1362 「回答」
「そうか。 ならばその役目に殉じるがいい」
ニコラスの言葉はヴァルトロメオからすれば非常に分かり易い物だった。
何故なら彼らの在り方はこの天動の塔に存在する合理性と非常に似通っているからだ。
役目に生き、役目に殉ずる。 彼らは世界の意志に従い動く歯車として戦っているのだ。
ならば対話は不可能。 どちらも世界の道具として潰し合う未来だけしか残っていない。
「『Ποςερ ςιτηοθτ ξθστιψε ις ιμπεαψηεδ, σο ξθστιψε ανδ ποςερ μθστ βε ψομβινεδ』」
瞬間、ヴァルトロメオの体が輝き、大量の魔力が集まっていく。
これは『権能』と呼ばれる力で一部の者だけがこの世界のみで扱えるある種の特権に近い。 世界から直接魔力を汲み上げる事で能力を大幅に底上げする事ができるが過度の使用は身を滅ぼす。 限度を超えた力は加減を誤ると自らの体を滅ぼす諸刃の剣だからだ。
ニコラスは構わず、サイコウォードの胸部装甲を展開。 砲を発射。
魔力を収束させた闇色の光線はヴァルトロメオを即座に蒸発させるはずだったが光線は縦に切り裂かれ彼を避けるように飛んでいく。 それを成したのは何処からともなく現れ、いつの間にか彼の手に収まっていた剣。 薄く透明な膜のような刃を持つ見方によっては頼りない印象を与えるが内包する力は非常に強い。
『Ανσςερερ』
回答の剣とも呼ばれるこの世界に存在する神器とも呼べる武器だ。
切断という概念を突き詰めた薄い刃はあらゆる物の結合を分断する。
それは魔力ですらも例外ではなく、彼に向けて放たれた光線もこの剣によって両断されたのだ。
この剣の前にはあらゆる存在が提示された両断という回答の前に屈する事となる。
ヴァルトロメオは剣を振るう。 魔力によって刃の長さは自由自在なので、いくら距離があろうとも狙った相手を過たずに切断する事ができる。
膜のような形状をしているので振るえば非常に見え辛く、気が付いた時には相手は切断されている。
それがこのΑνσςερερと対峙した相手の末路だ。
――が、サイコウォードは斬撃の軌跡が見えているのかその巨体からは想像もつかないほどの機敏な動きで回避しつつ下腹部の装甲を展開。 発射口が開眼し無数のミサイルが発射される。
ヴァルトロメオは小賢しいとΑνσςερερを振るうが、何の冗談かミサイルまでもが斬撃を回避。 攻撃の隙間を縫うようにヴァルトロメオへ肉薄する。
ならばと斬撃の回転を上げて躱す隙間をなくせばいい。
回避経路を潰すような軌跡で放たれた斬撃は全てのミサイルを切り刻み爆散させる。
青黒い奇妙な色をした煙が戦場の空に汚濁のように広がった。
「――!?」
ヴァルトロメオは咄嗟に高度を落とすと煙を貫くように飛んできた光線を躱す。
ミサイルを迎撃して僅かに気が緩んだ所を狙われたようだ。
サイコウォードはその巨体と放つ魔力量が尋常ではないのでどこに居ても大雑把な位置は分かる。
ミサイルを切り刻んだようにサイコウォードも同じ姿にしてやると煙越しに斬撃を放つが斬撃が煙を通り抜けずに霧散。 どういう事だといった思考は即座に氷解する。
煙に魔力を分解する性質があるようだ。 それにより斬撃を無効化された。
サイコウォードの光線は煙越しに撃てて居た点からも完全に無効化するのではなく減衰させるのだろう。 ならば束ねた斬撃で煙ごと――
即座に戦い方を組み立てたヴァルトロメオだったが、不意に背後から衝撃。
「――が!?」
感触から電撃の類。 いつの間にと振り返ると回転する円盤が空間から滲み出るように複数現れる。
バチバチと放電している点からも攻撃を放ったのはあれと見て間違いない。
迷彩能力。 この距離で攻撃されるまで気が付かない事にヴァルトロメオは戦慄したが、この程度の損傷ならまだ戦闘は続行可能だ。 まだまだ戦えるとΑνσςερερを振るおうとしたのだが、ある事に気が付いた。
落下しているのだ。 姿勢を制御しようとするが魔力が操作できない。
馬鹿なと手元を見るとΑνσςερερが構成を維持できずに砕け散る。
――まさか今ので――
魔力の使用を一時的に不可能にする兵器。
効果は僅かで徐々に体の反応が戻ってきている。
時間にして僅か数秒だが、この状況での数秒の行動不能は命取りに等しい。
ヴァルトロメオは何とかΑνσςερερを再構成しようとしたが、その時にはサイコウォードの巨体は目の前で手に持つハルバードが振り下ろされていた。
完全に無防備となったヴァルトロメオにはそれを防ぐ術はなく両断され。 今際に何かを残す事も出来ずにその長き生に終わりを告げた。
『権能』を扱えるのはヴァルトロメオだけではなく、一部の強力な個体も扱う事が可能で彼らを前面に押し出す事で戦況は膠着できてはいたのだが、それが勘違いだったと気づかされるまでそう時間はかからなかった。 敵の放つ不可視の波動は次々と魔力現象を打ち消し、彼らの能力だけでなく生命維持まで脅かす。
その結果、天動の塔での戦いはもはや戦いの体裁を取っているだけの一方的な狩りへと変貌した。
既に侵入してきた個体を回収して一通りの解析は済んでいるので巫女以外は鹵獲する必要なしと判断されたのでオラトリアムの機動兵器群は情け容赦なく、天使達を蹂躙する。
その様子を天動の巫女であるナターリアは呆然と眺めるしかできなかった。
この未来はぼんやりとだが見えてはいたのだ。 だが、分かっていたからと言ってどうすればよかったのだろうか? 彼女には分からなかった。
どうすればこの破滅的な未来を回避できたのか?
どうすればこれまで続いてきた平和な日常を守れたのか?
それともこれは今までに数多の世界を滅ぼしてきた自分達に対する罰とでも言うのだろうか?
こんな酷い光景に辿り着く為に自分達はこれまで歩いてきたのか?
ナターリアの疑問は止まらないがそれに対する明確な解は存在しない。
同時に彼女にできる事もまた存在しない。 何故ならもう結果は出ており、破滅の未来は現実のものとなってしまったのだから。
未来を見通す彼女でも確定した現実を変える事は出来ない。
終わりを理解しつつ、認めたくない。
そんな思考と疑問を抱えながらも彼女は捕縛されるまで呆然としていた。
誤字報告いつもありがとうございます。
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