1330 「敵襲」
急な敵襲に傑は暢と合流して、避難しようとしていた。
訓練では魔導鉄騎に乗って拠点から離れるか、騎士が詰めている場所へ向かうかのどちらかだ。
傑達はかなりの数の騎士が出撃したのを見て、急いで魔導鉄騎の所へと向かう。
「野次馬もいいけど、騎士の所に行った方が良いんじゃないか?」
「そう言うなよ。 敵ってのがどんなのか気になるだろ?」
魔導鉄騎に乗ろうと言い出したのは暢だ。
ギュードゥルン達が戦っている所とこの世界の住民の姿を見たいと言い出したので、傑がそれに渋々ながら同意した形になっていた。 傑の他にも魔導鉄騎に乗って空中で待機する事を選んだ者が次々と空へと上がって行く。 傑が跨ると暢が後ろに座って傑にしがみ付いた。
「お前、自分で運転しろよ」
「俺、高い所苦手なの知ってるだろ? 下手に動かすとビビッてミスっちまうから運転よろしく」
「あぁ、はいはい」
傑はやや呆れながらも魔導鉄騎を操縦して急上昇。 拠点の上からギュードゥルン達の様子を眺める。
「敵っぽいのいねぇな」
「いや、あれじゃね?」
暢が指差した先を見ると確かにギュードゥルン達と対峙するように人影がぽつんと一つ見えた。
距離があるのではっきりとは見えないが、普通の人間に見える。
「……何か普通だな」
「つーか何で一人? 普通、仲間引き連れて来るもんじゃねぇのか? ってかここからじゃ良く見えねぇよ傑、もうちょい近寄れないか?」
「下手に近寄って何か問題が起こったら責任取れねぇし我慢しろ」
「でもよぉ、もうちょっとどうにか――お、動きがありそうだな」
暢の言う通り、ギュードゥルンらしい人影が何やら叫んでいた。
それに対し、相手は特に動きはない。 恐らくここからでは確認できない程度の薄いリアクションしか取っていないからだろう。 暢はどうにか確認しようとスマートフォンのカメラ機能を使用し、最大望遠で様子を確認しようとしていた。
「おい、落とすなよ? 拾いに行かないからな」
「分かってるってちゃんとストラップ付けてるから落としても問題ねぇよ。 お、見えた見えた。 おー、すんげぇ美人」
暢が見てみろよとスマートフォンを傑の目の前に持って来る。
画面には位の高い聖職者が身に着けていそうな服を身に纏った美女が映っていた。
暢の好みに合致したのか「お近づきになりたい」と呟いている。
「お前、ああいう感じが好みなのか?」
「おう、何つーか母性っつーか、甘えさせてくれそうな感じがあるるっつーか……」
「あぁ、そうかよ。 ――何か肩から高そうな布を引っかけてるし、どっかの偉いさんかね?」
「分からん。 ただ、ギュードゥルン達の反応から友好的な相手ではなさそうだ」
謎の美女に対してギュードゥルン達は今すぐにでも武器を抜こうとしているようだった。
「随分と剣呑な感じだけど何を喋ってるんだ?」
「さぁな。 言っとくが近づかないからな」
そうしている内に状況に変化が起こる。
美女の背後に唐突に大量の人間が現れたからだ。 瞬きの間に出現したのか、見ていたのに気が付いたら現れていた。
「――は? いきなり――あぁ、違う転移だ。 何か雲行きが怪しくなってきたな。 暢、少し離れ――暢?」
「なぁ、あの美人の後ろにいる連中って周囲の探索に言った面子じゃね?」
「何?」
傑が聞き返すと暢が見ろとスマートフォンを目の前に持って来る。
画面に映っているのは確かに地平の塔の騎士達だ。 顔には見覚えはないが、装備は共通なので見間違えようがない。 転移が使えなくなっているはずなのにあの連中はどうやって現れたんだといった疑問は新たに噴出した疑問に上書きされ、思考が固まる。
――ヤバい。
真っ先に浮かんだワードはそれだった。
この光景は傑にはホラー映画などでよくある、謎のクリーチャーが出現して人が大量に死ぬシーンの前振りに見えたからだ。
そして彼の想像はこれ以上ない程に正しかった。 傑の視線の先――スマートフォンによって拡大された騎士の体がボコボコと波打つように形が崩れて異形の怪物へとその姿を変えていく。
本当に唐突に起こった変化に傑も暢も理解が追いつかない。
「はは、おいおいマジかよ」
暢はあまりにも現実感のない光景に渇いた笑いを漏らす。
同時にここからでも聞こえる咆哮を上げて怪物の群れはギュードゥルン達へと襲いかかった。
危険と判断した一部の魔導鉄騎が空中から支援しようと戦場へと飛んで行くが、戦闘技能など欠片も存在しない傑はその場にとどまる事しかできない。
「お、おい、どうするよ?」
暢の声は震えていた。 傑も応えたい所ではあったが、そんな余裕は全くない。
守護騎士は地平の塔の最高戦力、演習などでその力の凄まじさは見ていたが、怪物の群れ相手にはその圧倒的な力があまり通用していないように見える。
騎士の一人が振るう輝く半透明な魔力剣が怪物を両断するが、他の怪物に喰らいつかれて即死。
騎士と怪物の壮絶な潰し合いだ。 両者とも見る見るうちに数を減らしている。
外の異常を察知して他の騎士達が出撃し、参戦していく。 それにより戦況はやや優勢と言った所だろうか。 騎士達は遠目で見てもよく戦っており、守護騎士の活躍は特にはっきりと分かった。
中でもギュードゥルンの動きは凄まじく、巨大な光の剣を振り回して怪物を文字通り薙ぎ払っている。
素人の傑にも分かる程、凄まじい動きだったが同時に危ういと感じていた。
何故なら彼女は敵陣を切り裂いて突破しようとする動きをしていたからだ。
恐らく怪物の後ろで控えているあの美女を狙っているのだろう。
明らかに騎士達を怪物に変えて嗾けたのはあの女なのだ。 真っ先に狙いたくなる気持ちは何となくだが理解はできた。
「なぁ、ギュードゥルン、ちょっとヤバくないか?」
「ヤバいと思う」
事実、彼女の背中を守っている副官のテレーシアが下がるように促している姿が見える。
当のギュードゥルンは聞こえていないのか、表情を怒りに染めてひたすらに魔力剣を振り回していた。
唐突に始まった状況に対しての混乱が収まった傑はぼんやりとだが、これは逃げた方が良いのではないか思い、魔導鉄騎を降下させる。
「おい、傑?」
「降りたら食料とか使えそうな物をかき集めろ」
「お前はどうするんだよ?」
「俺は影沢さんを探して連れて来る。 頼んだからな!」
地上に降りた傑は返事も聞かずに駆け出した。
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