1322 「斬墜」
それは本当に僅かな時間に起こった事だった。
転移を警戒していたお陰で戦闘や状況判断に長けた者達は回避、または防御に成功したが、そうではなかった者達とこの戦場からの撤退に意識を傾け過ぎていた者達はそれに反応する事はできなかった。
レギオンの使用していた攻撃とは比べ物にならない威力と速さの攻撃が彼等を射抜いたのだ。
その光景に強靭な精神力を持つ、ラウレンティウスですら一瞬ではあるが呆然とした後、攻撃の飛んで来た方を睨むとそこには居たのは――無数の悍ましい何かだった。
十二枚の闇を凝縮したような羽が目を引くが、それ以上に本体の見た目も異様。
手足はなく胴体のみのデザインでレギオンと同様に装甲とも外殻ともとれる黒の硬質な表面に仮面のような顔が四つと額には巨大な眼球が生々しく蠢く。 そしてその周囲には無数の剣が浮遊しており、その全てが中心で割れており、魔力の残滓と思われる物を微かに漏らしていた。
間違いなく今しがた放たれた攻撃の発生源だろう。 数は少なく三千ほどだが、サイズが桁違いだ。
全てが百メートル近くの巨体を誇り、放つ魔力も同様に桁外れ。
これが敵の本当の主力かと絶望的な気持ちにはなるが、それ以上にラウレンティウスの目を引く存在が居た。
異形の者達を背にしている一際目立つ存在から目を放せない。
形状だけなら他よりはまともではあった。 上半身は人型に近く、背から四本腕が生えているので合計六本の腕に全身鎧のような硬質なデザインはレギオンとも共通している。
下半身は百足のような線虫に近いものでゆらゆらと僅かにくねらせていた。
サイズは他の半分程度しかないにもかかわらず放つ剣呑さは倍以上だ。
――あれは自分が相手をしなければならない。
ラウレンティウスは根拠なくそう確信し、味方の犠牲を最小限に抑える為に彼は自らを鼓舞する雄叫びを上げて敵の指揮官と思われる存在へと突撃を敢行した。
体内に存在する魔力の大半を吐き出し、推進力に変換して開いていた距離を瞬く間に埋める。
牽制の攻撃は無意味と判断し、爪の一撃に全てを懸けて天動の塔でも屈指の実力者であるラウレンティウスの剛腕は振るわれ――空を切った。
消えた、もしくは何らかの手段で防いだのではなく、躱されたのだ。
それも完全に軌道を見切った上の回避。 ラウレンティウスですらすり抜けたと錯覚する程の動き。
それが最期だった。
ラウレンティウスが次の行動に入る前にその体は両断され、何が起こったのかすら理解できずにその生涯に幕を閉じる。 縦に両断されたラウレンティウスだったものが力を失って墜落する様を天動の塔の者達は呆然と眺める事しかできなかった。
――呆気ない。
仕留めた相手に対してニコラスが抱いた感想だった。
ここまでの戦いで敵の戦力水準は凡そ把握できたので負ける事はないと思っていたが、一番強そうな熊のような個体が一撃で終わったのは少々拍子抜けと言わざるを得ない。
こうなってしまうと最初から全力で叩き潰した方が早かったのではないかと思ってしまうが、他に経験を積ませる事とレギオンⅤの貴重な実戦データ収集の場なので可能な限り引き延ばせと言うのが上の指示だった。 オラトリアムでは記憶のバックアップが可能なので、撃墜されても何の問題もない。
特にこの世界の内部であるなら死ぬ直前までの記憶を保持した上で復元が可能なので、彼等は死を一切恐れないのだ。 ただ、文字通りの死線を何度も彷徨って生き残ってきたニコラスからすれば、死んでも問題ないといったスタンスはあまり褒められたものではないと思っていた。
確かに死んでも問題がないのは気持ちに余裕を持たせる事ができるが、同時に慢心をも生む。
特に若い世代にはそれが顕著に現れていた。 操縦技能に関しては充分に実戦に耐える水準に達してはいるが、土壇場での判断に悪影響が出る。 簡単に言うと諦めが早くなるのだ。
どうせ撃墜されても後で復活するからいいかとあっさりと諦める。
その為、死中に活を求めるといった概念が廃れていた。 生か死かの際でこそ真価が試されるのではないか? 少なくともタウミエルとそれに続く強大な敵との戦いで彼はそれを強く実感した。
別に死ねと言っている訳ではないが、もう少し危機感を覚えられるような環境でないと成長に繋がらないのではないか? 特に今回の増援を投入する条件は損耗率が一定を越えるか、一定時間の経過。
後者であればニコラスとしては文句をつけるつもりはなかったが、今回に関しては前者での投入であったので良い顔はできなかった。 不甲斐ないとまでは思わない。
戦力差は約十倍と大きく開いており、個々の戦力で勝っていても数の差はそれを容易く覆す。
負ける事自体は仕方がないとは思っていたが、最善を尽くし、全力で事に当たったのかと尋ねられれば疑問符が付く。 終わった後、報告を求められるのでその際には一言添えるつもりであるが――
「すぐには難しい、か」
ニコラスは小さくそう呟いた。
次の獲物を屠ろうかとも考えたが、もう終わりかけているので手を出さない方が良いだろう。
戦場に意識を向けるとそこでは彼が引き連れて来た異形の機体達が生き残りを凄まじい勢いで磨り潰している所だ。
コヴェナントと呼称される機体の進化系である機体群は圧倒的ともいえる性能で敵を蹂躙していく。
一部の敵が転移を用いて逃げようとしていたが、上手く行っていない。
着眼点としては悪くなかったが、半数が脱落した攻撃によりタイミングを逃してしまっていたのだ。
怯まずに実行していれば幾人かはこの戦場から離脱できたのかもしれないが、仮にこの場から逃げたとしてもこの世界から逃れる事は不可能なので向かった先もまた地獄となるだろう。
下手な場所に転移して上の怒りを買えば更に酷い未来――楽に死ぬ事すら許されなくなる。
――俺には関係のない話か。
ニコラスは小さく息を吐いた頃には最後まで生き残っていた巨大なクジラのような個体が行動不能になるまで痛めつけられた後に捕縛されている姿が見えた。
どうやらもう終わりのようだ。 ニコラスはやはり自分に指揮官は向かないなと嘆息した。
どうにも後ろで控えているようなポジションでは余計な事ばかり考えてしまう。
僅かに生き残った個体が捕縛されて連れていかれる姿を見ながらニコラスは報告する内容を脳裏で纏め始めた。
誤字報告いつもありがとうございます。
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