1349 「出挫」
現状、敵の姿を認めていない状況では何とも言えないが、未来を見通せばこの詳細すらわからない危機を脱する一助となるだろう。 そう考え、アンヌッカは必死に未来に目を凝らす。
いくら見ても輪郭がはっきりせず詳細が読み取れないが彼女は極限の集中を以って強引に像を結ぼうとする。
頭痛が酷い。 元々、魔力の消耗が激しい未来視を振り絞るような形で行使しているのだ。
彼女にかかっている負荷は普段とは比べ物にならない。 それでも彼女は集中を切らさない。
自身の肩にこのコスモロギア=ゼネラリスの未来がかかっている。 そう考えると自身に妥協は一切許されない。
――あと少し、あと少しで――
徐々に像を結ぶ未来。
行けると確かな手応えを感じてアンヌッカは壁を突破するような感覚と共に未来を視た。
――視てしまった。
その瞬間、アンヌッカは悟る。 未来が見えなかった理由を。
確度の高い未来であるなら簡単に視えるはずだ。 だから、これは何らかの手段で妨害されている。
彼女はそう考えていたのだが、それは半分は正解だった。 確かに妨害はあったのだ。
問題は妨害――未来を見通す事を妨げていたのは彼女自身だった。
これは彼女自身が意図して行った事ではなく、彼女の本能とも呼べる部分が自己を守る為の無意識の防衛行動だったのだ。 何故ならこの情報を直視してしまうと彼女の精神では耐えられないと理解していたからだ。
自己防衛の殻を破り、直近に発生する未来の全てを見通した彼女は確かに有用な情報を得たといえるだろう。 だが、その悍ましいという言葉ですら括れない狂った光景に耐え抜く精神力があればだが。
それを持ち合わせておらず、何の覚悟もない状態で不意打ちのようにそれを直視した彼女は――悲鳴を上げた。
巫女の変調に周囲は即座に反応し、アンヌッカを落ち着かせようと声をかけ、術の行使を止めさせるが見てはいけないものを見てしまった彼女はその場で倒れ、ビクビクと痙攣を繰り返すと口の端から泡を吹く。
「み、巫女様! お気を確かに!」
「アンヌッカ! 何があったというのだ!?」
すぐに情報を得られるようにと近くで控えていたランヴァルドが怒鳴るが、補助をしていただけの者達には彼女が何を見たのかを知る術はなく困惑するしかできず、王の言葉にもわかりませんとしか言えずにいた。 埒が明かないと判断したランヴァルドは倒れているアンヌッカを抱き起こし、彼女の様子を見るが明らかに普通ではない。
目は開いているので意識自体はあるのかもしれないが、限界まで見開かれた瞳がさまようようにぎょろぎょろと蠢く。 下顎は小刻みに動き、それに合わせて唇の端から泡がこぼれる。
「えぇい! しっかりせよ。 何があった――いや、何を視たというのだ!?」
アンヌッカは応えずにビクビクと痙攣を繰り返す。
これはどうにもならないと判断したランヴァルドは彼女の額に手を翳すと小さく魔法の輝きが灯る。
それを視たアンヌッカの体から力が抜けて意識を失った。 同時に何か液体が流れる音と彼女の服に広がっていく染み。 どうやら失禁したようだ。
ランヴァルドの服にもかかったが彼は特に気にせず、部下にアンヌッカを任せてその場を後にした。
これで未来視は期待できない。 つまり敵の情報が一切ない状態で臨む必要がある。
敵の妨害だったのか、それとも彼女が正気を失うほどに恐ろしい何かが未来で起こったのか。
どちらにせよ碌でもない事が起こる事だけは確かだ。
ランヴァルドが城のテラスから世界回廊へ視線を向けると変化が起こった。
何かが回廊を通って出現しようとしているのだ。 地平の塔は広大な大地と無数の浮島によって構成される世界だ。 浮島、大陸ともに文明は浸透しており、戦禍に晒されれば街に被害が出る事は避けられない。
それを防ぐ為に世界回廊の直下に無人の浮島を移動させてそこを戦場とする事としたのだ。
事前に用意できたのは何度も異世界間戦争を経験してきたコスモロギア=ゼネラリスならではだろう。
仮に浮島に来ずに航空戦力で他を狙うなら伏せている対空戦力の出番だ。 転移も妨害する仕掛けも施しているので仮に強行したとしても転移先は戦場として用意した浮島の上となる。
観測要員も多数配置しているのでどんな些細な変化も見逃さない。
そして彼らは起こった変化を誰よりも早く察知して報告を上げる。
「敵、回廊内で転移の態勢に入りました。 恐らく出てくる直前に転移を使用して我々の出鼻を挫くつもりでしょう」
現場と共有しているのでその情報はランヴァルドの耳にも入った。
想定内の動きなので驚きはない。 それは前線も同様で、現れた瞬間に仕掛けるべく遠距離攻撃を可能とする者は魔力を高め、いつでも放てる態勢を整える。
――来た。
布陣した騎士達の前方に転移の輝き。
侵略者共にわざわざ、何かをさせる暇を与える必要はない。
「やれ」
ランヴァルドの短いが力の籠った命令に騎士や術士達は各々の持つ最大の攻撃を放った。
魔力によって飛ぶ斬撃、火球、氷塊、衝撃波、電撃、圧縮された水による刺突。
無数の攻撃は出現しようとしていた敵の軍勢に殺到。 出現と同時に命中し、爆発が起こる。
騎士や術士達は効果を確かめずに次々と追撃を放つ。
爆発、爆発、そして付随する轟音。 近くで聞いていれば聴覚に異常が出るであろう程の破壊と轟音が響き渡る。 本来なら効果を確かめてからの追撃がセオリーなのだが、敵の異様さは全員に共有されていたので下手に加減すると取り返しがつかなくなるのではないか?
そんな嫌な予感に襲われた彼らは一切の妥協なく殲滅する事を目的とした徹底した攻撃を叩きこんだ。
しばらくの間、攻撃は雨のように続き、次第に息切れした者が攻撃を放てなくなり密度が減っていく。
徐々に減っていきやがて攻撃が――止んだ。
「へ、これだけの攻撃だ。 流石にやっただろ」
「警戒を緩めるな。 死んでいないかもしれない。 すぐに動けるようにしておけよ」
騎士達はそんな事を言い合いながらも前方を注視。
軽口を叩く者が居はするが、統率自体はしっかり取られているので迂闊な行動を取るものは居ない。
爆煙が晴れ、敵軍の姿が徐々に見えてくる。 恐らくは無残な姿になっているはず。
――そんな彼らの予想はあっさりと裏切られた。
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