1312 「平原」
「――ここは……」
転移をすれば目的地までは一瞬だ。
見慣れつつあった地平の塔の光景ではなく、そこは何の変哲もないただの平原だった。
大地には草花、周囲には何もなく、空を見上げると太陽が一つ。
風も気温も穏やかだった。 事前に襲って来る敵性世界と聞いていたので、どんな殺伐とした風景が広がっているのかと思ったが予想と全く違ったので傑は驚いて僅かに目を見開く。
周囲には先に到着した者達が前線基地の設営や周辺の探索などを行っている。
傑も周囲の探索に参加するべく魔導鉄騎で空から周囲を観察。
広い。 本当に広い平原だった。 四方どれだけ見回しても平らな土地が延々と続いており、設営されている拠点がぽつんと存在するだけだ。 本当に何もないので、異物は非常に良く目立つ。
地平の塔は分かり易く異世界だったがこちらは分かり易いインパクトはないものの何もない広大な空間は傑に地球とはまた違った違和感を与える。
ただ、何もない平原を魔導鉄騎で飛ぶのは少しだけ気持ちよかった。
基地の設営は半日もかからずに完了し、早い段階から探索や調査を行っている者達がテントや組み立て式の簡易住宅で休んでいる。 傑もその一人だった。
支給されたテントで横になる。 ちらりと半開きの入り口から異世界の空が見えた。
日は落ちかけており、夕暮れ時に近い状態だ。
空の感じは日本に近かったので少しだけ思い出してホームシックになったが、努めて気にせずぼんやりとこれまでとこれからの事を考える。
取りあえず、ここと周辺は安全と判断が下された。
それでも何が起こるか不明な以上は警戒を怠れない。 今も騎士や魔導鉄騎乗りが周囲を警戒している。 持ち込んだ無線機は問題なく使えたので、暢とは連絡が付いた。
彼は後続組だったので、夜まで仕事なので合流はその後だ。
さて、この謎の異世界。 半日の調査の結果、何もない事が分かった。
正確には調査した範囲には何も見当たらない。 周囲約百キロ四方は完全に何もない平原。
遮蔽物の類は一切存在しないので、見間違いようがない。
魔法的な迷彩や隠形の類も警戒されていたが、その反応もなし。
本当に何もいない。 何もない。 草花があるだけで生き物すらいないのだ。
その為、当面は安全と判断されたのだが、全く問題がない訳ではない。
まず一点目。 同時に突入した他の塔の面々と連絡が取れない事。
魔法的な技術を応用した通信装置を持ち込んでいたのだが、どれも不通だった。
通じない理由は不明。 そしてもう一点、これが最も大きな問題だろう。
帰還用の転移装置の敷設が完了したのだが、何故か起動しなかったのだ。
つまりコスモロギア=ゼネラリスへ戻れない。 ただ、来る事は問題なく可能だった為、この世界自体に妨害する何かがあるのか、何者かの妨害なのかの判断が付かなかった。
今後の方針としては翌日から探索範囲を広げていくつもりのようだ。
奇妙な場所だとは思うが、穏やかな気候と撫でるような風が心地よく、傑はそれに身を任せて目を閉じた。
「――おい、傑。 起きろ」
ぺちぺちと頬を叩かれる感触で傑は目を開く。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。 外を見るともう暗くなっており、空には星が瞬いていた。
――星があるって事は宇宙があるって事か。
そんな事を考えながら少し視線を動かすとやや大きな月が柔らかく光を放っている。
ぼんやりとした思考は覚醒するにつれてはっきりとし、目の前の暢へ視線を移す。
「ったく、連絡つかねぇから様子を見に来てみれば寝ているとはいいご身分だな」
「あぁ、悪い。 つい眠っちまった」
「ま、気持ちは分からなくもない。 これだけあったかいと眠っちまいたくなるよな」
「俺が寝ている間、何か変わった事でもあったのか?」
傑はゆっくりと身を起こしながら状況を尋ねる。
暢は小さく肩を竦めた。
「いーや、土を掘ったり植物を採取して調べたりしたが、特に分かった事はなし。 トラブルの方もそのままだ。 別で入ったグループとは連絡が取れず、コスモロギア=ゼネラリスとも連絡が取れず、ついでに転移装置も起動してない」
「結局、何で戻れないんだ?」
「俺も気になって技術職の面子に聞いてみたんだが、さっぱりだとさ。 妨害されている感じではなく、単純に動かないって感じらしくてお手上げだって頭を抱えてたよ」
「正直、もっと殺伐とした光景が広がってて、着いたら砲火が飛び交っているぐらいは覚悟したんだが、こうなるとちょっと拍子抜けって感じだな」
傑は冗談めかしてそう言うが、暢は真顔のままだ。
「暢? 何か気になる事でもあったのか?」
「この状況って映画とかだと後で襲われる前振りみたいだなって思ってな」
「おいおい、映画と現実は――」
「ファンタジーそのものの世界に飛び込んでおいて、物事をフィクション、ノンフィクションで括るのはもはやナンセンスだろ。 ちょっと考えてみろ。 コスモロギア=ゼネラリスはここをヤバい場所だって判断して、住んでいるであろうヤバい連中を皆殺しにする為にここに戦力を送り込んだんだ。 で、飛び込んでみたら何もありませんでした? それこそあり得ないだろ。 あの連中がどれだけ他の異世界と戦り合って来たと思ってるんだ。 俺に言わせるとこの状況こそが異常だと思うがな」
――確かに。
暢の言葉ももっともだ。 この世界は高い確率で脅威となる有害な場所と判断されて、今の状況がある。
――にもかかわらず蓋を開ければ何も起こらない。
確かにおかしいと言えばおかしい。 寧ろ、傑の言葉通りいきなり戦いが始まっていた方が自然と言ってもいい状況だ。
「……おかしいのは分かったし、お前が警戒しているのは分かった。 それを踏まえて聞くけど、これから俺達はどう動けばいいと思う?」
割と真剣な問いかけだったのだが、暢は肩を竦めて見せる。
「そんなの分かんねぇよ。 何も知らずに地雷踏み抜くのは嫌だし、生き残る可能性を上げるには今の所、周囲にこの話をして警戒を促すぐらいじゃないか? いたずらに不安を煽るのは良くないって思ってるから、気を付けた方が良いっていうぐらいしかできる事ないけどな。 それに本職の守護騎士様なら俺達程度が想像できる事ぐらいとっくに考慮済みだろうよ」
「そう、だな」
割り切れない面もありはしたが、傑達はあくまで支援要員。
荒事は専門家に任せればいいのだ。 頭ではそう理解していたが、何故か漠然とした不安が消えなかった。
誤字報告いつもありがとうございます。
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