1317 「痛炎」
返ってきたのは笑い声だった。
ロヴィーサは心底おかしいとばかりに声を上げて笑う。
少しの間、そうしていたがややあって落ち着いたのか小さく息を吐いた。
「いやぁ、笑わせてもらったわ。 さて、初心な坊やをからかうのはここまでにして、そろそろ真面目に話すとしようかのぅ」
ロヴィーサの表情から笑みが完全に消えた。
そうなると彼女の美貌が浮き彫りになり、鋭利な印象を見る者に与える。
ディックは内心で違うとそれを否定した。 恐らくはこれこそがこの女の本性だ。
「侵入者に告げる。 我等、オラトリアムと創造神ロートフェルト様の忠実な僕にして矛。 そしてここは我等の神に許された者のみが足を踏み入れる事ができる聖域。 それを侵した罪は万死に値する――と言いたいところだが、神は寛容じゃ。 一度だけ機会をくれてやる。 降伏し、その全てをこの世界に捧げよ。 そうすればこの世界で生きる事を許していただけるようにとりなしてやろう」
ロヴィーサはどうじゃ?と尋ねるようにそう付け加えた。
それを聞いたディックと騎士達の抱いた感情は怒りだ。
ふざけた提案だ。 受け入れられる訳がない。 戦いもせずに降れとは騎士を愚弄するつもりなのか?
騎士達は自然な動きでロヴィーサを包囲するように移動する。
後は暫定的な指揮官であるディックが行けと言えば騎士達は即座にロヴィーサへと襲いかかるだろう。
「ふむ? これはその気はなしと判断しても良いのかのぅ?」
ディックはこれでいいのだろうかと自問するが、目の前の女が素直に付いて来るとは考え難く、態度からも敵対する事になるのは間違いない。 だから、ディックは最後の一押しとなる言葉を口にした。
「断る。 我々はコスモロギア=ゼネラリス六界巨塔を守る戦士。 民と主、何よりも世界を裏切る事など断じてあり得ない」
「そうか。 いや、それを聞いて安心したわ」
「……安心?」
「応とも。 万が一、降伏するなどと言われてしまえば儂が困った事になっておったのでな。 では、異界の騎士殿の実力を見せて貰うとしようかのぅ」
ロヴィーサはパチンと指を鳴らすとその周囲に四本の剣が現れた。
水晶のような刃が闇を放って輝いており、明らかに普通の代物ではない。
ディックは嫌な予感を覚え、即座に指示を下す。 その女を仕留めろと。
彼が号令を放ったと同時に四本の剣は輝きを増し、その刃が中心から縦に割れた。
同時にバチバチと凄まじい魔力が充填されるのを感じる。
「数も多そうだし少し間引くとしようかのぅ。 加減はするが簡単に死んでくれるなよ?」
全ての剣から闇色の光線が騎士達を薙ぎ払うべく放たれた。
「防御!」
ディックの指示に言われるまでもないと全員が即座に反応。
約半数が防御障壁を展開し、残りは強化された身体能力に物を言わせて掻い潜る。
光線は多重に展開された障壁に受け止められ、その威力を完全に殺していた。
「この程度だと流石に凌ぐか。 ならばこれはどうじゃ?」
ロヴィーサは即座に光線を停止させ、攻撃方法を切り替えた。
二本の剣から光線ではなく無数の光弾が連射され、残りの二本を掴むとだらりと構える。
守護騎士達は光弾による弾幕を剣で打ち払い一気に肉薄。 あと数歩、残り一メートルもない距離に接近した所で足元から真っ黒な炎の壁が立ち昇る。
大半は咄嗟に魔力による障壁を展開したが、一部は間に合わず炎に焼かれて苦痛の声を漏らす。
守護騎士程ではないが、一般の騎士であってもその装備は優れた性能を誇り、並の炎では火傷すら負わないだろう。 だが、この黒い炎は装備の防御を突破し、僅かにその身を焼いた。
多少の火傷程度で怯む者は騎士には居ない。 ただの目晦ましだと突破する――筈だったのだ。
だが、そうはならなかった。 騎士の一部が武器を取り落とし、悲鳴を上げながら地面をのた打ち回り始めたのだ。 彼等自身にも何が起こっているのかは理解できていない。
正確には痛みによって余計な事を考える事ができなくなっているのだ。
「向かって来た内、三割が脱落か。 案外、情けないのぅ」
ロヴィーサがそう呟くと同時に炎の壁を最初に突破した騎士が斬りかかるが、攻撃態勢に入る前にその手足が斬り飛ばされる。 騎士は構わずに追撃をかけようとするが、炎に触れた者達同様の凄まじい激痛に襲われ立っている事も出来なくなり崩れ落ちて痛みに呻く。
一部の察しの良い者はたたらを踏むような形で足を止める、他は最初に斬られた者に続いて仕掛けるが――
「はっ、どうしたどうした。 装備は中々に上等じゃが、技量の方はお粗末じゃな」
間合いに入った順番に手足を斬り飛ばされ、他と同様に苦痛に耐えきれずに戦闘不能となる。
遅れて気付き、間合いに入る事を躊躇したが、もう遅かった。
気が付けばロヴィーサは彼等の只中に飛び込み、両手の剣を振り回して次々に騎士達を斬り倒す。
彼女の間合いに入ったと同時に騎士の手足が飛び、想像を絶する激痛に悲鳴を上げて崩れ落ちていく。
これだけ見れば何が原因でそうなったのかは一目瞭然だ。 ロヴィーサの持つ剣とそれによって発生した炎や光に触れた者は激痛に見舞われて動けなくなる。
ディックは今の所、無傷ではあるが屈強な騎士達が崩れ落ちて悲鳴を上げているのだ。
自分が受けてしまえば情けなく泣き叫ぶかもしれないと恐怖に震える。
それでも戦端が開かれた以上、勝つ以外に道はない。 それに居なくなったアルヴァーの居場所も吐かせなければならないので、どうにかしてロヴィーサを撃破しなければならないのだが――
「……どうすればいいんだ」
彼女が剣を振るう度に誰かが斬られて戦闘不能になる。
付加効果の凶悪さに目を奪われるが、剣の切れ味もまた普通ではない。
騎士の全身鎧を紙か何かのように容易く切断しているのだ。 剣としても非常に強力で、それ以上に使い手であるロヴィーサの技量が最も厄介だった。
純粋な剣技に加え、四本の剣を器用に操る能力。
楽し気な表情から明らかに本気ではないのもディックを絶望させる要因だった。
二千五百も居た精鋭の内、既に半数近くが地面に転がって動けなくなっている。
始まって数分も経っていない僅かな時間でこれだ。 過剰な戦力と自惚れた事を考えていた出発前の自分を殴りたくなるほどの想定外。
「ほれほれ、儂はここじゃぞ。 あー、久しぶりに体を動かすと気持ちいいのぅ」
ようやく体が温まってきたわいとロヴィーサの楽し気な呟きを聞いてディックは再度「どうすればいいんだ」と呟く事しかできなかった。
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