1358 「五宝」
守護騎士に代々伝わり、最高峰の騎士のみ扱う事とが可能とされる『五宝剣』と呼称される剣技がある。
ペッレルヴォが使用した『俗界正義の剣』、『慈悲の剣』もその一つだ。 この地平の塔が今の状態になる遥かな昔から繰り返してきた異世界間戦争を重ねるという戦いの歴史の果てに生まれた最強の剣技。 一つ扱えるだけで一目置かれるほどに習得難度の高い技だ。
世界と繋がり、魔力を汲み上げる事で剣技の枠には収まらない破壊力を叩きだすのだが、それを実行できる者は非常に少ない。 習得には厳しい修業が必要だが、白夜の塔がその手の技術に精通しているので見込み有りと判断された者は修業に出る事で早期の習得を目指す。 若き日のペッレルヴォもそうして厳しい修業の果てに今の力を身に着けたのだ。
威力は絶大でまともに入ればどんな敵でも一撃で仕留められる。
文字通り必殺の一撃だが、相応のリスクも存在した。 まずは発動が遅い。
ハリシャのような技量が上の相手ではその隙を作るだけでも難しい。
装備品による補助はあるが、数秒間無防備になるのは非常に危険だ。
まずは隙を作る事。 そして当てられる状況。 この二つの条件を満たさなければどうにもならない。
ペッレルヴォの渾身の突きはハリシャの頬を掠めるかといった際どい所で躱される。
何とか回避が間に合ったのではなく、引き付けてから躱しているのだ。
この時点で技量差は明らかで返しの斬撃は躱せずに剣で受けなければならない。
大抵の物は何の抵抗もなく容易く断ち切る魔力剣が金属音を立てて跳ね返される。
自らの愛剣を一瞥すると刃が僅かに欠けていた。
切断するどころが逆に破損しているのだ。 普通の武器ではない。
魔力のようなもので形成された刀のはずだが、鋳造された魔力剣を上回っている時点で武器の差も明らかだ。 そもそもハリシャは腰に佩いている本来の武器を使っていない。
恐らくペッレルヴォを侮っているが故の慢心から来る行いだろう。
彼はそれを屈辱とは思わない。 相手が格上で油断してくれているのだと前向きに捉え、これは好機で付け入る隙になると認識していたからだ。 折角、油断してくれているので遠慮なくそこに付け込ませてもらう。 彼にも騎士としての矜持はあるが、それ以上に筆頭守護騎士としての責務は重要だ。
この一戦にはコスモロギア=ゼネラリスの未来がかかっている以上、個人のこだわりは捨てて勝利にだけ執着する。 それにハリシャを首尾よく仕留めてもまだ残りの二人が控えているのだ。
特にロヴィーサは王城に向かったので早く対処しなければ危険だった。 その為、こんな所で躓いてはいられない。
――速やかに仕留め、残りを排除する。
あの三人はこの場の指揮官だ。 倒せば統制を失う可能性は高い。
後に控える敵はいるが出し惜しみしている場合ではないので、彼の全力を以ってこれに当たる。
放つのは最大の一撃。 五宝剣最大の破壊力を誇るそれは当たれば必ず仕留められるだろう。
「何かを狙っていますね?」
――不意にハリシャが見透かしたかのように薄く笑みを浮かべてそう尋ねてきた。
思考を見透かされた事でペッレルヴォは僅かに動揺したが表には出さない。
ハリシャは構わず小さく後ろに飛んで距離を取ると手に持った刀を消滅させる。
「その様子だと何か切り札をお持ちのようだ。 どうです? 力比べと参りませんか?」
そう言って僅かに姿勢を低くして腰の刀に手をかける。
「見た所、王城が気になるようですね。 ここで私を斬れればそのまま次に行けますよ?」
何もかもを見透かされた提案にペッレルヴォの本能が危険だと警鐘を鳴らす。
これは不味い。 だが、力比べといった以上は正面からの打ち合いを相手は希望している。
暗に躱す気はないと言っているようなものだ。 ならば行けるのではないか?
…………。
ペッレルヴォは僅かな時間、目を閉じ――開いた。
元より時間のない状況。 打開する為には乗るしかない。
「いいだろう。 我が最強の一撃の前に斃れるがいい」
「それは素晴らしい。 是非ともその一撃をお見せください」
準備の時間をくれるというなら遠慮なくやってやる。
ペッレルヴォは持っていた短剣を二本、自分の左右に来るように地面に突き刺す。
すると魔法陣が二つ刺さった個所を中心に現れる。 それを両足で一つずつ踏む。
魔力が大地から自分の体に流れ込んでくるのを感じる。
愛剣を大上段に構えた。 彼の周囲に光が満ち、その頭上に光輝く巨大な無数の剣が出現。
――『真・聖界正義の剣』。
二つの魔法陣を用い、完全に溜めた状態で放つそれは守護騎士の扱う剣技の中では最大の破壊力を誇る。
ペッレルヴォの放てる最大の一撃だ。 魔力で編まれ膨大なエネルギーを内包した無数の光の巨剣は接触した全てを焼き尽くし、その悉くを浄化する。
「おぉ、素晴らしい。 長年の研鑽を感じます」
ハリシャは感心したかのようにペッレルヴォの頭上に広がる光の巨剣を眺める。
ペッレルヴォは構わず、技が成立したと同時に振り下ろした。
光の尾を引きながら斬撃の軌跡を描く光の剣には幻想的な美しさすら感じるだろう。
「こんな素晴らしい物を見せて頂いたお礼です。 私も全力で応じるとしましょう」
ハリシャは苦笑しながらまだ使いこなせていませんがまぁいいでしょうと不吉な事を呟くと腰の刀を構える。 これまでとは違い、明らかに集中している事が分かった。 同時に周囲を取り囲むようにさっきまで彼女が振るっていた闇の刀が無数に現れ、地に突き刺さり巨大な魔法陣のようなものが発生。
さっきまで余裕を崩さなかった彼女だったがこの時だけは表情を引き締める。
「いざ、我が斬撃の極致をご覧あれ」
足元の魔法陣を踏みつける。
その様子にペッレルヴォは嫌な予感を覚えたが、もうこちらの攻撃が当たるまで一秒もない。
行ける。 殺せる。 そんな確信は――
「<文殊師利菩薩及諸仙所説吉凶時日善悪宿曜経>」
――次の瞬間に彼の命と共に消し飛んだ。
ペッレヴォが最期に見た物は視界一面に広がる血のような赤だった。 攻撃範囲にいた者はその命を失い、範囲外にいた者達ですら何が起こったのか理解できなかっただろう。 それほどまでにこの瞬間に起こった出来事は彼らの理解を越えていた。
「な!? い、いったい何が……」
それを目撃したランヴァルドもその一人であまりの光景に開いた口が塞がらなかった。
この状況をどう解釈しろというのだ? そもそもこれは一個の存在に起こせる事象なのか……。
彼らが見た物それは――
誤字報告いつもありがとうございます。
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