゃ。 それができるなら拾ってやってもよいが、大教皇殿の見立てでは白夜の塔の者達以外は無理とみておる。 認めさせるほどの信仰心を見せるのは中々に難儀じゃぞ? 何せ死ねと言われれば死ぬぐらいの気概がないと場合によっては信仰心が足りないと言われて――おっと、この先は恐ろしくてとてもとても……」
からかうような口調でロヴィーサはそう言って小さく笑った。
「さてと、美味い酒も堪能したしそろそろこちらもお開きじゃな。 ここまで話した縁じゃ、一つだけ選ばせてやろう。 ここで死ぬか、下の者達のように異形と成り果てて生きるか。 どちらがいい?」
あまりにも自然な口調と態度でロヴィーサは立ち上がるとランヴァルドにそう尋ねた。
内容が内容だったので流石の彼も即答できずに黙り込む。
「このまま捕虜になるというのは無理なのか?」
「無理じゃな。 能力、気性などを総合しても無理に引き上げる価値はない。 雑談相手には悪くなかったがそれだけでは弱い。 まぁ、諦めるんじゃな。 死にたいなら楽に殺してやるぞ?」
「……ちなみにどちらの方がマシなのだ?」
「死ぬ方じゃな。 異形化すれば命は助かるが、大抵の場合は潰して食肉じゃ。 稀に研究用としてラボに送られるが、あまりいい扱いはされんな。 何か突き抜けた能力があればまた話は別じゃが――うーん、儂の見立てでは無理そうじゃな」
…………。
ランヴァルドは大きく肩を落とす。
少しの間、悩んだが答えはもう出ているようなものだった。
「分かった。 楽にしてくれ」
それは命を諦める行為ではあったが、全ての責任、重圧から解放され肩の荷が下りたような気がして妙にすっきりとした気持ちになった。
加えて、ここで楽になっておけば今後苦労する事もないのかと考えると気楽な考えすら浮かぶ。
ランヴァルドは「せめて痛くないようにしてくれよ」と自らの首を手でトントンと叩く。
「うむ。 その潔さは認めよう。 ではさらばじゃランヴァルド王よ」
「あぁ、オラトリアムの破滅を心から祈っているよ」
次の瞬間、ランヴァルドの首から上が消失。 頭部を失った体が崩れ落ちた。
ロヴィーサはふいーと息を吐くとぐきぐきと全身を捻って解すとその場を後にする。
残されたのは頭部を失ったランヴァルドの死体だけだった。
コスモロギア=ゼネラリスから生きとし生けるもの全てが滅び、侵略者達もその姿を消す。
完全に生命の絶えた世界は静寂だけが残されていたが、それも僅か。
世界回廊を経由して黒い何かが侵入してくる。 巨大すぎて全体像が掴めないが、それを俯瞰できる者がいるのならこう形容しただろう。 植物の根のようだと。
根はコスモロギア=ゼネラリスを構成する六つの世界から平等に全てを吸い上げ、六つの塔と呼ばれた世界はオラトリアムと呼ばれる異形の世界の一部へと成り果てた。
こうして数多の異世界間戦争を戦い抜き、六つの世界が連なる事で発展を続けてきた世界はその住民とともに長い歴史に幕を下ろす事となる。 彼らの生きた証は情報として未知を喰らう怪物に吞み込まれ、その一部として永遠に生き続ける事となるだろう。
だが、喰らった存在が満たされたのは刹那。 次の瞬間には未知が既知に置き換わり、凄まじい飢餓が襲う。 混沌の世界は次なる未知を求めて数多の世界が漂い、果てしなく広がる総体宇宙を泳ぎ続ける。 そしてその住民達は勝利に歓喜し、信仰は力を与え続ける。
細胞達の歓喜を意に介さない存在は新しい未知とその先に存在するかもしれない終わりを求めてこの煉獄のような場所をどこまでも進んでいく。 何かがあると信じて。
「――ねぇ、知ってる?」
「何?」
とある街角、女子高生が二人。 片方がそう声をかけてスマートフォンの画面を相手に見せる。
「ちょっと前に神隠しあったじゃん。 同じ場所でまた人が消えたんだって!」
画面には「再び神隠しか!? 消えた複数の男女」と記事のタイトルが大きく記されていた。
「うわ、マジで? ここってちょっと前に高校の修学旅行で一クラス丸ごと消えたって奴だよね」
「うん。 なんか検証しようって見に行ったらしいよ」
「えぇ、そうなんだ。 何というかミイラ取りがミイラになるみたいな感じ?」
「はは、マジそれなー。 こういう奴らってなんでわざわざ危ない所に行きたがるんだろうね?」
「さぁ、知らねー。 ってか神隠しってマジなの? 人がいきなり消えるとかちょっと信じられないんだけど」
「そこは分かんない。 もしかしたら変な犯罪に巻き込まれたかもって話も結構出てるから私としてはそっちの方が可能性あるかもって思ってる」
「うわー、神隠しを利用した拉致事件。 ありそー」
二人はそんな話をしながら歩きしばらくすると別の話題にシフト。
画面に映っていた神隠しの記事とその被害者らしき男女の顔画像がふっと消えた。
誤字報告いつもありがとうございます。
これでこの外伝は終了となります。 お付き合いいただきありがとうございました!
次回からは活動報告でも触れている通り紹介となりますのでよろしくお願いします。
宣伝
パラダイム・パラサイト一~二巻発売中なので買って頂けると嬉しいです。




