131 「自己」
少し増量。
真っ先に突っ込んで来たのはサベージだ。
見た目しか再現できていないようで「尻尾」も魔法も使ってこない。
間合いに入る前に左腕で首を噛み千切った。
頭部を失ったサベージは突っ込んで来た勢いのまま俺の横を通り過ぎていく。
次に突っ込んで来たのは2人組だ。
えっと、名前何だっけ?最初に配下にした聖殿騎士だったはず。
…思い出した。アレックスとディランだ。
左右から剣…かあれ?
何か甲殻か何かを加工したような武器で斬りかかって来た。
流石に白の鎧や剣は再現できなかったようだ。
…記憶にあるより動きが悪いな。
所詮は偽物か。
一応、最低限の連携は取れているようで、微妙にタイミングをずらしてきた。
ギリギリまで引き付けてから半歩下がって躱し、片方の頭を鷲掴みにして握り潰す。
掴んだままもう1人に投げつける。
重なるように倒れた所を纏めて踏みつけて潰す。
「シャァ!」
何か飛んで来たので、首を傾けてやり過ごす。
視線だけで確認すると円形の刃…あぁ、チャクラムだっけ?
投げたのは――懐かしいな、二等ゴブリン君じゃないか。
戻って来たチャクラムを捕まえて投げ返す。
軽い音がして、チャクラムは額に深々と突き刺さって崩れ落ちる。
脆すぎる。こんなに手応えがなかったっけ?まぁいいか。はい次。
氷柱が数本飛んでくる。
ファティマか。少し離れた所で杖を構えているのが見えた。
「おっと」
半歩下がると俺の首のあった所を短剣が通り過ぎる。
いつの間にか間合いに入っていたのはハイディだ。
彼女は無表情で両手で短剣を構えて更に斬りかかろうとするが、踏み込んで来るのに合わせて間合いを詰めて、首を掴んで持ち上げる。
そのまま首を圧し折って、ファティマが追加で撃ち込んで来た氷柱に突っ込んで盾にした。
ハイディの体に次々と氷柱が突き刺さる。
そのまま、ファティマを潰そうかとも思ったが、ダーザインの黒ローブ共が間に入った。
俺は氷柱で風通しが良くなったハイディの死体を投げつけて、左腕を振るう。
数人纏めて上下、二つに両断した。
上半身が複数、空中でクルクル回っているのが見えたが無視。
頭の片隅であぁ、偽物は爆散しないのかとどうでもいい事を考えた。
視線を下げると黒ローブ共の下半身の影から身を低くしたトラストが一気に踏み込んできて一閃。
狙いは首。またか。
首の辺りを硬質化させて斬撃を防ぐ。
斬撃が飛んでくるのに合わせて顔面に前蹴りを叩き込む。
そのまま足を放さずに体重をかけて蹴り抜き、トラストの頭を地面と足で挟んで潰す。
植物ゾンビ共があーあー言いながら掴み掛って来たが、もうお前らの対処法は見えてるんだよ。
<水球Ⅱ>+<吹雪Ⅲ>の合わせ技で、水をかけた後に氷漬けにした。
はい次――。
俺は舌打ちして、後ろに跳んで距離を取りながら<風盾Ⅲ>を展開。
同時に黄色い煙のような物が盾に当たる。
前を見ると、これまた懐かしい植竜が居た。
さっきのはブレス攻撃か。
洞窟内ならともかく、こんな開けた場所じゃあんまり怖くないぞ。
植竜は吼えながらこちらに突っ込みながら再びブレス攻撃。
俺は魔法を切り替える。
<竜巻Ⅱ>俺と植竜の間にやや大きめの竜巻が発生。
ブレスを巻き上げる。
いい感じに間合いが詰まった所で左腕を伸ばす。
百足は植竜の首に巻き付いて捻じ切る。
離れる前に百足は口を大きく開いて溶解液を吹きかけて離れた。
首のない植竜は煙を噴きながらグズグズに溶け落ちる。
次はと身構えようとした所で、全身に圧し掛かるような圧力がかかった。
<重圧>?
同時に上から剣を大きく振りかぶった――オールディアでふざけた事をしでかしたリックが斬りかかって来た。
タイミングを合わせていたのか正面から氷柱が飛んで来た。
しかも数が多い。しっかり詠唱したようだな。
俺は自分の少し前の空間に<重圧>リックは空中で重力に捕まり放物線を描かず、垂直に落下。
集中が切れたのか動けるようになったので地面を無様に這い蹲ったリックの頭を踏みつぶす。
飛んで来た氷柱も重力に捕まり俺には届かなかった。
地面に微かな振動。
…もう読めたわ。
体を全力で旋回させて背後に後ろ回し蹴り。
地中から俺を狙っていたデス・ワームに直撃してその巨躯を仰け反らせる。
装甲の一部が弾け飛んで宙に舞う。こいつも再現度が低い、脆すぎる。
剥き出しになった部分に<爆発Ⅱ>を至近距離で叩き込んでとどめを刺す。
「悪くない」
我ながら随分と動きのキレがいい。
攻撃手段の選択がスムーズだ。
これもアレと分離した影響か?
