1353 「尊厳」
――他者を同列に見ている事に他ならない。
それも遥かな高みから。 要は見下しているのだ。
ペッレルヴォはその姿を見た瞬間に確信した。 こいつらこそが敵の首魁だと。
三人の内、中央に居て明らかに立場が一番上であろう錫杖を持った女が前に出る。
「初めまして。 コスモロギア=ゼネラリスの皆様。 私は世界回廊の向こう側、オラトリアムから参りました。 オラトリアム教団大教皇、サブリナ・ライラ・ベル・キャスタネーダと申します」
サブリナと名乗った女はお見知りおきをと小さく頭を下げる。
本音を言えば尊厳を踏みにじり、死者を愚弄するような者達と会話などしたくはないが、周囲の敵は完全に動きを止めている。 一息入れるなら今だろう。
それに今は少しでも情報が欲しい。
感情を飲み込み、冷静にそう判断したペッレルヴォは部下を下がらせて前に出る。
「私はコスモロギア=ゼネラリス六界巨塔、地平の塔筆頭守護騎士ペッレルヴォ・ピレ・シュルヴェステル。 この戦場で指揮を執っている者だ!」
正確には全体指揮は王であるランヴァルドが執っているのだが、馬鹿正直に教えてやる必要はない。
「問いたい。 何故、お前たちは我らの同胞を傷つけ、尊厳を踏み躙るような真似をする?」
理由を尋ねたところで納得などできようはずもないが、時間を稼ぐ意味でも話を続けるべきと考えたペッレルヴォは会話の主導権を握る為にも話を切り出したのだ。
サブリナは心底不思議そうに首を傾げ、隣の黒髪の女はやや呆れた表情を浮かべ、オッドアイの美女は愉快と言わんばかりに笑う。 その反応に神経を逆撫でされたペッレルヴォはやや語調を強める。
「貴様らは戦闘の意志を持たなかった同胞を一方的に襲い、怪物に作り替えた! そちらの世界ではそれが来訪者への対応という訳か!?」
答えろとペッレルヴォは続ける。 アルヴァーやギュードゥルンが狂った怪物に作り替えられた事への怒りはある。 だが、平然と嘘を混ぜている点からも彼は比較的、冷静ではあった。
「あっはっは、戦闘の意志を持たなかった? こやつぬけぬけとほざきよるわ。 どいつもこいつもやる気満々じゃったぞ? あれで戦うつもりはありませんとは何の冗談じゃ?」
「この状況で平然と嘘をついている時点で中々に大物なのでは?」
笑うオッドアイに呆れた様子を崩さない黒髪。
二人の反応に対してサブリナは特に何も言わない。 ただ、僅かに目を細めただけだ。
それだけでペッレルヴォは全身から冷たい汗が噴き出すのを感じる。
左右の二人も底が全く見えないが、このサブリナという女は特に得体が知れなかった。
斬りかかって仕留められるヴィジョンが全く見えない。 長年、地平の塔の守護騎士として剣を振るってきたペッレルヴォですら技量を正確に測る事が難しい相手だった。
「ペッレルヴォ殿は先ほどから随分と不思議な事を仰いますね?」
「――何?」
サブリナの反応が理解できずにペッレルヴォは反射的にそう返すが、表情から本気で何かに対して疑問を感じているように見える。 少なくともサブリナとペッレルヴォの間には大きな隔たりがある事だけは確かだ。
「彼らは私達の理念に賛同し、自ら進んでこの戦いに参加しています。 御覧なさい、彼らの表情を。 誰も彼もが我らの神の御心に触れ、歓喜の涙を流した後、嬉々として参戦しましたよ?」
ペッレルヴォは周囲をぐるりと見まわす。 異形と化しているが元の面影を残す者達が一定数存在しており、その表情を視れば確かに歓喜に包まれているようにみえる。
何故なら誰も彼もが心の底から嬉しいと言わんばかりの笑顔だからだ。
――見えるだけでこれまでに起こった背景を考えればそうですかと納得は不可能だが。
「ふざけるな! 貴様らが何かをしたのだろうが!! 我ら守護騎士は称号を与えられた瞬間からこのコスモロギア=ゼネラリスと地平の塔に身命を捧げると誓った者達。 我欲に支配されて信念を曲げるような軟弱者はおらん!」
そう言い切るとサブリナはわざとらしい動きでふらりとバランスを崩し、オッドアイが彼女を支える。
「あぁ、なんて酷い。 元とは言え同胞に軟弱者とは何という物言い。 皆さんが尊敬する筆頭守護騎士殿の物言いに慟哭しております」
彼女の言葉に異形と化した者達ははらはらと落涙し、酷い、そんなと口々に嘆きを零す。
その様子に黒髪は呆れ、オッドアイは笑いを堪えていた。
盛大な茶番だ。 その様子を見てからかわれているとはっきりと認識したペッレルヴォは怒りに表情を赤黒く染める。
「それにしてもこの状況を見て軟弱者が居ないとはおぬし笑いを取ろうとしておるのか? こ奴らほぼ全員、即落ちじゃったぞ? 守護騎士の矜持? 笑わせよるわ」
「軟弱かはさておき、戦闘中に逃げようとするのはいただけませんね。 楽しくなってきているところに水を差すのは良くないと思います」
オッドアイは小馬鹿にするようにそう呟き、黒髪は何処かズレた意見を口にする。
明らかに馬鹿にされている。 ペッレルヴォはそう感じていたが、情報を引き出すという目的を果たせていないので斬りかかりたい衝動を抑えつつどうにか会話を続けようと考えを巡らせた。
――おかしい。
その違和感に最初に気が付いたのは総指揮を執っているランヴァルドだった。
前線を俯瞰できる位置で、常に情報も入ってきている状態なので何が起こっているか正確に把握している。 現在、サブリナと名乗る敵の首魁がペッレルヴォとあまり中身のない会話をしていた。
少しでも情報が欲しいペッレルヴォの意図には気が付いていたが、それに律義に付き合うサブリナの意図が不明だ。 あの戦力であるなら充分以上に勝算があるので、意味のない会話など早々に切り上げて攻めの手を緩めなければいい。 少なくともランヴァルドならそうする。
それをしない事にランヴァルドは違和感を感じていた。
何か目的があるのか? それともあんな狂った軍勢を率いている者だ。
単に自分達に理解できない何かがあるのか? 後者であるならこのままでも何の問題もないがそうでなかった場合、放置は不味い。 ランヴァルドは必死に考えを巡らせる。
この状況で会話に付き合う理由で真っ先に思い浮かぶのは時間稼ぎだ。
ならば時間を稼ぐ理由は? ここは奴らにとって敵地である以上、時間は味方となりえない。
――狙いはなんだ?
誤字報告いつもありがとうございます。
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