1368 「毒孕」
双極の塔。
雷と風、雲と雨で満ちた世界に棲息する生物はドラゴンと呼称される生き物達で、蛇のような長大な体躯の個体を龍、それ以外は竜と呼称されており、巨大な体躯で寿命も長く、内包する魔力も桁外れだ。
コスモロギア=ゼネラリスで最も強靭な生物は何かと問われると誰もが双極の塔のドラゴンと答えるだろう。 個体によって様々だが口から吐き出す適性のある属性の魔力を収束させた息はあらゆる物を薙ぎ払い、異世界間戦争で多大な貢献をしてきた。
特に航空戦力という括りでは無敵と言っていいだろう。
それはこれまでの戦績が保証しており、ドラゴンこそ最強の生物だと彼等自身もそう信じている。
圧倒的な強者としての自負があるからこそ、彼らは巫女の言葉を信じてはいたがどうにでもなると思っており、一部の個体は強者と戦えると威勢の良い事まで考えていた。
世界回廊が繋がり、ここに来ると分かるや否や気の早い者達は即座に群がり嬉々として攻撃を開始。
元々、不吉な者、コスモロギア=ゼネラリスに害をなす者として認識されており、先行して送り込んだ者達を皆殺しにしたであろう者達なので、様子見は不要。 攻撃が可能となった瞬間、彼等は口腔内に魔力を充填し各々が自慢とするブレス攻撃を繰り出す。
様々な魔力を纏ったブレスというよりは光線に近いそれは混ざり合って虹のような光を放ちながら世界回廊へと殺到する。 吸い込まれた虹色の光は内包した魔力を破壊力に変換し、世界回廊内部でその威力を遺憾なく発揮した。 地上で放ったのなら地形が変わるほどの一撃だったが、彼等からすれば挨拶代わりのようなものだ。 そもそもこの程度で終わるとは思っていないのでさっさとかかって来いと言わんばかりに敵からの反応を待つ。
彼らの考えを証明するかのように世界回廊の向こうから多数の魔力反応がある。
――敵が来る。
回廊を通り抜けそれが起こった。
最初に彼らが感じたのは風。 生温いそれは魔力を孕んでいたが、勢いもないそれは彼らの強靭な肉体には何の影響も与えない。
――はずだった。
最初に起こった変化は激的で世界回廊に最も近い位置にいた個体が犠牲になった。
頑丈な鱗を持つ外皮が毒々しい色へと変色し、ボロボロと剥がれ落ち爛れた肉が剝き出しとなる。
苦しみの声を上げ、その個体は飛行すらできなくなり墜落。 雲の中へと消えていく。
その光景に危機感を覚えた個体は次々と追撃を放つが、手応えを感じずに吸い込まれるだけに終わり、時間経過と共に次々と全身を爛れさせて墜落していった。
一部の個体が全身に魔力を纏う事で症状を無効化できる事に気付き、それを実行。
被害は止まったが世界回廊からの反応はない。
ここにきて初めて彼らは相手に対して、異様さ――不気味さと言い換えてもいい感情を抱いていた。
恐ろしいとは感じていないと思っているが、気持ちが悪いと感じている。
自覚はしていないが、それは理解できないものに対する恐れに近かった。
しばらくの時間が経過した後、それらがゆっくりと姿を現す。
外見は人型で背中には六枚の羽根。 全身鎧のような姿は人工的な印象を受ける。
双極の塔の者達が真っ先に似ていると感じたのは天動の塔の者達だ。
姿ではなく、身に纏う気配。 天使、またはそれに類する存在だと判断した。
彼らの認識は正しい。 この双極の塔に現れた存在はオラトリアムによって生み出された天使だ。
名称はラファエル=サルファマスタード。
とある手段を用いて生み出された人造天使だ。
能力は風を操る事ではあるのだが、それは凄まじい猛毒を孕んだ毒ガスでそれを風に乗せてばら撒くという恐ろしい存在だった。 ラファエル=サルファマスタードは風を発生させ、毒々しい色合いの嵐を発生させる。 猛毒を孕んだそれは魔力による守りすら突破し、次々と双極の塔の大気を汚染していく。
ラファエル=サルファマスタードはそこに居るだけで瞬く間に周囲を生物が生存できない環境に作り替えてしまった。 その事態を目の当たりにし、ようやく双極の塔の者達の間に明確な危機感が芽生える。 焼き払わんとブレス攻撃を繰り返すが毒ガスの嵐はいかなる効果を発揮したのか、その全てを巨大な渦へと飲み込んでいく。 次々と墜落していくドラゴンを無機質に見つめながらラファエル=サルファマスタードの羽根が明滅するように輝きを放つ。
それが合図だったのか、世界回廊から似た形状の個体が次々と現れる。
ラファエル=サルファマスタードとの違いは羽の数が四枚。 形状もやや簡略化されている。
これはラファエル=サルファマスタードの下位個体で、名称はドミニオン=イペリット。
見た目通りの下位互換で能力も同様だ。
大量に現れたドミニオン=イペリット達も毒ガスを垂れ流し、風を操って嵐を起こす。
最初に生み出された嵐と混ざり更に巨大にしていく。 瞬く間にもはや嵐と形容するのが正しいのかというほど巨大な規模になった渦は大陸すら容易く飲み込むだろう。 双極の塔の者達は当然ながら抗った。
この世界を支配し、高い知性と魔力を誇る自分達こそがこのコスモロギア=ゼネラリスにおける生態系の頂点なのだ。 そんな自分達が負ける事などあり得ない。 あってはならない。
そんな高いプライドが彼等から撤退の二文字を奪い去り、無謀ともいえる突撃へと駆り立てる。
だが、猛毒を孕んだ嵐は彼らの抵抗を嘲笑い。 驚くほど簡単にその命を奪い去っていく。
最強を自負する双極の塔の者達は殺虫剤を浴びた虫のように無慈悲にそしてあっさりと命を奪われて墜落していった。 彼らの命を奪った天使達は無感動に嵐を起こし続け、この双極の塔から生存領域を奪う作業を継続する。 これはもはや戦いではなく作業。 害虫の駆除作業だった。
「――よし、サルファマスタードは問題ないな」
場所は変わって世界回廊の向こう。 とある施設の一室。
大量の本や魔法陣が描かれた巻物が散らばったそこで一人の女がそう呟く。
ぼさぼさの髪は風呂に入っていないのか薄汚れており、椅子の上に体育座りで目を閉じていた。
彼女の名はベレンガリア。 この天使達を生み出した者である。
目を閉じているのはリンクしているラファエル=サルファマスタードから情報を受け取っているので視覚が集中の妨げになるからだ。
それにより天使達が上げた戦果を確認していた。 結果は上々、生物としてはかなり上等な部類に入るドラゴンにここまで通用するなら大抵の相手は確殺できるだろう。
誤字報告いつもありがとうございます。
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