1321 「遊終」
天動の塔の者達は物量に差があった事もあって比較的ではあるが優勢であった。
正体不明の戦力に対してよく対応できていると言えるが、個々の戦闘能力では上回られているといった自覚もあるので増援が送り込まれる前に叩いておきたいと若干ではあるが焦りが存在する。
この高い戦闘能力から彼等はレギオンをこの世界の上位戦力と認識しており、絶対の信頼を置いているからこそ自分達に嗾けたのだと認識していたのだ。
ならば早々に全滅させてしまえば敵の思惑を外し、大きな損害を与える事ができるだろう。
十倍以上の物量差があるにもかかわらず戦況はやや優勢。
そう、それだけの差があってようやく優勢なのだ。 これ以上、増えられると非常に不味い。
だからこのまま何事もなく決着を――
そんな彼等の願いは戦場の直上に出現した魔力反応、明らかに転移のものと思われるそれによって踏み躙られた。 最初に現れたレギオンとほぼ同数の機体が出現したのだ。
真上から飛び込んで来た敵の増援に戦況は一気に傾いた。
「おのれぇ!」
ラウレンティウスは敵を破壊しながらそう叫び、打開を図る為の術を必死に探る。
最初に現れた敵は半数以下まで減らしていたが、自分達の数も六割以下になっていた。
敵との物量差を考えれば割に合わないどころではない被害の差だ。
お陰で即座に崩壊とは行かないが、数が単純に一.五倍になった以上、嫌な単語が見えて来る。
それは全滅の二文字。 ラウレンティウスの見立てでは苦しいがまだどうにかできるレベルだ。
だが、続けて二回、三回、もしくは倍以上の数の増援が来れば詰む可能性が高い。
彼は戦士ではあるが指揮官の役割を担っている以上、根性論を振り翳す気はなかった。
冷静に戦況を見極め、どうなるのかを考えて手を打たねばならない。
荒々しい戦い方ではあるが、ラウレンティウスはまだ冷静だった。
自軍の戦力と敵の戦力、そして損耗具合で勝敗を見極めており、このままでは危険な事も理解はしていたが、どう打開すればいいのかはさっぱり分からない。
差し当たっては目の前の敵を屠る事ではあるが、このまま敵に主導権を渡したまま戦いを続けることは不味いとは分かっているのだ。 しかし、転移は封じられ、他との連絡が取れない孤立無援のこの状況をどう打開すればいいのだろうか?
「ラウレンティウス!」
彼の名を呼んで接近してくる味方が居た。 巨大なクジラのような姿をした個体だ。
「ディスマス!」
ディスマスと呼ばれたクジラは周囲に強固な障壁を展開し、敵の攻撃の多くを引き付けて受け止めていた。 味方は彼を盾にする事で多少ではあるが有利に立ち回る事ができている。
全長が百メートル近くもある巨体はちょっとした要塞のようだ。 その姿も無数の攻撃に晒された結果、あちこちに大きな傷が刻まれており、奮戦が窺える。
「無事で安心したぞ。 状況は分かっているな?」
「うむ。 だが、どうすればよいのか……」
ラウレンティウスは素直に打開策が浮かばない事を明かすが、ディスマスはそうでもなかったようだ。
「今しがた現れた敵の増援。 奴らは転移を用いていた。 つまり、出現している時ならば我等の転移も扱えるのではないか? 仮にできなかったとしても他の塔の者達へと連絡は取れるかもしれぬ」
「おぉ、その手があったか! 分かった。 では、次の敵が現れたと同時に転移を試すとしよう」
願わくばこれが状況を打開する一手にならん事を。
完全に手詰まりだったラウレンティウスは差し込んだ一筋の光とも言える案に即座に飛びついた。 同時に全軍に通達する。 敵の出現と同時に転移を実行し、失敗した場合は他の塔の者達へと連絡を取り、この状況を伝えよと。
終わりの見えない戦いよりも勝機や希望の見える戦いとではモチベーションに大きな差が出る。
突破口が見えた今、天動の塔の者達の士気は大きく向上し、その戦いにも更なる熱意が宿った。
気持ちが能力に影響を及ぼすのは人ならざる身の彼等も同じ事だったようで、彼等はその数を大きく減らしながらも敵を次々と撃墜していく。
付け加えるなら戦闘が始まって相応の時間が経過しているので、敵が未知から既知に変わろうとしている点も大きい。 徐々にだが押し込みつつあった。
――あー、クソ。 段々、敵の動きが良くなってきやがったな。
そう呟くのはレギオンⅤを駆るパイロットの一人だ。
元々、十倍以上の戦力にプラスして最初はレギオンしか使わないハンディキャップ戦なのでこの結果は仕方がないと言える。 この戦いは実戦データの収集と言った意味合いが強いので、わざと不利な条件で戦闘に突入したといった経緯があった。
――流石に舐め過ぎだったか。 俺としては第二陣で全滅させる方に賭けてたから帰った後の飲み代が減っちまうことが悲しくて仕方がねぇぜ。
同じ機体に搭乗している同僚の返しに内心で小さく肩を竦めた。
賭けの内容は第一陣から第三陣まで用意されている戦力のどれが敵を全滅させるかだ。
配当の倍率は高い順に敗北、第一陣、二陣、三陣と非常に分かり易い――と言うより、第三陣が現れた時点でもう遊びは終わりなので確実に敵を全滅させる戦力を揃えている。
つまり、第三陣に賭ける事が一番の安牌だったのだが、欲張るまたは参戦するので自信のあった者達は別に賭けていたと言う訳だ。
――つーか、隊長が出てきたらもう賭けもクソもねぇよ。
この戦場を預かるオラトリアム最高のパイロットであるニコラスの強さは疑いようがない。
専用の特殊機体を手足のように操り、これまで数え切れない程の敵を撃破して来た撃墜王だ。
彼を知らない者はスペシャルな機体を操っているから強いのではないかと言うかもしれない。
違うのだ。 彼は高性能な機体に乗っているから強いのではなく、強いから高性能な機体に乗る事を許されている。
――残念。 第三陣の到着時間だ。
――あー、来ちまったか……。
二人のパイロットは賭けが外れて残念と呟き、この戦いの終わりを悟った。
増援の数もかなり減らしたところで新たな魔力反応。
転移の兆候だ。 その変化を即座に掴んだラウレンティウスは全軍に通達する。
転移と通信を試みよと。 だが、その試みは失敗に終わった。
何故なら敵の出現と同時に味方の半数近くが脱落したからだ。
誤字報告いつもありがとうございます。
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