…で?その肝心のアレは何やってんの?
上を見ると飛行で飛びっぱなしのアレは上で高みの見物を決め込んでいる。
段々と数も減って来たな。
俺は一気に間合いを詰めてファティマを仕留める。
これで全部か?
俺は小さく息を吐く。
いくら何でも弱すぎる。
オリジナルの半分も力を再現できていないぞ。
その上、連携も甘い。
どちらかだけでも完全であるならもう少し苦戦したかもしれん。
アレは余裕のつもりかもしれんが顔が僅かに引きつっている。
必死に強がっては居るがどう見ても余裕を失って焦っているように見えるぞ?
よくよく見れば気配が薄くなっている。
…再生怪人を生み出すのは随分と消耗するようだな。
呆れて内心で溜息を吐く。
いくらなんでも舐めすぎだ。
質を量で圧倒しようと言う発想は悪くないが、肝心の圧倒できる量を用意できていない時点で戦術を切り替えるべきだろ。
頭が悪いにも程がある…いや――。
冷静に考えると、俺と言う人間は生前は確かにそう言う事を考える奴だった。
自分の信じたい物を妄信するおめでたい頭に、一度成功すると変に味を占めて同じ手段に固執する硬直思考。
状況判断能力も低く、自分の体を何の躊躇いも無く分割と言う悪手。
結果としての無駄な消耗。何をやっているんだこの馬鹿は?
ずっと俺を見ていたんじゃないのか?見た上で、参考にしてこれなのか?
…悲しいを通り越して絶望した。
これが俺?
俺だった者?
信じられない。いや、信じたくないのか?
冗談抜きで目を――――おや?
目の前に居るアレは確かに記憶にある俺だ。
なら……なら今考えている俺は何だ?
確かに記憶もある。
生前の悲哀も怒りも絶望もしっかりと刻まれているが……実感が薄い。
他の奪った記憶達と同じく色が抜けて落ちている。
「はは…」
笑みを零す。
考えればヒントは結構あったんだがな。
生前の自分の性格とは乖離した思考形態。
平然と人を殺せる倫理観。
人心を理解した上で共感できない社会性。
それを考えると、アレの行動も何となくだが腑に落ちる。
アレは偉そうにしているが俺が怖い――いや、人の形をした者を壊すのが怖いんだ。
あぁ、あぁ、そうかそうかそう言う事か。
理解が凄まじい勢いで進む。
自分の正体に。
――結局。俺は何物でもなかった訳だ。
そりゃあ欲求の類も薄いだろうよ。
欲望の源泉自体が借り物、見様見真似だ。
そりゃぁ薄い訳だ。
だが、すっきりもした。
俺はアレとは違うと言う事も感じて気分も良くなった。
アレの記憶に素晴らしい言葉がある。
我思う故に我在りだったか?
全てを疑わしく思ってもそう疑う自分自身には疑う余地はない。
なら、俺は今まで積み上げて来た俺自身と歩んで来た軌跡を信じればいい。
色々と気になる事はあるが、この事実を素直に喜ぼう。
さて、残るは目の前のゴミの消去か。
折角だ。色々と試してみよう。
「はっ!頑張るじゃねーか!だけどな、まだまだ出せるんだよ!」
アレは再び根の塊をばら撒いて再び再生怪人を作り出す。
再生怪人の作り方も大よその見当はついた。
この辺獄という地は恐らく魂のような物でできているのだろう。
要は普通の物体じゃない。
根拠はあのゾンビ共だ。
アイツ等を喰った時に記憶を抜けなかったのも当然だ、そもそもないのだから。
エネルギー効率がいい?
