1324 「大河」
「まぁ、愚痴ってもしょうがないし、さっさと片付けよっか」
アスピザルは小さく溜息を吐いて、彼等の存在に気付き向かって来る地動の塔の者達を一瞥する。
圧倒的な物量による突進は黒い津波のようにも見えた。
自然災害のようなそれに対してアスピザルは特に感慨を浮かべずに視線だけを向ける。 今の彼はもうこの程度の事では恐怖どころか焦りすら感じる事ができなくなってしまっていた。
アスピザルは踵で地面をタップするように二回ほど打ち付ける。
一度目で巨大な魔法陣が足元に展開し、二度目で輝きが増す。
「私は撃ち漏らしを片付けるわ」
「ないと思うけど、もしも残ったらよろしく」
魔法陣はこの世界から凄まじい量の魔力を吸い上げていく。
それに比例して放つ輝きの色が変わる。
桃色から濃い茶色、黒く染まった後、深紅へと色を変化させた。 これは世界から組み上げた魔力が彼の体内を経由した事で属性が付与された事を意味する。
そしてアスピザルはおもむろに手を突き出す。 力のない動作ではあるが、纏う力は桁外れだ。
「――『浄化の知霊』」
地動の塔の者達が感じたのはふわりと吹く風だった。
そしてそれが最期の感覚で、次の瞬間には真っ赤な炎に焼き尽くされて跡形もなく消え去ったからだ。
彼等の強固な外殻は熱や冷気、あらゆるものに対して非常に高い耐性を有している。
だからこそ彼等はその頑強さを活かした突進を得意としているのだ。
だが、アスピザルの一撃はそれをあざ笑うかのように彼等の守りをないもののように容易く突破し、彼ら自身を跡形もなく焼き尽くしたのだ。 地動の塔から派遣された戦力五百万、その全てがたった一つの生存も許されず、彼等は自分達に何が起こったのかを認識する間もなく全滅する事となった。
「どう? 撃ち漏らしはいた?」
「流石ね。 一匹も残ってないわ」
焦土と化した大地には彼等の居た痕跡は欠片も見当たらない。
夜ノ森も当然の結果と認識していたので、特に驚きはなかった。
アスピザルは特に消耗した様子もなく、肩を竦めて見せる。
「まぁ、オラトリアムの中で溜めの時間を貰えている状態だったからね。 ここだと力を引っ張る際のハードルが殆どないからあの程度の相手だと億居ても楽勝だよ」
うーんと伸びをするアスピザルは夜ノ森に帰ろうかと一声かけ、彼女が頷いた後に転移。
彼等が去った後、残されたのは焼き尽くされた無人の大地だけだった。
瞑想する一団があった。
浅黒い肌に独特な民族衣装を身に纏った彼等は何もない平原に座り込んで黙し、何かを待つように目を閉じている。 彼等――白夜の塔の者達は待っていたのだ。
状況に変化が起こる事を。 代表としてこの地に足を踏み入れた戦士ルーホッラーは一目見ただけで、この平原が牢獄である事を見抜いた。 彼等は超常の力を操れはするが、自らにできる事とできない事を正しく認識しているので余計な事をせずにただただ待っていたのだ。
中でもルーホッラーは誰よりもこの状況の危険性を理解していた。
巫女達が危険視する理由にも納得する。 確かにこの世界は放置しておくことは危険極まりない。
彼等は他と違い、大地の声を聞き、世界から力を借りる事で様々な現象を引き起こせる。
概念的には魔法とそう変わらないが、引き出す大本が世界なので信じられない規模の威力を叩きだせるのだ。 だが、彼等はそれを誇る事も誇示する事もない。
何故なら借り物であると理解しているからだ。 自然と延いては世界と共生する事こそが彼等の理念。
その為、彼等が異邦の地を訪れた時に行うのは世界との対話だ。
対話と言っても言葉を交わす訳ではない。 大地に意識を向け、魔力の流れとも呼べる源泉に接触し、力を引き出せるのかを確かめているのだ。
世界が違えば河の流れも異なる。 その流れを完全に掴んでしまえば彼等は無双の力を発揮する事が可能となるのだ。 ルーホッラーは中でも流れを掴む術に長けており、いち早くこの世界の力の流れ――彼等は大河と呼ぶそれへの接触に成功していた。
――おぉ……。
ルーホッラーは声には出さなかったが内心で感嘆の息を漏らす。
素晴らしい。 魔力の流れが太く広い。 数多の世界を見て来たルーホッラーでもここまで力強く、芳醇な流れは見た事がなかった。 叶うならずっとここで座っていたいぐらいに心地よい力の奔流だ。
いつまでもこの大きな流れに身を任せて居れば何でもできるといった万能感すら得られそうだった。
だが、彼は内心で首を振る。 これは良くない衝動だと感じていたからだ。
確かに大きな力に依存する事は圧倒的な安心感を与えてくれるだろう。 何より楽なのだ。
だが、彼ら白夜の塔の理念は世界との共生だ。 共存と言い換えてもいい。
流れに身を任せる事は世界に依存する事を意味するので、それは堕落とも言える。
白夜の塔の戦士としてそれは許容できないルーホッラーは甘い、甘すぎる誘惑を振り切って意識を世界から自らの内面と周囲へと移す。
変化はない。 穏やかな気温、穏やかな風、彼の感覚が掴んだ情報の全てが危険はないと訴えているが、彼の理性は強い警鐘を鳴らす。 世界と繋がったルーホッラーだからこそ分かる危険性だ。
大河の流れを見れば世界の形をある程度ではあるが、把握する事ができる。
白夜の塔ではそうやって世界を見守る者が数多く存在するので変化があれば即座に察知し、危険であれば周囲にそれを伝えていた。 その為、外界からの異変に最も早く反応できるのは彼らなのだ。
ルーホッラーが観測できたのはこの空間は円環を描いている――つまりはループしている事。
一定の距離を進めば元の場所へと戻されるのを早い段階で悟ったからこそ彼等は動かずに瞑想する事で、自己のコンディションを高い状態で保つ事を優先したのだ。
彼等は大地から活力を得る術を習得しているので、持久戦には非常に強い。
だからこそ彼等は待っているのだ。 何かが起こる事を。
こんな空間は作為がなければ存在する筈がない。 つまり何者かが意図してルーホッラー達をこの場に閉じ込めたのだ。 敵意があろうとなかろうと侵入者に対して何らかの対処は行うはずなので相手が動くのを待つ。 それが白夜の塔が選んだ選択だった。
――そして――
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