1318 「不殺」
ロヴィーサの力は凄まじく、騎士達は成す術もなく戦闘能力を喪失して地に倒れ伏せる。
ディックはその光景を呆然と眺める事しかできなかった。
本来であるなら動きから撃破の突破口を探るのだが、どうすればいいのか全く見えてこない。
分かり易く厄介なのは周囲を浮遊している剣だが、それを扱う彼女自身の技量も極めて高く手が付けられなかった。 そうこうしている内に前衛が全滅し、剣から放たれる光弾や光線の炎に焼かれて次々と後衛の術師が倒れて行く。 奇妙なのはロヴィーサは戦闘不能にはするが、殺しはしないのだ。
明らかに意図的に殺さないようにしている。 ディックはその事実に嫌なものを感じていた。
ロヴィーサを撃破する方法は思いつかないが、彼女が自分達を殺さない理由はいくつか想像できてしまう。
まずはコスモロギア=ゼネラリスの情報を得る事。 逆の立場なら間違いなく実行するのでこれは間違いないだろう。 だが、一人も殺さない点には疑問が残る。
情報を得る為なら十人も居れば充分だ。
――にもかかわらず、一人も殺さないのは何故だ?
蛮族の類であるなら何かの儀式に利用したりするのかもしれないが、ロヴィーサの衣装などを見れば高度な文明を保有している世界である事は間違いないので野蛮な事にはならないはずなのだが……。
彼の思考はもはや現実逃避に近かった。 展開されている障壁は黒い炎に侵食されて溶けるように焼け崩れる。
それにより防御や支援を担当している後衛にもロヴィーサの攻撃が届き始めていた。 一部ではあるが逃げ出す者もいたが、ロヴィーサはそれを一切許さずに次々と行動不能にする。
ディックが我に返った頃には二千五百近く居た騎士達は彼を残して全員が激痛に呻き、地に倒れていた。
何らかの魔法的な効果――呪いに近い物と判断して解呪を試みようとしている者もいたが、効果は出ていない。
「さーて、残りはおぬしだけとなったがどうする? 投降するなら痛い目には遭わずに済むぞ?」
ロヴィーサは棒立ちになって固まっているディックに近寄って来る。
二千五百人の部隊を全滅させておきながら、汗一つかいておらず寧ろ涼し気ですらあった。
「……我々はこれからどうなるのでしょうか?」
「ん? あぁ、何故殺されていないかが気になるのか? 大した理由ではない。 おぬし等には知っている事を洗いざらい吐き出して貰った後は――まぁ、状況次第じゃろう。 取りあえず、場所を移動するから少し眠っておれ」
ロヴィーサの手が霞んだと同時にディックの側頭部に衝撃。 自分に何が起こったのかを認識する間もなく彼の意識は闇に呑まれた。
翌朝。 傑はテントで目を覚ます。
異世界、それも敵地とされる土地で眠れないかもしれないと思っていたが、思っていたより自分は図太い人間だったのか、はたまた味方の頼もしさを知っているからだろうか?
とにかく傑は不眠に苦しめられる事もなく。 比較的、穏やかに夜を越える事が出来た。
テントから這い出て空を見上げると夜が明けたばかりなのかまだ夜の名残が残っている。
空気が澄んでいる所為か空は非常に美しかった。 コキコキと関節を鳴らして軽く体を捻って解す。
呼ばれていないので仕事の時間まではまだ少しあるだろうが、何があるかは分からないのでいつでも出られる準備をしておこうと動き出した。 差し当たっては食事かと傑は食料の配給所へと向かう。
朝食を受け取り、食事のスペースとして用意された場所にある簡易なテーブルと椅子が並べられたそこで傑は見知った顔を見つけた。
影沢だ。 どうしようかと一瞬、迷ったが知らない顔をするのも感じが悪いと考え、嫌そうにしているのなら離れればいいと思いそのまま近寄る。
「どうも、相席いいかな?」
「……どうぞ」
影沢はちらりと傑を一瞥すると好きにすればいいと頷いて見せた。
一応、許可は出たので向かいに座る。 少しの間は黙々と食事をしていたが、ややあって気になっていた質問をぶつける事にした。
「なぁ、聞いていいか?」
「何?」
「影沢さんはさ。 何でここに来たんだ? 別に文句があるとかじゃないんだ。 危険って話はされてただろ? それを理解した上でここまで来た理由が気になってさ。 別に言いたくないならいいんだけど……」
「そんなに深い理由がある訳じゃないわ。 ただ、別の世界を見てみたいって思っただけ」
「……それは他の塔へ行くってのじゃダメだったのか?」
コスモロギア=ゼネラリスは複数の世界が連結して成立している。
彼女の言葉通り、単に違う世界を見たいだけなら他の塔へ移動すればいいだけだ。
その為、他の世界を見たいと言う理由ではやや弱いと傑は感じていた。
影沢は傑にそう言われて食事の手を止める。
ぼんやりとしているようにも見えるが、彼女なりに何かを考えているのは分かったので焦らずに答えを待つ。
「……地平の塔での生活はそこまで苦痛じゃないわ。 知り合いも出来たし、そこそこ馴染めたとは思う」
ややあって影沢はぽつりぽつりと話を始めた。
「でもね、過ごせば過ごす程に疎外感みたいなものを感じるようになったの。 知り合いも私が異世界から迷い込んで来たから気を使ってくれている。 確認してもいないし、そんな事はまったく考えていないかもしれない。 でもね、どうにも居心地がよくないの」
それを聞いて傑はあぁと彼女の考えている事を何となくだが理解した。
彼女は自分と同じなのだ。 コスモロギア=ゼネラリスはいい場所なのだろう。
自分達のような得体の知れない外様の人間を受け入れてくれた。
衣食住を提供し、権利も認めてくれる。
だが、保護が手厚いからこそ感じてしまう事もあるのだ。
彼等は遭難して帰れなくなった憐れな旅行者なので、馴染むまでは気を使ってあげよう。 そんな情けをかけられているような居心地の悪さ。
勿論、彼の想像でしかない。 故郷への未練も勿論存在するが、自分達はあくまでも余所者と言った認識が拭いきれない以上はどうしても日本へ帰還を意識してしまう。
傑が暢の話に乗った最も大きな理由はこれだと自覚していた。 繰り返しになるが、不満はない。
それでも居心地はあまり良くなかった。 旅行先は通り過ぎるからこそ過ごす時間は尊いのだ。
腰を落ち着けるつもりもない土地にいつまでも居座る事はあまり気持ち的にも良くなかった。
影沢もまとめ切れていないのか、どう伝えたものかと考えているようだがこれ以上ない程に意図は伝わる。
だから――
「そうか。 ここで帰る手掛かりが見つかると良いな」
――安易な同調をせずにやんわりと肯定した。
誤字報告いつもありがとうございます。
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