1334 「樹海」
魔導鉄騎が抜けた先は深い森の中だった。
「――っ!? いきなりかよ!」
傑は咄嗟に目の前に現れた巨木を躱す。
機体が樹の表面をガリガリと擦ったが、激突だけはどうにか回避できた。
「よし、何とか着地を――」
減速して降下しようとしていたが、機体からの反応に違和感がある。
何だと確認しようとすると内部で小さな爆発が起こった。
「おい、これヤバいんじゃないか!?」
せめて着地だけでもと傑は必死に魔導鉄騎を操作。
彼の操る機体は乗り手の意思に応え、何とか減速を行い半ば墜落するように着地した。
「大丈夫か?」
「俺は何とか」
「私も……」
三人は互いに無事を確認すると周囲を確認する。
明らかにさっきまでの平原と違い、巨大な木々が乱立する森だった。
「傑、魔導鉄騎はどうだ?」
「さっきからやってるが、反応がない。 ここに来るまで無茶したからな。 修理しないと駄目っぽい」
「……ここからは歩きで移動って事ね」
修理する技術も工具もないので、魔導鉄騎はここに捨てていくしかない。
傑達は荷物を持って歩き出す。 当てもないので適当に進む。
「何かさっきまでの平原と違ってちゃんと自然って感じだな」
「あぁ、川とかが近くにあるのか、空気もジメっとしてて湿度高そう」
暢はスマートフォンで周囲を撮影しながらそう応え、影沢は落ち着かないのかキョロキョロと周囲を見回す。 生のままの自然と言った様子のこの森は隠れるのに適している印象はあるが、何が生息しているのかも分からない以上、留まるのは危険と判断して移動する事にしたのだ。
逃げた事は拠点を襲撃した者達には伝わっているはずなので、そう言った意味でもあの場に留まるのは危険だった。 見渡す限り、木や草ばかり。
三人は適度に休憩を挟み、食料を消費しながら黙々と歩く。 魔導鉄騎を失った以上、徒歩でしか移動できないので思うように距離を稼げずに疲労ばかりが溜まって行く。
特に現代日本の生活に慣れ切っている三人に野宿はかなりの消耗を強いた。
一日程度ならどうにかなるだろうが、二日、三日と経過するとそうもいかない。
移動に伴い、食料などの消耗品は使い続けているので荷物は自然と軽くなっていくが、物資の消耗に比例して不安だけが募っていく。 最初こそ会話も多かったが、次第に余裕のなくなった三人から徐々に口を開く頻度も減って行き、気が付けば黙々と歩くだけになっていた。
「……なぁ、俺達って完全に遭難者って感じだな」
「まぁ、似たようなものだけど、救助に期待できない所を考えるとそれよりも酷いだろ」
数時間ぶりの会話がこれだ。
明確な目的地のない闇雲な移動は彼等自身の想像以上にその精神を蝕んでいた。
「つーか、木に登って遠く見てみないか?」
「お前、昨日にそれやろうとして落ちかけただろうが」
樹の表面は妙に滑るので素手で登るには向いておらず、仮に登れたとしても降りる時の事を考えると非常に危険だった。 万が一にも足が折れたりと移動に支障が出る状況になると命に関わる。
そんな理由で樹に登って周囲の状況を確認するといった手段は実行できなかった。
仮に登れたとしても移動する距離が変わる訳ではないので、怪我のリスクを負うぐらいなら黙々と歩いた方がマシと言った結論に至ったのだ。
疲労の蓄積によって一日に移動できる距離も短くなっている。 特に影沢の消耗が大きく、その表情からは憔悴の色が濃い。
――そろそろ何とかしないと不味い。
食料も残り僅か。 水に関しては川があちこちにあるので何とかなった。
飲めるかどうかは怪しかったが、拠点から持ち出した水筒――入れた液体を浄化して飲めるようにする機能を備えたアイテムがあるので問題はない。
ただ、食料に関してはどうにもならないので問題だった。
数日間移動して、食べられそうな木の実を付けている植物は見当たらない。
野イチゴとか分かり易いのがあればいいと思っていたが、そう都合よくはいかないようだ。
影沢は特に消耗が大きく、明らかに足取りは重かった。
呼吸も安定しておらず、外ではなくどこかの建物で休ませた方が良い。
持っている荷物は随分と軽くなってしまった。 食料を食べ尽くしてしまったので、自力で調達する必要がある。 この調子だともう二日もしない内に影沢が倒れかねない。
この森に落ちてから一週間。 食料もそうだが、気力の方が先に尽きそうだった。
定期的に無駄口を叩いていた暢もすっかり口数が減り、黙々と歩くだけになっている。
傑もこれは不味いと思っているが、打開する為の手段が思いつかない。
傑も努めて表には出さないようにしていたがいい加減に心が折れかけていた。
「――なぁ、俺達ってここで死ぬのかねぇ?」
「言うな」
楽観主義の暢も命の危険を感じているのかそんな弱音を吐きだした。
止めろと窘めるが、本音を言えば同意見で、傑も死を意識せざるをないと思っていたのだが――
「ねぇ。 風の感じが変わってない?」
――不意に聞えた影沢の言葉に傑ははっとした表情を浮かべる。
確かにこれまではあまり感じなかった風を体に感じた。 これはまさか出口か?
同じ結論に至った暢が走り出す。
「おい、待てって」
「出られれば何かあるかもしれないだろ! 確認しないと!」
とにかくこの状況をどうにかしたいと思っている傑は疲労を感じさせない速さで前へ前へと進んでいく。 傑は上手く動けない影沢に気を使いつつその後を追う。 何度も転びそうになりながら進むと風景に変化が訪れた。
森を抜けたのだ。 そこに広がっていたのは――一面の畑とその先に広がる長閑な村の風景だった。 石造りの素朴な造りの家が点在しており、煙突からは煙が昇っている。 人の気配はないが、微かに料理であろう匂いが風に乗ってきた。
畑では色とりどりの果物が大量に実を付けている。 畑と形容したのは規則性を持って植えられているからだ。 どう見ても誰かが意図的に配置したのは明らかで、人の手が入っている事を示していた。
林檎、葡萄、蜜柑と明らかに食べられそうな果物がこれでもかと並んでいるのを見て暢が真っ先に飛びつく。 林檎を乱暴に引き千切るとそのまま齧りついた。
「う、美味ぇ、今まで食った林檎の中で一番美味い!」
「おい、暢! 勝手に食うのは不味い! 止めとけって!」
何の躊躇もなく勝手に齧りついた暢に不味いと傑が留めるが構わずにバリバリと音を立てて齧る。
傑も手を伸ばしたい衝動に駆られたが、真っ先に浮かんだのは恐怖だった。
拠点を襲った連中が育てている果物だ。 勝手に入っただけであの苛烈な歓迎を受けた事を踏まえると盗みなんてやったら何をされるか分からない。
傑の制止も虚しく、暢は貪るように果物を次々と口にしていた。
誤字報告いつもありがとうございます。
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