1345 「天暗」
これから現れるであろう未知の敵を前にして結束を強める地平の塔に対し、天動の塔は沈黙に包まれていた。 最初に誰を送り込むかを決めた時と同じ状況ではあるが、天動の塔の者達は黙して語らない。
彼等はこの戦いが厳しいものになると悟っていたからだ。 何故なら彼等は自己を複製する事によりこの世界を運営している。 つまりは能力が平均化されているのだ。
そんな彼らが上位戦力として送り込んだ精鋭があっさりと全滅したという事は敵のスペックは自分達を大きく上回ると判断せざるを得ない。 もしかすると奇襲や罠の類を用いて勝利した可能性も有り得るが、それを加味してもラウレンティウスを筆頭とした戦闘に特化した強力な個体群が敗北した事は事実だ。
今回の一件で再度、敵地に戦力を送り込む事が出来なくなり、次はこのコスモロギア=ゼネラリス内部での戦闘となるだろう。 世界回廊が出現するのが何処かは現状不明だが、直接繋がった世界は文字通りの最前線となる。 天動の巫女であるナターリアは同胞に対して説明を行い、これからどうするのかを提案する義務があった。
「ナターリアよ。 未来は視えたのか?」
そう尋ねるのは彼女の傍らに立つこの天動の塔の代表であるヴァルトロメオだ。
普段は決定を他所に伝えるだけなのだが、今回ばかりはそうもいかないと判断したのか最初から同席していた。
「詳細は未だ分かりません。 ですが、かなり近い将来、この世界は闇に包まれる事となるでしょう」
「それは滅びと同義なのか?」
「分かりません。 私が視たヴィジョンはこのコスモロギア=ゼネラリスの全てが闇に飲み込まれ何も見えなくなる事だけです」
「我々は負けるというのか?」
「その可能性は充分にあるかと」
ナターリアは言い切りこそしなかったが、高確率で負けると思っていた。
天動の塔の者達は様々な最適化を行っており、思考も合理的で事実から導き出される最も高い可能性の未来を淡々と口にする。 少なくともナターリアにはこれほどまでに強烈な敗北を感じさせる未来は視た事がない。 過去の異世界間戦争でも危うい未来は何度も見てきたがここまで絶望的なものは記憶になかった。
「では、どうする? 降伏するのか? 侵略者相手に平伏し、頭を垂れろと?」
「それでこの世界の滅びを回避できるのであれば選択肢としては一考の余地はあるのかもしれませんが、恐らく敵には通用しないでしょう。 恐らくですが我々を既に敵と認識しています。 交戦は避けられません。 ですので、どう戦うかが重要となるでしょう」
つまりは何をどうしても戦いになるので、ナターリアは戦い方を考えた方がいいと言い切った。
「ふむ、とはいったものの敵の詳細が分からん以上、大まかな方針を決めるぐらいしかやる事がないな。 精々、ここが前線になれば戦力の出し惜しみを行わずに全力で叩く、他であったなら可能な限りの戦力を送り込んでこれに当たる」
ヴァルトロメオがそう纏めたが、本当に今の情報だけではそれぐらいの対策しか練れないので異論を唱える者はいなかった。 ナターリアを一瞥し、何かあるかと視線で尋ねるが彼女は首を振って否定。
それによりこの場はお開きとなった。
「――疑う訳ではないが本当に勝てないのか?」
静かになったと同時にヴァルトロメオがそう尋ねる。
その場にいた者達が引き上げ、その場にはヴァルトロメオとナターリアだけとなった。
ナターリアは小さく首を振る。
「少なくとも私から見れば勝ち目は薄い。 ですので、一部の者達を他の世界へ逃がす事を考えています。 そうすればこの天動の塔は潰えても意志を継ぐ者達が現れるかもしれません」
花が種子を飛ばすようにこの世界も次代に何かを託せばいい。 仮に負けなかったとしてもこの広大な総体宇宙のどこかに自分達に連なる世界が現れるかもしれない。 そして負けた場合、その脅威を他に伝え、警鐘とする事も出来る。 ヴァルトロメオはそれを聞いてそうかと目を細めた。
「ならばナターリアよ。 お前も行くといい」
「何を――」
「戦いとなれば巫女の出番はそう多くない。 それに他の塔からも避難する者が出るだろう。 その者達を導く巫女が一人ぐらいは居てもいい。 戦いであるならば我々だけでどうにでもなる。 次代の巫女はお前の一部からまた複製を生み出せばいい」
「ヴァルトロメオ……」
「我々は永遠を生きる存在。 時と縁があればまた出会う事もあるだろう」
ナターリアは生まれて初めて胸をざわつかせる何かを得た。
それがこの世界では発生させる事が難しい感情だという事に気づくのは少し後になってからだった。
地動の塔では全ての住民が殺戮の予感に打ち震えていた。
何故ならこれから敵が攻めてくるらしく、そいつらには何をしてもいいと代表であるヨチークに言われていたので早く来いと口腔をギチギチと鳴らして戦いの準備をしている。
その様子を見てヨチークは焦りに包まれていた。
住民たちには敵が来ると伝えてはいるが巫女の齎した予知については一切伝えていない。
理由として最も大きいものは目の前を蠢く蟲達にそれを理解できる知能が著しく欠けている事。
全ての個体がそうではないが、手間暇かけて説明してやる理由を見いだせなかった事も事実だった。
ヨチークという個体はこの地動の塔の住民の中では最上位に位置する高い知能を備えていた事もあって現状をかなり正確に捉えていた。 先遣隊の全滅。
突撃しか能のない地動の塔の者達だけが全滅したというのならそこまで気にはならなかった。
精々、ちょっと間引けたなといった程度の認識だ。 彼は他の塔との戦力差をよく理解している。
全体的な知性で劣るこの地動の塔は総合力でいうのならかなり下の部類に入る。
生物としての強度が勝っていたとしても世界としての格を決めるのは文明だ。
それを培う知性に欠けた者達に未来はない。 ヨチークはそれを強く理解していた。
だからこそ巫女から闇がこの世界を飲み込むと聞いて真っ先に思い浮かんだ可能性が「敗北」の二文字だ。 ヨチークは自分が最も賢いとは思っていないので、自分程度に思いつく事は他も思い至っていると考えていた。
それを踏まえた上で自分が取るべき賢い行動――立ち回りは何だろうか?
他と一緒に逃げる? それもいいだろう。
だが、今と同等の地位を維持できるのかは怪しい。 ならばどうするべきか?
ヨチークは未知なる脅威に対してどうする事が最善かをじっと考えていた。
誤字報告いつもありがとうございます。
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