それも当然だ。魂とか言うエネルギーの塊なんだ。栄養価も高いだろうよ。
あいつらはこの世界の消化器官のような物で、俺達のように迷い込んだ異物を消化する為に湧いてきているんだ。
何故、人の形をしているのかは不明だが、手持ちの情報で腑に落ちる結論はこれだけだ。
アレはそれに気付いているのか居ないのか、特性に目を付けて根をばら撒く。
ばら撒かれた根は全力で周囲のエネルギーを吸収して体を構築。
後は、記憶から引っ張り出した姿と能力を適用して、再生怪人の出来上がりと言う訳だ。
…とは言っても割ける量にも限度があったようで、肝心の質は極端に低下したようだ。
まぁ、真似する気は欠片もないがな。
さて、目の前の連中を仕留めるとするか。
数に対しては圧倒的な個。人の形にこだわる必要はない。
無意識のブレーキは消え失せている。
必要に迫られなかった時、以外は頑なに人の形を保っていたのもアレの影響だろう。
人の形を逸脱する事の無意識の恐れだ。
…まぁ、ついさっきそれも消え失せたけどな。
まずは下半身の再構成。変化に伴い腰に巻いていたコートが外れる。
二本足は、昆虫を思わせるような多脚に。
左腕の百足は腰に移動。
体の表面は頑丈な甲殻。
上半身は人型を維持しつつ、効率良く敵を薙ぎ払えるようにやや大型化。
目は各種、悪魔由来の魔眼が合計6つ。
完成した体は控えめに言っても化け物だ。
全長は約5mといった所か。
充分だな。
後は使いながら最適化を続けよう。
「キモイんだよこの化け物が!やっちまえ!」
上でアレが喚き散らす。
文句があるなら降りて来いよ。
まぁいい。始めるとしよう。
腰の百足がギチギチと口元を鳴らしながら突っ込み、手近な敵を片端から足で斬り刻み、吐き出した溶解液で腐食させていく。
本体である俺もガチャガチャと高速で足を動かしながら荒野を駆け回り、すれ違った連中を腕で引き裂き、足で串刺し、魔眼で風化させ、魔法で焼きつぶし、おおよそ思いつく限りの攻撃手段を駆使して次々と血祭りにあげる。
ハイディやファティマの数が妙に多いのはあいつの趣味だろう。
どうせ偽物だし、殺す事にまったく抵抗がないな。
ははは。偽物はさっさと死ね。
潰した敵は焼くか風化させて徹底的に潰す。
一度、アレに汚染された肉や根なんぞ再度吸収しようと言う気は起こらない。
また、復活されても迷惑だ。
お前はここで跡形もなく消す。
雑魚がまた数体、飛びついてくる。
強引に動きを止める気か?無駄だが。
俺は上半身を360°回転させて斬り刻みながら振り払う。
自分の体を肉体と思うから動作に制限がかかるんだ。
なら、やりたい動きに追従する形で肉体を作り変えれば自然と効率のいい形になる。
ははは。
気が付けば雑魚は全滅。上を見るとアレが顔を引き攣らせている。
俺は多脚を屈伸して跳躍。
空中を蹴って更に跳躍。
「ひっ!」
腰の百足を伸ばして叩きつける。
空中で棒立ちのアレはまともに喰らって地面に落下。
地面に叩きつけられて数度、跳ねて転がる。
俺は更に空中を蹴って追撃。
それを見たアレは恐怖の表情を浮かべつつ、背を向けて走り出す。
「お、お前等!俺を守れ!」
アレは更に雑魚を生み出し、間に割り込ませるが、百足を振り回して薙ぎ払う。
まぁ、予想通り過ぎて驚きもしない展開だな。
雑魚の後ろで踏ん反り返ってた理由も察しが付くぞ?
お前の事はよーく知って居るからな。
首尾よく俺から体を奪うのに成功したのに気を良くして俺を始末しようとした。
ここまでは良い。
だが、アレに取っての唯一にして最大の誤算は痛覚が働いた事だ。
冷静に考えれば、完全に融合しているんだ。
痛みぐらいまともに感じても不思議じゃない。
今まで気にならなかったのは単に俺が不感症だっただけだ。
…予想外の痛みに腰が引けてしまったって事だろう?
後は分かりやすい。
痛いのが嫌だから配下を作って戦わせ、手を出してこなかったのは矛先が自分に向くのを恐れたと。
…お前、そんなんで良くあんな好き勝手言えたな。
えーと?
困ってる奴隷を買ってハーレムパーティー?
ははは。目が死んでる女なんて侍らせて何が楽しいんだ?
そもそもハーレムとか言ってる時点で自分本位だからな。
力を見せつけて権力?
ちょっと殴られたぐらいで逃げ出すメンタルで何をほざいてるんだ?
身の程を知れよ。
現代知識で領地発展?
お前、領地発展させるような知識持ってるの?
せめて学生レベルの教養を極めてから言えよ。
はっきり言ってゴミクズ呼ばわりしていた蜘蛛怪人の方が自分で動いてる分、よっぽど上等だったぞ。
と言うか、自分で自分をゴミクズ以下と言ってるような物だ。
馬鹿じゃないのか?
…終わってるな。
「ひっ!?く、来るんじゃねーよ!」
地面を這いつくばりながら逃げようとするが、百足を伸ばして押さえつける。
「おい!待てって!なぁ、俺が悪かった。元々は同じなんだ、これからは仲良くやろう。お前が勝ったから俺はそっちの指示に従う。な!悪くない話だろ?俺達は中身の差こそあれスペックは同じなんだ。役に立つ!だから、な?」
俺は手で顔を覆って天を仰ぐ。
どうしようもない。
「頼むからもう消えてくれ。見るに堪えない」
転倒した際に取り落としたらしいクラブ・モンスターを拾い上げて近づき、ゆっくりと持ち上げて――。
「なぁ!待てって!折角、異世界に来たんだ!楽しむぐらいいじゃないか!俺達には特別な力が――」
――振り下ろした。
砕け散った頭部が散らばる。
残った胴体はピクピクと痙攣し、再生しようと動いているが、その動きは弱々しい。
根の動きを制御できていない。どうやら本体を潰せたようだ。
残った胴体を魔法で処分し、雑魚の残骸も同様に処理。
自分の体内も徹底的に精査して奴の残滓が完全に消え去った事を確認して息を吐く。
何だかんだで長い事煩わされていた事だったが、終わってみると呆気ない。
消し飛ばした自分だった者の居た辺りをぼんやりと見つめる。
「……………はっ」
口から出たのは嘲笑だった。




