1347 「送失」
コスモロギア=ゼネラリスは開戦に備えて騒然としていたが、この日は特に慌ただしい。
その理由は避難する者達を送り出す手筈が整ったからだ。
地平の塔からは百万の者達がこの世界を離れる事となった。
もしも負けるのであればコスモロギア=ゼネラリスの意志を継ぐ新たな世界を育む事となるだろう。
仮に勝利を収めたとしても彼らの事は記録に残し、いつかの再会の時までしばしの別れとなる。
一応、名目上は異世界開拓団という事になっていた。 だから、送り出す者達も行く者達も表情に悲壮感はない。 あくまでこれは念の為に行う事なのだ。
コスモロギア=ゼネラリスは不敗でこれから現れる侵略者も大きな犠牲は払うだろうが、何の問題もなく撃退できるだろう。 彼らはそう固く信じている。
博は藍子と共にその様子をどこか他人事のように眺めていた。
自覚はあったのでまだ馴染み切っていないなと内心でそう考えており、藍子もまた同様だ。
現在、次元転移の最終確認中で飛ばす方向は定めているが、一団が一纏めに転移できるように調整を行っているとの事。 その間に彼らは別れを惜しむように抱き合ったり言葉を交わしたりしていた。
これに関しては他の塔と同期して行うのでタイミングを合わせる為といった側面もある。
転移する者の中には二人と多少なりとも親交のある者達も居たが、別れの挨拶はあっさりとしたものだった。 それに対して博は我ながら少し薄情だったかもしれないと思う。
ちらりと隣の藍子を見る。 博にとっては何よりも大事な女性で、自分の全てを賭けて守るべき存在だ。
彼にとって最も優先順位が高いのは彼女の安全。 それは揺るぎないものだ。
だから親友が異世界の侵攻に加わるといった話を聞いた時、一緒に行かない選択を即座に行った。
結果的にではあるがそれは正しい選択だったといえる。 本音を言えば未だに傑達が死んだ事に理解が追い付いていない。 ある日にまたなと別れ、しばらく経った後に死んだと聞かされたのだ。
遺体も何もない状態で死んだという情報だけ与えられただけで受け入れろというのは今の博には難しかった。 だからだろうか?
博の気持ちは未だにふわふわしていた。 これから大きな戦いが起こり、多数の死傷者が出る。
負けてしまえば博達の身も危ない。 頭では理解している。
だが、実際に見ていない以上、こうも考えてしまうのだ。
本当に?と。 本当は傑達は死んでいないんじゃないか?
本当に戦争が起こるのか? 本当に自分達は死ぬのか?
事態の深刻さは理解している。 藍子の為にも選択をしくじる訳には行かない。
だが、本物の戦闘、命の奪い合いの現場を見た事がない博にはどこかアニメやゲームといったフィクションを見ているような気持になってしまい頭の理解に気持ちが追い付かないのだ。
だから目の前で広がっている光景をどうしても他人事と捉えてしまう。
博は藍子にこの話をしようかと僅かに迷ったが、いたずらに不安にさせる必要もないと思い何も言えなかった。 博は自分を信じてくれる藍子の為に頑張らねばと思っているが、藍子は既にある種の諦めの境地に達しており、思考を放棄しているといえる。
彼女はこのコスモロギア=ゼネラリスに来た時点で博から離れる気がなかったので、何があっても彼に付いていこうと決めていた。
――というよりはもう彼女にはこの異郷の地で縋るものが他にないのだ。
仮に博が傑達についていくと言い出したのなら彼女も同行しただろう。
それはある種の依存に近いが、この状況に対して自らの心を守り、平静を維持する為に必要な事だと本能的に理解しているが故の行動と思考だった。
だから彼女は迷わない。 それは傍から見れば気丈とも取れるだろうが、思考を停止した結果だ。
博はそれに気づいていないが、少なくとも二人にとっては現状を維持する為に必要だった。
「……準備ができたみたいだな」
博がそう呟く。 見送りの者達が次々と離れていく姿が見えたからだ。
彼らを中心に魔法陣のようなものが広がり、魔力の高まりに比例して輝きが増していく。
取りあえずはこれで一区切り。 博は藍子にそろそろ行くかと声をかけようとして――
思わず眉を顰めた。 何故ならどこかの異世界に消えるはずの者達がその場に残っているからだ。
その場にいた全員が困惑の声を上げる。 そして口々に「何が起こっている?」と困惑を口にしていた。 明らかに想定外の事態だ。
博は事故か何かかとやはりどこか他人事のようにそう考えた。
「何が起こった!?」
ペッレルヴォは想定外の事態に思わず怒声を上げる。
転移に関してはこれまでに何千、何万と行ってきた事だ。
今更、失敗などする訳がない。 ならばこの状況は何なのだ?
考えられる事は一つしかない。 外部からの干渉により不成立となった事。
つまり妨害されたと解釈せざるを得ない。 誰が? 決まっている、これから戦う事になる世界だ。
「馬鹿な。 そんな事が可能なのか?」
思わずそう呟く。 だが、現状はそうとしか考えられないと告げている。
内部からの裏切りの可能性もあるが、この状況で裏切りを行う者が出るとは思えない。
つまり未だに接触していない状態でこのコスモロギア=ゼネラリスの様子を観測し、転移を妨害した。
それがこの状況に対するペッレルヴォの見解だ。
元々、転移技術に関しては敵の方が数段上を行っている事ははっきりしているが、彼の常識を大きく上回る事象に困惑は拭いきれない。
そしてそれが意味する事は非常に恐ろしい未来を彼に想像させた。
敵は一方的にこちらの状況を監視でき、干渉すら可能。 つまり一方的に戦力を送り付けられるのだ。
いや、戦力だけならまだいい。 彼らが行おうとした爆発物などを送りつけての攻撃も可能だろう。
そしてコスモロギア=ゼネラリスにはそれを防ぐ手段はない。
ペッレルヴォの脳裏には何の前触れもなくあちこちで発生する爆発と崩れ落ちる建物、墜落する大陸が浮かぶ。 守護騎士筆頭である彼からすれば守る事が出来ず、一方的に国土を蹂躙される未来はとてもではないが受け入れられない。
守護の名を冠する騎士が何一つ守れずに棒立ちになる。
想像するだけで屈辱感と無力感で頭がどうにかなりそうだった。
だからと言って現実を受け入れられないほど彼は盲目ではない。
このあり得る未来を皆に伝えて共有し、最悪の結末を回避するのだ。
「侵略者共め。 好きにはさせんぞ」
そう呟いて彼は踵を返した。
誤字報告いつもありがとうございます。
宣伝
パラダイム・パラサイト一~二巻発売中なので買って頂けると嬉しいです。




