1343 「選道」
後編開始。
よろしくお願いいたします。
とんでもない事になった。
戝前 博はついさっき聞かされた話を脳裏で反芻する。
彼は友人と共に日本からこの異世界――コスモロギア=ゼネラリスに転移して来た転移者だ。
帰る方法は存在しないので諦めて恋人である寳生 藍子と共にこの世界に骨を埋めよう。 そう決めて日々を生きていた。
幸いにもこの世界では異世界転移は珍しいがありふれた現象だったので、特に抵抗なく異分子である博達を受け入れてくれた。 その事に感謝しつつ、藍子や友人と日々を過ごしていたのだが――
ある日、とある事件が起こった。 このコスモロギア=ゼネラリスに新たな異世界が接近していると。
元々、コスモロギア=ゼネラリスは数多の異世界間接触や戦争を潜り抜けてこれほどの規模になった世界だ。 博は詳しくは知らなかったが、この世界には未来を予知する能力者が存在し「巫女」と呼ばれる者達が異世界の接近を感知しそれが危険か否かを判断するらしい。
今回、接近している異世界に関して、巫女達が出した結論は「危険」。
予知は確度の高い未来を教えてくれるが絶対ではない。 その為、コスモロギア=ゼネラリスは殲滅を視野に入れた偵察隊を編成。 コスモロギア=ゼネラリス全土から集められた三千万の大軍勢は滅ぼす事は叶わずとも橋頭保を築く事になるだろう。 その際に後方支援の人材を広く募集し、博の友人達はそれに参加。
未知なる異世界へと旅立ってしまった。 それが約半月前だ。
異世界間戦争は何度も経験しており、行ったところで見物だけで終わる。
友人はそんな気楽な様子で参加したのだが、流石に博はついていこうといった気持ちにはならなかった。
心霊スポットへ向かうのとは訳が違う。 向かう先は戦場で正真正銘の殺し合いが行われる場所だ。
そんな場所に遊び半分に向かう彼らの思考が理解できなかった。
いや、部分的には理解はしていたのだ。 特に傑は表には出していなかったが帰りたがっていた。
恐らくだが、暢にその辺りを見透かされて唆されたのだろうと察してはいたのだ。
本来なら止める場面だろうが、彼にとって一番大切なのは藍子なので友人に割ける余裕はなかった。
藍子は好奇心が旺盛ではあったが、誘ったのは自分だ。 だからこの世界に迷い込んだのも自分の所為だと思っているので、博は何を措いても藍子を守ると決めていた。
だから、傑達が異世界行きを決めた時も強くは止めるような真似をしなかったのだ。
それにこの世界の最強クラスの戦力を見ていた事もあって大丈夫なのではないかといった根拠のない考えもあって努めて気楽な態度で送り出した。 それを半月後の今日、後悔する事となったが。
彼の気分が落ち込んでいる理由でもあった。
送り込んだ者達が全滅し、コスモロギア=ゼネラリスはこれより戦時体制に入ると宣言されたからだ。
それは傑達が死んだ事を意味する。 死んだ? 傑が、暢が、影沢が?
あまりにもあっさりと告げられた現実を受け入れる事は難しかった。
そもそも死体も見ていない状況で死んだと言われて信じろというのもこの状況の現実感のなさの一因だ。 藍子も何と声をかけていいのか分からず、博の傍にいる事しかできなかった。
それでも現実は待ってはくれない。 自分達もどう動くのかを決めなければならなかった。
戦時体制に入る事で住民全てに三つの選択肢が与えられる。
一つ。 戦力とは期待されてはいないので後方支援要因として参戦。
魔導鉄騎には攻撃用の武装を積んだものもあるので動かせるなら戦力として参加する事も可能だ。
二つ。 戦闘終了まで避難する事。
こちらはコスモロギア=ゼネラリスが用意したシェルターに隠れてやり過ごすだけで特に何かをする必要はない。 結果が出るのを待つだけだ。
三つ。 これは非推奨の選択肢だが、この世界を捨てて別の世界へと避難する事。
戻る事は不可能なので完全にギャンブルだ。 ただ、迫りくる敵と接触しない可能性は最も高いとの事。 転移先は選べないが、纏めて送り込む事で同時に転移した者達でコミュニティを築き新天地でやり直す事ができるかもしれない。
大半は一か二を選んでいた。
状況的に三を選ぶものは非常に少なかったが、ゼロではなかったようだ。
コスモロギア=ゼネラリスでの生活を手放す事と同義のこの選択を選んだ者はこの戦いに負けると思っており、巻き込まれる前に逃げようと判断したことになる。
「い、いやぁ、まいっちゃったね。 これからどうしようか?」
話を聞いてしばらくの間、黙っていた藍子だったが流石に方針だけでも決めないと不味いと思いそう切り出した。 藍子は彼女なりに博を支えようとどうにか持ち前の明るさを絞り出す。
博はほんの一瞬だけ傑達が死んだんだぞと言いかけたが、震えている彼女の姿を見て思い直す。
「あぁ、取り合えず参戦はなしで、逃げるか隠れるかになるけど藍子はどう思う?」
「えっと、逃げるって事は別の世界に行く人に混ざるって事だよね」
「あぁ、ここより生活の水準は間違いなく落ちるだろうし、そもそも俺達が生きていけない環境だったら死ぬのを待つだけになるらしいからかなりのギャンブルになるって話だ」
この選択肢の最大のメリットは敵との戦闘に巻き込まれない事にある。
真っ先に逃げる事を選択した者達はそのまだ見ぬ敵に対して強い恐怖を抱いており、遭遇する事そのものを回避しようとしていた。 身分の低い者ばかりかとも思ったが、一部には騎士階級の者達も含まれている。 これに関してはこの世界では最高戦力である守護騎士であるギュードゥルン達が居たにもかかわらずあっさりと全滅したからだろうと思っていた。
実際に戦っている姿を見たわけではないので博には判断のつかない事ではあるが、周囲の守護騎士に対する反応を見れば一人で一軍に匹敵するとまで言われている実力者揃いの精鋭のようだ。
そんな守護騎士数十名があっさりと皆殺しにされた事を知って怖気づいてしまったのだろう。
そんな敵と関わりを持ちたくないと考える者が一定数いても不自然ではないのだろうと博は考えた。
メリットは敵との遭遇を回避する事。 デメリットは先も触れた通り転移先が生存可能な世界かどうかだ。 仮に生存可能だったとしても凶暴な先住民がいて戦闘になるかもしれない。
考えれば考えるほどに不確定な要素が多く、博が口にした通りかなりの博打になるだろう。
誤字報告いつもありがとうございます。
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