1371 「許乞」
侮っていた? いや、そんな事はない。
少なくとも脅威度としては過去最大と認識し、相応の備えはしてきた。
白夜の塔とその戦士達に慢心はない。 マドハヴァはそう断言できる。
作戦自体も敵の侵攻を全軍を以って迎撃し、そのまま逆落としに攻め入るといった予定だった。
その為、どこの世界に回廊が繋がっても即座に援軍として駆け付けられる準備をしていたのだ。
ただ、それは敵が六界巨頭全てに同時侵攻するといった行動に出たので即座に破綻する事となった。
地動、天動、流転、双極、地平。
全ての塔から敵襲の知らせと苦戦しているであろう救援要請が届いていた。
当然ながら全ての塔が襲われているので他所への援軍へ割く余裕はない。
それはこの白夜の塔も同様なのだが、最も被害が少ないのもこの白夜の塔だった。
今の所は死傷者どころが被害は皆無。 何も起こっていない。
だが、敵は来ている。 迎え撃つべく、戦士団が世界回廊の近くで布陣しており、どのような事態にも対応する事は可能だろう。
――だが、果たしてそんな備えに意味はあるのだろうか?
マハドヴァはぽつりとそう考える。
その理由は世界回廊の向こうから感じる悍ましい気配だ。
巨大すぎて実像が存在するのかすら怪しい何かが回廊の向こうからこちらをじっと見つめている。
巫女であるアーシュリアに尋ねようとしたが彼女は涙を流しながら頭を抱えて蹲っていた。
どうしたと尋ねても怯えて首を振るばかりで話にならない。
それを見てマドハヴァはこの世界の終わりを確信した。 間違いなく今日、この日にこのコスモロギア=ゼネラリスは終焉を迎える事になるだろう。
幾許かを他所に逃がして意志を繋ごうといった試みもあっさりと封じられ、完全に詰んでいた。
マドハヴァ達にできる事は何とかしてこれから襲い来る謎の存在を戦って撃退するしかないのだ。
他はもう始まっており、一部は決着が付こうとさえしているにも関わらずここだけ何もないのは何故なのだろうか? 敵の意図が分からずマドハヴァはただただ不気味なものを世界回廊の向こうに感じていた。
時間は流れるが動きはまだない。 そうこうしている内に地動の塔、流転の塔、双極の塔から連絡が途絶えた。 次いで天動の塔から救援要請が来たが、その直後に全ての連絡が途絶える。
地平の塔はもうどうにもならないとだけ連絡が入りこちらも途絶えた。
――全滅。 その二文字がマドハヴァの脳裏に浮かんだ。
この多世界が連なったコスモロギア=ゼネラリス六界巨頭の内五つが、数多の異世界間戦争に勝利して来たこの世界がこうも容易く屠られるとはマドハヴァには想像すらできなかった。
どのような圧倒的な力を振るえば精強な他の塔をこうもあっさりと葬れるのか理解できない。
それ以前にこれは本当に現実なのか? そう疑いたくなるような状況だった。
まさかとは思うがこれは夢か何かで――いや、敵は高度な幻術を操り、我々に絶望的な幻を見せる事で心を折ろうとしているのではないか? そんな疑問が浮かんだが、マドハヴァのありとあらゆる感覚がこれは現実だと無情に告げていた。 同時にこの白夜の塔の終わりもまた近い。
回廊の奥から何かがこちらに向かってくる気配がするのだ。
それに合わせ、白夜の塔の精鋭たちが巨大な魔法陣を展開し、最大の一撃を放つ準備をしていた。
顔を出した瞬間に叩き込めるようにと皆、魔力を高める。
そして黒い何かが世界回廊の向こうに見えた瞬間、攻撃は放たれた。
――七詩聖・障碍を打ち砕き万物を調伏する者
大陸一つは焼き払えるであろう白夜の塔の全ての戦士の力を結集した最大の一撃だ。
文字通り、雷速の一撃はありとあらゆるものを焼き払うだろう。
「――は、はは」
マドハヴァの口から乾いた笑いがこぼれる。
彼らの最大の攻撃が齎した結果を見ればもう笑うしかなかった。
大陸すら焼き払える一撃は現れた存在に傷一つつけるどころか、大きく開けた口に飲み込まれて終わっただけだったからだ。 死力を尽くした一撃はあっさりと喰われて終わった。
そしてそれを成した存在はゆっくりと地面に降り立つ。
マドハヴァにはそれが何なのか理解できなかった。 巨大すぎて見上げても全容が分からず、全身が装甲のような外皮で覆われている事と生き物である事だけは辛うじて分かったが分かった所でそれがどうしたという話だ。 その威容と放つ膨大という言葉ですら括れない圧力を受けてコスモロギア=ゼネラリスで最も精強と自負する白夜の塔の者達の大半が心を圧し折られた。
特に非戦闘員は全てその場で跪き、神に祈るように頭を垂れる。
それに倣うように戦士達も許しを請うように地面に額を付け、必死に慈悲を乞うていた。
いつの間にかマドハヴァの近くに居たアーシュリアですら泣きながら平伏している。
現れただけでこれだ。 もはや戦う戦わないの次元ではない。
目をつけられた時点でこの世界の終わりは約束されていたのだ。
マドハヴァは呆然と膝を折る。 だが――
「皆! 目を覚ませ! 戦うのだ! 戦士としての誇りはどうした!?」
一部の戦士が震える心と体に鞭を打って立ち上がる。
武器を手に取り滅びに抗わんと全身に力を込めた。 確かに勝てないかもしれない。
だが、意地を通し、誇りを守るのだ。 そんな強い意志に突き動かされた戦士達は巨大な怪物に挑もうとして――即死した。
マドハヴァには何が起こったのかよく分からなかったが、戦意を漲らせた数百の戦士が一瞬で骨も残さずに分解された事だけは理解できた。
恐らくは何らかの手段で魔力に分解して喰らったのだ。 意識しての事か敵意に反応しただけなのかは不明だが、もはや歯向かう事すら馬鹿らしい。 彼らの覚悟は立派だったが、それだけではこの圧倒的な現実を覆す事は不可能だ。 気が付けばマドハヴァも地面に平伏し、必死に祈っていた。
――どうか我らをお助けください。 どうかご慈悲をと。
どれだけの時間が経過しただろうか? しばらくの間、何も起こらなかったが頭を上げる者はいない。
彼らは本能的に理解していたのだ。 頭を上げれば死ぬと。
そして状況に変化が起こった。 巨大な何かとは別の存在が現れたからだ。
「代表の方は面を上げてこちらに」
女性の声だった。 マドハヴァは恐怖を押し殺し、恐る恐る頭を上げる。
そこには――
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