1311 「壮観」
壮観だ。 傑が最初に思った事はその一言だった。
五百万という圧倒的な物量は視界を埋め尽くす。 驚きと同時にこれだけの数が居ればどんな相手にも負けないといった安心感すら与えられる。
暢や影沢とは配属された部隊が違うので何処にいるのか分からないが、念の為に無線機は持っているのでいざと言う時はこれで連絡を取ればいい。
傑は支給された魔導鉄騎に跨り空へと舞い上がる。 支給された楔は既に身に着けていたので、後は転移の時を待つだけだ。 ぐるりと空から見ると改めてその凄さが分かる。
戦闘要員三百五十万。 後方支援要員百五十万の大軍勢だ。
守護騎士はギュードゥルンを含めて二百名の参戦となる。 傑は実際に戦っている姿を見ていないので、今一つ理解できていないが守護騎士はこの世界最高峰の戦力だ。
一人で一軍にも匹敵すると言うのは比喩でも何でもないらしい。
漫画じゃあるまいし個人でそれだけの力を振るえるのだろうか?と疑問を抱くが、どちらにせよこれから見る機会はあるだろう。 その時を待てばいい。
鼓動が早くなるのを感じる。 緊張もあるが、未知の世界、未知の光景への期待もあった。
ホームシックにはなるが、彼の冒険への渇望は本物だ。 帰還の手掛かりも目的ではあるが、何よりも今は未知の世界へ触れられる事が純粋に嬉しかった。
そう考えてあぁと何かが腑に落ちる感覚がする。 行く事を決めたのは結局、俺は根っからの冒険野郎だったからなんだ。 そう考えると少しだけ気分が楽になった。
軍勢の一部が光に包まれ、その姿が掻き消える。 転移が始まった。
流石にこの数を一度に送り込むのは難しいようで、何回かに分けて送るようだ。
大体、二十回ぐらいで送り終えるらしい。 一回、約二十五万を転移させる事ができる計算になる。
傑は七回目で転移するので、順番的には比較的早いグループになるだろう。
二回、三回、四回と順番に転移が続く。
傑は緊張を解す為に何度も深呼吸を繰り返す。 そして彼とその周囲が光に包まれ――
――その姿は掻き消えた。
向かった先で何が待ち受けているかも知らずにコスモロギア=ゼネラリスから威力偵察を目的とした先遣隊三千万は未知なる脅威の待つ世界へと飛び込んだ。
――?
それが感じたものはほんの僅かな異物感。
体内に何かが出現したのだ。 本当に小さな感覚だったので内心で小さく首を傾げ、自身の内面へと意識を向ける。 小さな小さな微生物の群れ、だが一部にはそこそこ大きな個体も存在した。
少し退屈していたのでそいつらには暇潰しに付き合って貰おう。
この長い長い、停滞の日々に飽いていたそれは唐突に現れた些細な変化をありがたく受け入れる事にしたのだ。 差し当たっては自分の退屈しのぎに付き合わせる相手だけは早く決めなければならない。
何故ならそれの体内には無数の眷属達が存在しているからだ。
眷属達は全てがそうではないが、外敵を見かければ即座に排除しようと早々に免疫反応を示す物が多い。 事実、最も強い権力を持った眷属の反応は苛烈の一言だ。
――即座に殲滅しましょう。
早々に全滅させようと動き出すが、それに待ったをかける住民が口を挟む。
――まぁ、待てや。 久しぶりにここまで乗り込んで来てくれた客やぞ。 大事に、ありがたく頂こうやないか。
ここまで乗り込んで来れる程の技術力を持った世界は珍しい。
少しは楽しめそうだし早々に片付けるのは勿体ないと主張しているのだ。
彼女は男の能力こそ認めているが、こういった点では相容れないと思っている。
そして最も気に入らない点はこの世界に存在する神の寵愛を一身に受けている事にあった。
妬ましい、羨ましい。 その座を奪い取ってやりたい。
だが、彼女の性質上、それは不可能な事だった。 彼女は世界の一部ではあるが、男は住民だ。
その差は永遠に覆らない。 だから彼女は男を永遠に妬み続けるのだ。
彼女の感情を知ってから知らずか男は心底愉快そうに現れた来客に対して諸手を上げて歓迎する。
どれを試してやろう? あれか? それともこれか?
脳裏に自身が開発した様々なもののどれをぶつけてやろうかと考えていた。
反面、彼女はこの聖域とも呼べる世界に土足で踏み込んだ以上は万死に値すると考えているので、こういった点でも相容れない。 二人の話は平行線を辿るのではないかと考えていたが、割り込むように三つ目の声が入ってきた。
――お二人のご意見はどちらも主の御意思に配慮された素晴らしいものです。
新たに入ってきた声は落ち着いた女性の物で、どちらの意見ももっともだと前置きをした上で話を続ける。 はぐらかすように両者を仲裁する内容に聞えるが紛れもない本心だった。
彼女の聖域への侵入は許されざる不敬な行ないだと言う事はこの世界では常識と言っていいレベルだ。
同時に男の言葉も理解できる。 神はこの停滞した日常に飽いているので、その退屈を紛らわせる為に湧いて来た者達を最大限、有効利用するべきだと。
彼女は神の僕として、そして男は神の意志を汲み取る友人としての立場を考慮するとどちらの主張も正しいのだ。
だからと言ってこの平行線を描くこの議論を決着させるのは非常に難しい。
独力ではだが。
――交わらない以上、不毛と言わざるを得ません。 ですので、神から御言葉を賜ると言うのはいかがでしょうか?
――ま、えぇんとちゃうか? どうせ兄ちゃんも暇やろうし、聞いたらええわな。
男はで?どうなん?と気軽に虚空に向かってそう尋ねた。
それを見た彼女は不敬と怒りを露わにしようとしたが、返答は即座だ。
神の言葉は絶対。 それはこの世界の根底に存在するルールだ。
神の答えを聞いた彼女は分かりましたと跪き、男は分かっとるやないかと笑う。
そして最後の一人は神の声を聞く事が出来た喜びを抑えきれずにはらはらと落涙しながら平伏した。
彼女は感情を完全に消した口調で準備にかかりますとその場を後にした。
男はおー怖い怖いとおどけた口調でそう言うと同様に姿を消す。
最後に残った一人は平伏したままだったが、ややあってゆっくりと立ち上がる。
神の言葉は絶対。 その神が言ったのだ。 自分で相手をする侵入者以外は好きにして良いと。
ぞくぞくと身を震わせて早足に移動しながら配下に連絡を取った。
何故ならこれから楽しい楽しい、布教活動が始まるからだ。
取りあえず、侵入者達には自分達が何をしたのかをたっぷりと分からせねば。
その表情には歪んだ愉悦が張り付いていた。
誤字報告いつもありがとうございます。
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